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文字数 1,463文字






 夜中、(みょう)に寝苦しくて目を覚ますと、薄っすら無精(ぶしょう)ヒゲが生えたキャピタルの顔面が目の前にあり、思わず声にならない悲鳴を上げた。

 おまけに、布団の上に丸太のようなものが乗っかっている。
 キャピタルのぶっとい足である。
 凄まじい熱気を放っている。
 ソロも汗をびっしょりかいていた。
 コイツが部屋に一体いるだけで真夏の蒸し暑さである。
「くっそ野郎! 」
 起き上がって横っ面に思いっきりビンタを振り下ろしたが、ビクともしない。
 高いびきで眠り続けているうえに爆音の屁で逆襲されてしまい、ソロは布団から逃げ出した。


 逃げ出した先で、去年、白山羊の浮島でキャピタルに借りた折り畳みの鏡が転がっているのが視界の(はし)に映った。


「あ・・・・・・、返さないと」


 忘れない内にポッケに入れる。
 そこで二発目の屁が放たれ、ソロは布団から距離を取った。
 まだ夜中だというのに、ばっちり起きてしまった。
「サイアクだぜ・・・・・・」
 幻覚とはいえ、リョウに抱きしめられて過ごしたと夜とはドえらい違いだ。
 全身汗だくだし頭は重いし現実は辛いし臭いし、バッタの死骸だらけ・・・・・・ではなくなっている。


 部屋には灰が積もっており、どこからか調子っぱずれなピアノの音が聞こえる。
 オーディオから流れて来る音じゃない。


「まさか」


 ソロは慌てて部屋から出ると、ゴミが詰まって開かずの間となっていた一部屋から明かりが漏れており、そして灰が(あふ)れているのを目撃した。


「お、オレの大事なゴミがッ」
 もう手遅れである。
 大事なゴミ(ども)は一部サラッサラの灰になり果ててしまった。


 たしか年代別に分けて保管していたおびただしい数のセミの抜け殻とか、中身が不明のおびただしい数の袋の数々や、二十一世紀に最盛期だった空のペットボトルのコレクションとか、古い新聞とか先祖が河原で見つけてきた壊れた家電製品とか、リンゴの食べ残しとか、牡蠣の貝殻とか果物の種とか、拾ったドングリなどを保管していた気がする。


「バンクてめぇこの野郎! 」


 思い出と貴重品( ? )を灰にされて、ソロはお(かんむり)である。大事なゴミを灰にされて、美少女(仮)などやっている場合ではない。


「起きちまったか、クソ坊ちゃん。まあ良かろう。見ろ、俺はついに発見したぞ」


 生き残ったゴミと灰にまみれて、バンクは感慨深(かんがいぶか)げに黒のアップライトピアノの鍵盤(けんばん)に触れていた。
調律(ちょうりつ)すれば使える」
「え、ホント? 」
 お(かんむり)だったソロも怒りを忘れて興味津々(きょうみしんしん)鍵盤(けんばん)に触れる。正体不明の臭くてベトついた液体が付いているが、音が鳴る。


 初めて触る鍵盤(けんばん)の冷たさに、ソロはいたく感激した。


「よし、俺が唯一弾(ゆいいつひ)ける曲を聞かせてやる」


「は? 」


 バンクがピアノの前にズイと陣取ったせいで、ソロは鍵盤(けんばん)から遠ざけられてしまった。
 フツー、持ち主にもう少し触らせてくれたりしても良いと思うのだが。


 しかし他人の話が聞けない生物なのは百も承知なので、ソロは好きにやらせておくことにした。ねっとりしたイントロのあと、Aメロと思われる(ささや)くような低音の鍵盤(けんばん)から『あなたを殺していいですか』と優しく聞かれた気がした。


 知らない曲なのに、何事(なにごと)かとソロは一瞬動揺(いっしゅんどうよう)した。
 しかし、その先の曲調(きょくちょう)があまりにも好み過ぎて、そんなものはどうでも良くなってしまった。


 バンクが()き終えると、ソロは思わず拍手を送っていた。
「どうだ、クソ坊ちゃん」
「なんかAメロっぽいとこで『あなたを殺していいですか』って聞こえた」
 それを聞いて、バンクは満足そうに唇を片端(かたはし)だけ上げた。
「そういう曲だ」
「誰を殺したいんだ」
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