12、後悔の始まり

文字数 4,015文字

 僕が大きな過ちを犯したのは、去年の秋のことだった。

 母上を迎えに行く準備が整い、父上、兄上、雨水家(うすいけ)の四人と家長、の僕達は水園家(みずぞのけ)領を出た。
 氷壁(ひょうへき)の外側は、噂通り大河に囲まれていた。氷壁に埋め込まれた巨大な扉が開くと、大河に水の橋が架かかり、僕達は、その上を歩い領外に出た。
 雨水家(うすいけ)の人達が、地面から十センチ程浮いているのだが、知識のない僕には仕組みが解らなかった。父上が僕の手と繋いだ。すると、身体が軽くなったような感覚になったので感激していると、父上が皆に言った。

「これより、水園沙依(みずそのさより)の救出に向かう! ……第一に、全員無事にここへ戻ること、第二に、沙依の救出を遂行、以上!」

 以上の掛け声と共に、全員が走り出した。自分は、父上に手を引かれていた。走っているというより、滑っているという表現の方が正しい気がする。父上は、地面に一度も足をつけていなかった。

流水(ながみ)、気分は大丈夫か?」

 父上に突然(たず)ねられて、慌てて答えた。

「あ、はい! 身体が浮いていて、風になった気分です!」

「そうか、なら良いんだ。あと数分で着くはずだ。今の内に景色でも楽しんでおけ」

「はい!」

 父上の手を握る手に力を入れ、反対側の景色を見た。
 何処までも緑色の草原が広がっており、昇り立ての太陽が眩しくて目を細める。青空に輝き、光を放つ太陽の光彩が、とても綺麗だった。空を、ぐるりと見回すと、まだ薄っすらと残っている月を見つけた。
 朝早く起きることが滅多になかったので、太陽と月が同時に空に見えている所を、初めて見た僕は、不思議な気分になった。振り向いて地面を見ると、自分達が通って来た草原の上には水滴が残っており、シャワーを浴びたような草花達は、朝日にきらきらと輝いていた。

「綺麗……」

 景色を堪能し、思わず呟いた僕の言葉に、兄上が嬉しそうに反応した。

「でしょ? 花家(はないえ)救出の手伝いをした時、初めて外に出て走ったんだけどね、僕、景色に見惚れてて、置いていかれちゃたっんだよ」

「兄上が?! ……確かに、この景色なら、見惚れますが……兄上、ずっと気になっていたのですが、それはどうやっているのですか? どうやって浮いているのですか?」

 兄上の足元を指差して(たず)ねる。兄上は、若干気圧(けお)されたような表情で僕を見つめ、数秒考えてから解説してくれた。

「あ──これはね、地面から水を吸い上げる力と、自分の体から水を出す力とを反発させて、ある程度の浮力を得ているんだ。まぁ、どちらも蕾花能力(らいかのうりょく)だけどね」

「なる程……面白いです! 父上、僕の体を軽くしているのも、同じ仕組みなんですか?」

 蕾花能力に興味を持った僕は、父上にも質問をする。

「まぁ、蕾花力(らいかりょく)が原動力という面では、同じと言えるな」

「そうなんですね、なんというか……面白いですね! 蕾花能力! 僕も鍛錬を積めば、こんな風になれますかね?」

「あぁ、なれるとも。流水(ながみ)は、蕾花が大きくて、能力の素になる力が常人よりも多いからな……きっと、私や凪沙より強くなれるだろう」

 そう言って優しく微笑む父上を見つめ、「本当ですか?」と、言って笑う。
 自分に、そんな才能が有る訳がないと卑下(ひげ)していたので、父上が僕のことを持ち上げるためにいっているんだろうと、この時は思っていた。

水様(すいさま)、前方に豊土家(とよつちけ)と思われる人影が見えます。一旦止まりましょう」

 先頭を走っていた父上の従者が、皆に聴こえる最小の声量で言うと、全員が即座に停止した。
 百メートル程先だろうか? 茶色を基調とした衣装を着た人達が、何かを囲んで立っていた。フードを被っており、顔や髪色が見えなかった。

「敵……でしょうかね? 豊土家で間違い無いですよね? アレは……」

「判らないが、豊土家の者がここに居るのは少し違和感がある……豊土領(とよつちりょう)は、この近くではない筈だからな」

「……確かに──ち、父上! アレを……!」

 兄上が指差した先では、豊土家の人が、金色の腕を持ち上げていた。倒れている人影が見えた瞬間、父上が叫んだ。

「あれだ! 全員突撃!」

 一斉に走り出し、敵に近づく。雨水家(うすいけ)の人達は、いつの間にか見当たらなくなっていた。

「豊土家の者とお見受けする。こんな所で、立ち尽くすとは、何か困ったことでも起きたのですか? 私で良ければ、お力をお貸しますよ」

「これはこれは……水園家御当主様(みずぞのけごとうしゅさま)、困ってなど居ませんよ、道に珍しいものが落ちていましたものですから……少々、立ち止まっていただけで御座います」

 揉み手をしながら話す彼の、薄ら笑いを浮かべる口元が、フードの下から覗いている。
 彼が話し出した時、父上は後ろで腕を組み、彼が水園家御当主様と言った時、組んだ腕を解き、先に右手を前に戻していた。

「ほう、どんなものですかな? 私にも見せてくれませんか?」

「勿論、宜しいですよ。此方です」

 父上の後ろから覗き見る。金でできた両腕が、地面から生えていた。地面に埋めたような痕跡は無く、他の所との草の生え方の違いも無い。金の腕は空に向かって伸びており、左手には水園家の家紋をモチーフにした指輪がついていた。
 父上が、その指輪に触れた途端、金の腕が父上の手を握り締めた。それと同時に、父上は僕の手を離した。手を離された僕は宙に浮き、それを兄上が空へと引っ張った。
 いつのまにか、地面から遠く離れて居て、兄上に抱えられた僕は地面を見下ろして居た。一秒にも満たない一瞬の出来事だった。地面では、父上が豊土家の者に囲まれて居た。金の腕は父上を離そうとせず、その場に父上を固定している。

「兄上? 何がどうなったのですか?」

「あぁ、心配は要らないよ。父上に触れたら、負けも同然だから」

 すると下で、悲鳴が聞こえた。見てみると、金の腕は溶かされており、囲んでいた者達が次々に倒れて行ったのだ。

「兄上、何が起きたのです?」

「僕も今日知ったんだけど、父上の蕾花能力は、水分の質を変える能力なんだって。だから、金属中の水分温度を高くする事も、人の血液を重くする事も可能なんだ。流水が今、軽いのも父上の能力なんだよ。でね、元からある水分なら、沸騰も冷却も自由自在なんだって! 凄いよね!」

 と、兄上は興奮気味に語ってくれた。

「成程? じゃあ、ついでと言うと失礼ですが、兄上の能力をお聞きしても?」

「いいよ。僕の蕾花能力はね、父上の一歩手前みたいな能力で、空気中の水分量を操れるんだ。具体的に言うとね、雨雲を発生させたり、湿度を変えられる。だから、人を殺す時は、何も無いところから水を造って、溺れさせるとかも出来るんだよ。あと、未だ実用性に欠けるんだけども、物体から水分を奪う事もできる。戻したり、増やしたり出来ないから、父上みたいに自由自在って訳には行かないんだけどね」

 頬を人差し指で掻いて照れている兄上を、憧れの眼差しで見つめ、称賛する。

「……凄いですっ! 僕は何も出来ないので、兄上は充分凄いです! 先程も、父上の動作で意図(いと)を読み取り、素早く行動できるところとかも、素晴らしいと思います! 尊敬します!」

「……気づいてたんだ? ……褒めてくれてありがと、でもちょっと大袈裟だよ。流水(ながみ)は、僕なんかより──」

 兄上の言葉は、途中で途切れ、僕は地面に叩きつけられた。

「うぐっ……! 痛い……あ、兄上っ?」

 上空数十メートル先から地面に落下した様だ。自分を抱えてくれて居た存在が消えた事に驚き、周りを見渡した。状況把握もままならない内に、誰かが僕を引っ張った。

流水(ながみ)様っ! 御無事ですか!」

「あ、え? うん……それより兄──」

 雫は、上空を見上げたと思ったら、僕の手を引っ張って走り出した。僕は、つられて上を見た。
 兄上が、雑草に縛られている。首を集中的に締め上げられていた。雫が急に立ち止まったので、体当たりをしてしまい、謝ろうと顔を上げると、自分達は土の像に囲まれていた。

「くそっ……! 上様を……」

 雫は、険しい表情をしており、殺意にみなぎっていた。父上の居場所を確認しようと思い、慌ただしく辺りを見回してみるが、壁のように並んでいる土像の隙間から見える景色に、父上は見当たらなかった。

 土像から伸びている雑草に、雫が捕まってしまい、ようやく事態の深刻さに気がついた。
 父上が見当たらず安否不明。兄上は交戦中で劣勢。雫も交戦中で、僕を庇いながら戦うのは不可能。全方位に敵。
 自分が足手纏いになっている、そのことに気がついた僕は、雫に向かって叫んだ。

「雫! 僕は自分で避けるから、最優先は雫の自由だよ! 遠慮せずに戦って!」

「……くっそ……了解しました!」

 悪態を吐いた雫は、雑草を引き千切り、球体の水を出した。それを僕に被せ、周りの敵に向かって行った。不思議な事に、雑草が再び雫に絡まる事は無く、雫の身体に触れようとすると何かに流されているのだ。その隙を雫は、すり抜けて行く……恐らく雫の蕾花能力だろう。

 雫が土像に蹴りを入れた。しかし、土像が崩れる事は無く、雫が後方に飛んだ。次は拳を喰らわせるが、同じように土像は、ビクともしない。
 僕は、何か力になれないだろうか? と、考える。しかし、蕾花能力の修行をしてこなかった自分は、どうやって能力を操ればいいのか、さっぱり分からなかった。

 そうやって悩んでる僕の元に、土像が近づいて来た。土像が自分達を殺そうとしていることを、ハッキリと自覚出来ずに、その場に座り込んだまま、近付いてくる草のツタを凝視(ぎょうし)していた。しかし、いくら待っても、そのツタが自分を縛る事はなかった。

 雫が僕に被せて行った水の玉が、護ってくれているのだ。水の玉にツタが触れると、水玉が広がってツタを流すのだ。これなら安全だなと思い逃げずにいると、土像が手を振りかざして水玉を破壊した。
 水玉が土像の土で濁り、溶け出た土の量に負けて破れたのだ。これはマズイと、逃げる態勢を取ろうとした瞬間、土像のツタが僕を捕らえた。
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