21、緑木の糞爺
文字数 4,889文字
騒がしい足音と、雫の声に目が覚めた。まだ起床時刻では無い筈だが……よっぽどの緊急事態らしい。荒々しくドアを開けた音がした直後、布団を引っぺがされた。
「水様! 大変です、緑木家からの召喚状が……!」
「……え? 冗談……?」
言われた言葉を理解出来ないまま、寝巻きをひん剥かれ、着替えさせられた。
「冗談じゃないです。朝食、簡単な物ですが、ちゃちゃっと食べて下さい。それと私、昨日の襲撃の処理仕事が立て込んでて、お供できないので深雪さんと一緒に行ってくださいね、緑木家 」
出された朝食のカットされたリンゴには、一匹だけウサギが混じって居た。雫が剥いてくれたのだろうか……このうさぎリンゴは……そんなことを気にしながら、シャクシャクとリンゴを食べた。
一通りの支度 が終わったらしく、雫は本とイヤリング、緑木家からの召喚状を差し出してきた。
「イヤリングに、連絡水玉をつけておきました。常にそちらの情報をリアルタイムで確認出来るようになっていますから、何かあれば言ってください。あと、この本一応持って行ってください。召喚状には、水園家で一番貴重な書物を持って来いと書かれていたのですが……恐らく、この本の事でしょう。召喚状には目を通しておいて下さいね。くれぐれも失礼の無いように振る舞って下さい」
「分かった」
「では、行ってらっしゃいませ」
トントン拍子で水の塔から追い出され、いつもより豪華な新品の衣装を着せられて、深雪と待ち合わせの氷壁まで歩くついでに、召喚状にサラッと目を通した。読み終わった召喚状の詳細を脳内でリピートしつつ、文句ばかりが浮かんでくる。
ま、マントやら装飾品やらが重い……。蕾花能力を使えないのは不便だ。一昔前の自分に戻ったと思えば良い気もするが……辛い。蕾花能力を使えれば、すいすいーっと体を浮かせて走れるのに……マントが重くて歩き難 いし……このバッチとか、チェーンとか、いらないのでは? ……あぁ、帰りたい。
はぁ、緑木家も最上位だからって、いきなり呼び出しとか……しかも早朝に呼び出しとか有り得ないんですけど? こっちは、襲撃があって処理に忙しいってのに……クソ緑木家、許すまじ……。
氷壁を目指してしばらく歩くと、深雪に会った。深雪も普段と違う格好をしており、ベストにワイシャツ、ブローチ留めのリボン……という、普段の服装に、真っ白なマントを被せている。髪型も調えたのか、顔が良く見えるようになっていた。私に気がついた深雪は、駆け寄って来て挨拶をするなり私の手をとって、空へ飛び立った。
「おはよう流水。遅れると不味いし、早速行こっか」
パタパタとマントをはためかせ、私達は緑木家領目指して飛んだ。
「今日は水園家当主って感じの格好だね。似合ってる」
「ありがとう、深雪も似合ってるよ。髪型も変えたよね? やっぱり深雪は目が見えた方が、カッコ良さが際立って素敵だね。それと付き合わせちゃってごめんね」
深雪は耳を赤くして、照れ隠しをするように言った。
「……全然、水園家一番の腕利きだからーって、雫さんに頼まれて」
「雫の奴……本当ごめん。緑木家なんて行きたくないだろうに……付き合ってくれてありがとう。なんか、深雪が居てくれると安心する」
「……そっか。流水は私が守るからね。それに……二人きりのピクニックみたいで、ちょっとわくわくしてるし……」
えぇ……最下位の水園家が最上位の緑木家に、ピクニック感覚で行くなんて恐れ多いのだが……と、そんな雑談を交 わしながら、深雪との空の旅を楽しんだ。何時間か経った頃、進行方向に目的地が見えてきた。
「あれ……かな? あの、緑のモコモコ……」
「うん。あれっぽい……凄い緑だ……本で見た通り……」
何処に降りたら良いのだろう? と壁の外側に降り立とうと降下した。その時、緑のツタが私達を引っ張り上げた。急に上昇したので、慌てふためき、深雪にしがみついた状態のまま、上空から見た緑のモコモコ……生い茂る緑の大樹に突っ込まれた。え、木にばちばち当たられながらここを通るの? と体を強張らせるが、そんな心配はいらなかった。青々とした葉のついた枝達は、私達が通れるようにと捌 けて行ったのだ。まるで、木自体が物事を考えているかのようだった。
降り立った先は、大樹の中心をくり抜いて造られた部屋だった。そこには、同じく木で作られているテーブルと椅子のみが設置されており、二つある椅子の一つには、白髪 混じりの緑髪 をオールバックにしている、おじさんとも、お爺さんとも見て取れる男性が腰掛けていた。そのお爺さんは優雅にティータイム中といった様子で、私達に見向きもせず、皿のクッキーに手を伸ばした。
私達を丁寧に床へ運んでくれた木の枝達は、ガサガサと音を立てて素早く元の場所へと戻って行った。その音に反応した彼が、こちらを向く前に急いで身成りを整えた。いつもより整えなければいけない箇所が多く手こずったが、何とか見栄えの良い状態をつくることができた。
緑髪オールバックのお爺さんが、ゆっくりとカップを置いて、こちらを向き、挨拶をした。
「どうも、こんにちは……君ーが、噂の水園家当主かな?」
深雪と私を見比べて、深雪の方へ笑顔を向けたお爺さんに対し、営業スマイルの深雪が私を前へ押し出し、説明した。
「あら、こちらが水園家が御当主、水様 で在られますよ」
深雪の怨念 が籠 った手を、肩からスッスと退かして、彼の正面に歩み寄った。
「当主の威厳 が感じられないような者で、申し訳ありません。私が水 であります。召喚に応じ、参上致しました」
「おお、そうだったか……遠路遥々……時間の掛かるものかと思ったが、従者は優秀なようだな。それにしても、君が当主とな?火陽家 の幼児当主に劣 る威厳とは……」
「……お褒めに預かり、光栄で御座います」
「呼び出したのは、そちらの近状が知りたかったのだよ。新しい当主とも、話してみたかったのでな」
「左様 ですか。恐れながら、貴方様 にご興味を持って頂けるようなものなど──」
「本を知らんかね」
「……本、ですか? どのような?」
「はっ。今君が持っているその本だよ。ちゃんと、持って来たんだな。二度手間にならなくて良かったな……それぐらいの頭はあるようで安心したよ」
手を差し出して来る爺さんは、まだ自己紹介すらしていない。しかし、少しの行動が気に食わないという理由だけで敵対してしまうのも恐ろしいので、若干躊躇 いながら、マントをよけて腰に巻き付けていたベルトから本を取り出し、彼に渡した。
「やはり水園家にあったか……では、ご苦労だったな、帰って良いぞ」
本を受け取った爺さんは小さく呟いた後、私達に言い放った。え? は? 帰って良い? その本が目的だったのか? 本だけが……? 朝早く理不尽 にここまで呼び出しておいて、一方的に終わりにされるのは癪 だったので、自己紹介ぐらいはして欲しいと提案してみる。
「あの、自己紹介だけでも……良ければ、して頂けないでしょうか? 」
「……自己紹介? ……そういえばしていなかったな。儂 は、緑木家の当主──万緑 、緑 と呼んでくれ」
面倒臭いし君なんかに言う必要ある? という気持ちを、全面に出したような表情で、自己紹介をした緑爺さん。
「ありがとうございます。それでは、失礼致しま──」
「待て、そこの女は置いて行け」
女? 深雪と共に辺りを見回すが私達以外、人は居ない。恐らく深雪の事だろうと検討をつけ、緑様 ? へ返答する。
「……無理で御座います。私の従者ですので……かれ──彼女がいないと帰れないので、お断りさせて頂きたく存じます」
緑爺 さん……深雪をこれ以上怒らせないでくれ! 今、振り向く前すんごい顔してた……いつもは女と間違えられても、怒らないのに、すんごい顔してた! めっちゃ怒ってる! あいつ絶対殺す……って顔してたよ……!
「そうか……では、その女と引き替えに同盟を組んでやる。水園領、これ以上荒らされたくないだろう? 契約を結んでも良い。その女を手放せば、民の安寧 が手に入るんだ。選ぶまでもないだろう?」
「そうですか……選ぶまでもないですね。お断りします」
「はっ……家が無くなってから後悔しても遅いからな」
緑爺さんは、そう言って気味の悪い笑みを浮かべた。念のため水園家領の様子を確認をする事にした私は、トイレに行きたいという口実をつくり、この場から一旦去ることにした。
「……すみません、水場はどちらでしょうか……ちょっと緊張してしまいまして」
「ふん……あの梯子 を下がった突き当たりに有る。そうだ、ゆっくりしてこい」
「そうですか。ありがとうございます……少々お待ちください。失礼します」
私は目立たぬように、深雪の前を通り過ぎる瞬間、素早く伝えた。
「緑爺の見張りは頼んだ、領の様子を確認して来る」
私は、さっさと梯子を降り、お手洗いを探した。突き当たり……突き当たり……と廊下を進み、見つけた個室に駆け込むと、雫がくれた水玉に話しかける。すると、先程までイヤリングに貼り付いていた水が私の手に流れ落ち、雫の声を発した。
「水様、あのジジイ、クソうざいですね。こっちは先程、ジジイの発言に合わせて庭が爆撃されました。幸 いなことに淡雪 さんがいたので無傷ですよ。安心して下さい」
「そうか、それはよかった、ではまた後で」
水をイヤリングに付け戻して、私は個室を出た。深雪の元へ帰ると、爺さんが慌てて深雪から離れて行った瞬間だったので、駆け寄って確認した。
「領は無事だった。深雪、なんかされた?」
「いや、髪の毛触られ──」
私達の会話に緑爺が割って入ってきた。
「さて、心は決まったかね?」
「はい。答えは変わりません」
「……風呂に、入らないか? 景色の良い風呂がある。是非、入って貰いたい」
再び断った私を、緑爺さんが風呂に誘ってきた。脈絡 の無い突然のお誘いに首を傾げると、枝が素早く絡みついて来たようで、体が宙に浮いた。助けを求めようと深雪に手を伸ばすも、あっというまに離されてしまい、伸ばした手は空 を掴んだ。
枝に引っ張られて、木の幹に沿って突き出た所の内側に降ろされた。露天風呂風味 な浴場が、そこにはあった。先に居た緑爺さんが突然、ドヤ顔で語り出した。
「この大樹は領の中心部でな、緑木の一族が暮らしているんだ。他の奴らは、この木を見上げ、拝みながらあの低い地面で暮らしているのだよ。そういえば君の領では、皆んな家族……だったか? そんなことを説 いているらしいじゃないか? はっ、馬鹿げてる……家族というのはな、血筋のみだ。領主一族が最も尊く、他は他人で、どうでもいい奴ばかりだ。そういえば君の従者は、水園家で一番美人なのか?」
「……えぇ、まあ」
「はっ、そうなのか? 水園家は大したことないんだな。緑木には、もっと美しい奴が沢山いるぞ?朝顔家 なんかは一族単位で美人揃 い……どうだ? 女に興味あるか?」
「いえ、ありません」
「はっ……所詮子供か……君みたいにな子供が当主だなんて、水園家は人材不足なのか? あ、そうだったなぁ、領主一族が他家に殺されたからだったな? すまないすまない、君は、その時の生き残りなんだよな? どうして一族皆を連れて領外に出掛けたのか……当時の当主は頭がおかしかったのか?」
「馬鹿にしないで下さい! ……父上は、立派な方です!」
カッとなって、言い返した私を揶揄 うかのように、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる緑爺は、息をするように人を馬鹿 してゆく。
「そうかそうか君が原因か。君のせいで皆んな死んだ。はっ、君は馬鹿だな、駄目な奴じゃないか、あの時死ぬべきは君だった。そうだろう? 優秀な兄が居たなら、そちらを逃せば良かったはずだ。全部君のせいだよ。今更何をしても無駄、辞めてしまえば皆んな幸せになる……契約を結ぼう、もう一度断るというのなら君の家族、家、全てを奪う……さあ、判断を間違えるなよ? 馬鹿の死に損ない君……」
緑爺のペースに呑まれた私は、じりじりと闇に落とされて行ったのだった。
「水様! 大変です、緑木家からの召喚状が……!」
「……え? 冗談……?」
言われた言葉を理解出来ないまま、寝巻きをひん剥かれ、着替えさせられた。
「冗談じゃないです。朝食、簡単な物ですが、ちゃちゃっと食べて下さい。それと私、昨日の襲撃の処理仕事が立て込んでて、お供できないので深雪さんと一緒に行ってくださいね、
出された朝食のカットされたリンゴには、一匹だけウサギが混じって居た。雫が剥いてくれたのだろうか……このうさぎリンゴは……そんなことを気にしながら、シャクシャクとリンゴを食べた。
一通りの
「イヤリングに、連絡水玉をつけておきました。常にそちらの情報をリアルタイムで確認出来るようになっていますから、何かあれば言ってください。あと、この本一応持って行ってください。召喚状には、水園家で一番貴重な書物を持って来いと書かれていたのですが……恐らく、この本の事でしょう。召喚状には目を通しておいて下さいね。くれぐれも失礼の無いように振る舞って下さい」
「分かった」
「では、行ってらっしゃいませ」
トントン拍子で水の塔から追い出され、いつもより豪華な新品の衣装を着せられて、深雪と待ち合わせの氷壁まで歩くついでに、召喚状にサラッと目を通した。読み終わった召喚状の詳細を脳内でリピートしつつ、文句ばかりが浮かんでくる。
ま、マントやら装飾品やらが重い……。蕾花能力を使えないのは不便だ。一昔前の自分に戻ったと思えば良い気もするが……辛い。蕾花能力を使えれば、すいすいーっと体を浮かせて走れるのに……マントが重くて歩き
はぁ、緑木家も最上位だからって、いきなり呼び出しとか……しかも早朝に呼び出しとか有り得ないんですけど? こっちは、襲撃があって処理に忙しいってのに……クソ緑木家、許すまじ……。
氷壁を目指してしばらく歩くと、深雪に会った。深雪も普段と違う格好をしており、ベストにワイシャツ、ブローチ留めのリボン……という、普段の服装に、真っ白なマントを被せている。髪型も調えたのか、顔が良く見えるようになっていた。私に気がついた深雪は、駆け寄って来て挨拶をするなり私の手をとって、空へ飛び立った。
「おはよう流水。遅れると不味いし、早速行こっか」
パタパタとマントをはためかせ、私達は緑木家領目指して飛んだ。
「今日は水園家当主って感じの格好だね。似合ってる」
「ありがとう、深雪も似合ってるよ。髪型も変えたよね? やっぱり深雪は目が見えた方が、カッコ良さが際立って素敵だね。それと付き合わせちゃってごめんね」
深雪は耳を赤くして、照れ隠しをするように言った。
「……全然、水園家一番の腕利きだからーって、雫さんに頼まれて」
「雫の奴……本当ごめん。緑木家なんて行きたくないだろうに……付き合ってくれてありがとう。なんか、深雪が居てくれると安心する」
「……そっか。流水は私が守るからね。それに……二人きりのピクニックみたいで、ちょっとわくわくしてるし……」
えぇ……最下位の水園家が最上位の緑木家に、ピクニック感覚で行くなんて恐れ多いのだが……と、そんな雑談を
「あれ……かな? あの、緑のモコモコ……」
「うん。あれっぽい……凄い緑だ……本で見た通り……」
何処に降りたら良いのだろう? と壁の外側に降り立とうと降下した。その時、緑のツタが私達を引っ張り上げた。急に上昇したので、慌てふためき、深雪にしがみついた状態のまま、上空から見た緑のモコモコ……生い茂る緑の大樹に突っ込まれた。え、木にばちばち当たられながらここを通るの? と体を強張らせるが、そんな心配はいらなかった。青々とした葉のついた枝達は、私達が通れるようにと
降り立った先は、大樹の中心をくり抜いて造られた部屋だった。そこには、同じく木で作られているテーブルと椅子のみが設置されており、二つある椅子の一つには、
私達を丁寧に床へ運んでくれた木の枝達は、ガサガサと音を立てて素早く元の場所へと戻って行った。その音に反応した彼が、こちらを向く前に急いで身成りを整えた。いつもより整えなければいけない箇所が多く手こずったが、何とか見栄えの良い状態をつくることができた。
緑髪オールバックのお爺さんが、ゆっくりとカップを置いて、こちらを向き、挨拶をした。
「どうも、こんにちは……君ーが、噂の水園家当主かな?」
深雪と私を見比べて、深雪の方へ笑顔を向けたお爺さんに対し、営業スマイルの深雪が私を前へ押し出し、説明した。
「あら、こちらが水園家が御当主、
深雪の
「当主の
「おお、そうだったか……遠路遥々……時間の掛かるものかと思ったが、従者は優秀なようだな。それにしても、君が当主とな?
「……お褒めに預かり、光栄で御座います」
「呼び出したのは、そちらの近状が知りたかったのだよ。新しい当主とも、話してみたかったのでな」
「
「本を知らんかね」
「……本、ですか? どのような?」
「はっ。今君が持っているその本だよ。ちゃんと、持って来たんだな。二度手間にならなくて良かったな……それぐらいの頭はあるようで安心したよ」
手を差し出して来る爺さんは、まだ自己紹介すらしていない。しかし、少しの行動が気に食わないという理由だけで敵対してしまうのも恐ろしいので、
「やはり水園家にあったか……では、ご苦労だったな、帰って良いぞ」
本を受け取った爺さんは小さく呟いた後、私達に言い放った。え? は? 帰って良い? その本が目的だったのか? 本だけが……? 朝早く
「あの、自己紹介だけでも……良ければ、して頂けないでしょうか? 」
「……自己紹介? ……そういえばしていなかったな。
面倒臭いし君なんかに言う必要ある? という気持ちを、全面に出したような表情で、自己紹介をした緑爺さん。
「ありがとうございます。それでは、失礼致しま──」
「待て、そこの女は置いて行け」
女? 深雪と共に辺りを見回すが私達以外、人は居ない。恐らく深雪の事だろうと検討をつけ、
「……無理で御座います。私の従者ですので……かれ──彼女がいないと帰れないので、お断りさせて頂きたく存じます」
「そうか……では、その女と引き替えに同盟を組んでやる。水園領、これ以上荒らされたくないだろう? 契約を結んでも良い。その女を手放せば、民の
「そうですか……選ぶまでもないですね。お断りします」
「はっ……家が無くなってから後悔しても遅いからな」
緑爺さんは、そう言って気味の悪い笑みを浮かべた。念のため水園家領の様子を確認をする事にした私は、トイレに行きたいという口実をつくり、この場から一旦去ることにした。
「……すみません、水場はどちらでしょうか……ちょっと緊張してしまいまして」
「ふん……あの
「そうですか。ありがとうございます……少々お待ちください。失礼します」
私は目立たぬように、深雪の前を通り過ぎる瞬間、素早く伝えた。
「緑爺の見張りは頼んだ、領の様子を確認して来る」
私は、さっさと梯子を降り、お手洗いを探した。突き当たり……突き当たり……と廊下を進み、見つけた個室に駆け込むと、雫がくれた水玉に話しかける。すると、先程までイヤリングに貼り付いていた水が私の手に流れ落ち、雫の声を発した。
「水様、あのジジイ、クソうざいですね。こっちは先程、ジジイの発言に合わせて庭が爆撃されました。
「そうか、それはよかった、ではまた後で」
水をイヤリングに付け戻して、私は個室を出た。深雪の元へ帰ると、爺さんが慌てて深雪から離れて行った瞬間だったので、駆け寄って確認した。
「領は無事だった。深雪、なんかされた?」
「いや、髪の毛触られ──」
私達の会話に緑爺が割って入ってきた。
「さて、心は決まったかね?」
「はい。答えは変わりません」
「……風呂に、入らないか? 景色の良い風呂がある。是非、入って貰いたい」
再び断った私を、緑爺さんが風呂に誘ってきた。
枝に引っ張られて、木の幹に沿って突き出た所の内側に降ろされた。
「この大樹は領の中心部でな、緑木の一族が暮らしているんだ。他の奴らは、この木を見上げ、拝みながらあの低い地面で暮らしているのだよ。そういえば君の領では、皆んな家族……だったか? そんなことを
「……えぇ、まあ」
「はっ、そうなのか? 水園家は大したことないんだな。緑木には、もっと美しい奴が沢山いるぞ?
「いえ、ありません」
「はっ……所詮子供か……君みたいにな子供が当主だなんて、水園家は人材不足なのか? あ、そうだったなぁ、領主一族が他家に殺されたからだったな? すまないすまない、君は、その時の生き残りなんだよな? どうして一族皆を連れて領外に出掛けたのか……当時の当主は頭がおかしかったのか?」
「馬鹿にしないで下さい! ……父上は、立派な方です!」
カッとなって、言い返した私を
「そうかそうか君が原因か。君のせいで皆んな死んだ。はっ、君は馬鹿だな、駄目な奴じゃないか、あの時死ぬべきは君だった。そうだろう? 優秀な兄が居たなら、そちらを逃せば良かったはずだ。全部君のせいだよ。今更何をしても無駄、辞めてしまえば皆んな幸せになる……契約を結ぼう、もう一度断るというのなら君の家族、家、全てを奪う……さあ、判断を間違えるなよ? 馬鹿の死に損ない君……」
緑爺のペースに呑まれた私は、じりじりと闇に落とされて行ったのだった。