p63 鳥辺野、化野、安達ケ原

文字数 1,290文字

鳥辺野(とりべの)先生、いくら仲が良いからって、職場では敬称をつけるべきです」


 安達ケ原(あだちがはら)はベネチアン国語教師、鳥辺野(とりべの)は鉄の処女担任のことである。


「失礼いたしました。化野(あだしの)先生へ正装して来るよう伝えてください。たしか彼は有休消化のために届け出を出していましたが、(おのれ)の仕事にめどが立たず、今日は出勤していたはず。一日フリーのはずです」


「彼は三年生の担任で、フリーなのではなくこの時期死ぬほど忙しいのです。生徒の進路を決めねばならず、この(あと)控えている合否発表が終わった(のち)は悲しい結果になった生徒の進路先を決めたりで遅くまで学校に残る運命が待っています。人の心があるならば、放って置いてあげた方が良いかと。頭の壺も、卒業式までに取らないといけません」


「いいから呼んでください」


 この若い担任はちゃんとベネチアン安達ケ原(あだちがはら)の話を聞いていたのだろうか。いくら大目に見てもらっているからってアクが強すぎる。


「頭の壺の件は、私が解決できますので、どうか呼んでほしいのです。みなさんに化野(あだしの)先生の、涙を超えた笑顔を見せて差し上げたいのです」


 言い出したら聞かないこの若者の頼みを、ベネチアン安達ケ原(あだちがはら)は聞くしかなかった。


「仕方ありませんね。伝えるには伝えますが、壺頭(つぼあたま)が来るかどうかはわかりませんよ」


「ありがとうございます。安達ケ原(あだちがはら)先生だって敬称をつけていないどころか壺頭(つぼあたま)って、完全にバカにしているではありませんか」


 ソロは二人の顔を交互に見ながら、大人のやり取りを聞いていた。


「公民の先生、あの壺とれないんか? 」


 公民教師の化野(あだしの)ミュスカデは頭が壺だが、観察眼に(すぐ)れた人物である。


 課外授業で女子と組ませてソロの気性の荒さを軟化させたり、武闘派の男子を誰もが認める強者(つわもの)であるキャピタルと同じ班にして問題行動を抑制したり、人選が上手いのである。


 この先生が担当するクラスは問題が起きにくく、平和な学園生活を送ることで知られている。


 ただし、相手が誰であろうと二人称が『お前』『お前ら』なのが悔やまれる。


「そうです。今日の(むす)びの一番で、私のぶちかましで(たた)()ってあげるのです」


「リョウとキャピタルの取組(とりくみ)だけじゃないんか」


(むす)びの一番は私と化野(あだしの)先生です。生徒同士の取組(とりくみ)なんぞつまらないでしょう」


 ソロは生徒同士の取組(とりくみ)をつまらない、と一蹴(いっしゅう)した担任を無言で見上げた。


 そして、フツーに割ってあげればいいのに、わざわざ相撲のぶちかましで割ろうとする担任。 
 ただ単に公民教師と相撲を取りたいだけなのではないだろうか。


「松本さんは国語の追追追々試(ついついついついし)ですね。健闘を祈ってますよ」


 そうだ。掃除などしている場合ではない。


 テスト勉強、いや、和歌をピックアップしなくてはならない。


「先生、オレ、テスト勉強しちゃダメっすか」


「だめっ。身から出たサビでしょう。正々堂々掃除(せいせいどうどうそうじ)をするのです」


 そう言い残し、担任は教頭先生を始めとする各方面へ※行司(ぎょうじ)呼出(よびだし)をお願いしに行ってしまった。


行司(ぎょうじ)・・・相撲の取組(とりくみ)に立ち合い、その勝負の判定をする役。
呼出(よびだし)・・・大相撲での取組(とりくみ)の際に力士を呼び上げる「呼び上げ」や土俵整備から太鼓叩きなど、競技の進行を行う者。
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