第十二話

文字数 11,062文字

 三つ目の空間、それは今にも雨が降り出しそうな、ぐずついた天候の古びた廃墟。今までの舞台とは異なり、人が明らかにいたであろう場所。理由は言わずもがな。まるで大規模なサバゲー場とも思える、障害物に高所や低所。それらにとてもではないが似つかわしくない、比較的新しい複数の死体とともに、血痕が至る所に付着していたのだ。
 噎せ返るほどの血の臭いで充満したそこに送り込まれたのは、≪陰気の使徒≫イスラと院。院の方はとても気分が悪そうであった。
「……貴女、随分と平気そうな顔で待っていたのですね。言い方は悪くなりますが、少々おかしいのではありませんの?」
 院とは対照的に、薄ら笑いでこちらを見つめるイスラ。
「そりゃあね……血生臭いところなんざ、さんざ潜り抜けてきたから……」
 愛おしそうに左腕のガトリング砲を摩るイスラ。誰のものか分からない返り血がべっとりと付着していた。
「今まで僕チンにあーだこーだ言ってきた陽キャたちを好き放題してたんだ……オーナーと一緒にいれば、僕チンは安寧を得られるから最高だよ」
 しかし、それらは陽キャというより、銃を試射するためのデコイであった。普通なら、ある程度確認できればそれ以上は撃たないだろうが、まるで恨みでもあったかのようにずたずたになっている、文字通りのハチの巣状態であった。内部には人間同様多量の血液が仕込んであったのか、多量に溢れ出していた。
「……貴女、かなりの鬼畜ですのね。デコイとはいえここまでずたずたにして……事情があるにしても、限度はありますわよ」
「本当にそうか……少し考えてみたらどうかな」
 そう言うと、イスラは銃口を向け、威嚇する。
「僕チンを汚そうとする奴は――みんな消えちゃえ」
 ほんの一瞬のアイドリング。そこから情け容赦の欠片もない銃弾の雨が院を襲う。
 障害物を盾にしようにも、通常の重火器よりも圧倒的な火力を誇っていたために、息つく暇もなくコンクリートブロックたちが欠片を通り越して粉に変わる。
 射線を切るように高速で横移動をする院。何発か体や頬を掠ったものの、大事は無い。
 完全に視線すら通さないような陰に隠れ、相手の出方をうかがう。
「なぁに、英雄サマ志望とあろう人が……僕チン如きにビビっちゃってるぅ?? いい気分だよ、本当に」
(何とかしてあの銃弾の雨をかいくぐる必要がありますわね……)
 だが、院の武器はガトリング砲よりも、圧倒的に火力も連射速度もない弓矢。知恵をひねる必要があった。
 そこで思い出すのは、あの時の出来事。礼安との出来事を思い浮かべたのではなく、ゲーム世界のウルクでの出来事であった。

 ある日のこと。自身の力を見せた後、ウルクにおける第二のギルガメッシュとして共に王としての仕事を全うしていた時の事。
 理不尽、狡猾、圧倒的。死にゲーと呼ばれる所以を、院は身をもって体感していたのだ。
 理不尽なほど街を襲う化け物や災害の数々。
 王の座を引きずり落とそうとする、狡猾な暗殺者や能力者。
 この時代には存在しないはずの、圧倒的な他国軍隊による人海戦術。
 しかしそんな中でも、ウルクの人々や王であるギルガメッシュは希望を捨てることは無かった。
 ある夜、ウルク中心部に聳え立つ王城、そのバルコニーにて。
 ギルガメッシュはよそ者である院に対し、撥ね退けるような態度はとることなく、むしろ歓迎しているようであった。
「外の世界から来た、と言っていたな。知らない世界を知れる機会というのもそう無いものだ、語って聞かせよ。夜は長い、良い肴になるだろう」
 彼は為政者として、かなりの永い間従事してきたために、苦労が顔に顕われている。目は少し吊り上がり、皴も多少なり知っている姿よりも多い。しかし、今院に向けている表情はとても柔らかいもので、まるで街の子供に向けるような微笑であったのだ。
 二人とも絨毯の惹かれた絢爛豪華なバルコニーに座り、一息つく。今日も従来の歴史ではありえないはずの、ワイバーンやロボ兵器などがアトランダムに攻め入ってきたのだ。紀元前の話のはずなのにまさかのロボである。時代設定がめちゃくちゃすぎるために、院のツッコミは止まることを知らない。
 王としての仕事で過労状態にあった中で、院の語る未来の話は、彼にとっていい栄養となっていた。そう発展するなら、世が生きてウルクを守り続けた甲斐もあった、と大いに喜んでいたのだ。
「元々、私はある幼馴染を笑顔にしたくって、英雄を志すようになったんですの。ただ、その幼馴染が中々難のある性格というか……あの子の願いは『赤の他人も友人も、総じて守るため』って言ってきかなくて……本当、無欲に見えてかなりの欲張りですの」
 そう院がぼやくと、ギルガメッシュは快活に笑って見せた。
「稀に見る強欲な者よ。かえって気に入ったぞ、その幼馴染とやら。破天荒ぶりで言ったら、余の戦友に部分的ではあるが似ているぞ」
 ギルガメッシュの戦友であり、唯一の友、エルキドゥ。今でいう神造兵器のようなもので、対ギルガメッシュ専用の兵器であった。しかし紆余曲折あり並外れた強敵を共闘にて倒していくたび、彼らの絆は深まった。結果、一生ものの親友となった、といわれている。
「余が若いころならば、その幼馴染に対して甘いと切り捨てただろうが……今はその甘さも許容しよう。年を食うと丸くなるのは……あながち間違いではないのだな」
「私は……正直な事を言うと、あの子の理想は厳しく、辛いものだと考えますの。精神性にも多少難がある子でしたから、いつか彼女ばかりが負担を負い続けるこの状況が続けば、壊れてしまうんじゃあないかと……怖くなってしまうんです」
 らしくもなく、王の前で弱音を吐いてしまう院。
 しかし、王は怒るでもなく慈しむでもなく、ただ笑い飛ばした。
「良い良い、迷うは人生の花よ」
 王は飲み物を手渡しながら、礼安と院自身を諭すような口調で聴かせる。その表情は、先ほどまでの快活な表情ではなく、一人の王としての厳しさも籠もった表情であった。
「よいか。英雄とは、自らの視界に入るもの全てを護る者だ。理想は高く、欲望は深く。おのが欲望すら満たせない者は、誰も守れない。いつだって、飢え続ける獣であり続けろ」
 この世の全ての財宝を手に入れた、という逸話も残っているギルガメッシュ。その彼は、いつだって欲をむき出しにして生きてきた。何かしらの財宝を手に入れたい、自らの戦闘欲を満たすほどの強者と戦いたい、自らの性欲の赴くままに女を侍らせたい、ありとあらゆる美食を極めたい、そして街の人々を守りたい。
 『欲』の体現者であったギルガメッシュ王だからこその、心から出た説教だった。
「多少なりとも馬鹿な発想でも、大いに自分の中で受け入れろ。それを実現できるかどうかはさておいて、それに向かってただひたすらがむしゃらに走りぬく……そういう時間を作ってこそ、人間は大きくなれる。欲と突飛な発想は、王を目指すなら必須事項よ」
 渇望するまでの何か。無論、院の中では一つ。あの子にとっては、無数。一見不可能な願いであっても、願うはただ。実現させたら、それは大きな儲けである。
「……ありがとうございます、王よ」
 院はそう言い首を垂れると、またいつものようなギルガメッシュ王の快活な表情へと変わる。
「良い良い! 貴様が来てから、知らないことを教えてもらってばかりだ、それ相応の対価は必要だろう? 遠慮せず、食え飲め! 中年の余が教えられることなら何でも教えようじゃあないか!」
 すでに酒はかなり入っているようで、もうほろ酔いのレベルを超えていたために、からみ始めてきた。酒を飲むと厄介かつ面倒なタイプらしい。その影響か、いつもそばにいるはずの付き人が一人もいない。院は生贄としてあてがわれたのだ。
「良い財宝の見分け方か? うまい肉の見分け方か? それとも男の効率的な落とし方か!? 人生経験がある分余は教えられるぞ!! アーッハッハッハ!!」
「ああもう! この時代にはアルハラやセクハラは無いんですの!?」
 これより夜が明けるまでの数時間、聞いてもいないことばかりを語り続ける、厄介な飲んだくれが誕生してしまった。院は、呆れ顔でどうしようもできなかった。

「……なんか、碌でもないことを多く思い出してしまったような気はしますが、貴方の力、貸してもらいますわよ、ギルガメッシュ王」
 ライセンスを荒々しく認証、装填し、腰に装着する院。
 ゆっくりと遮蔽から姿を現した院を、最高のカモがやってきた、とばかりに嘲笑うイスラ。
「なに、一通り整理がついて僕チンの的になりに来たってわけ? とんだドMだよ」
「いいえ、私はこんなところで死ぬわけにはいかないのよ。貴女のような外道に殺されて、それで人生おしまいだなんて……私に力を貸してくれた英雄ギルガメッシュ王に、示しがつきませんの」
 無意識に、お互い攻撃態勢をとる。
 ガトリング砲の銃弾が院の体に届くか、焔纏う矢がイスラに届くか。さながら西部劇のような、クイックドロウ対決であった。
 息が詰まるような数秒。
 ひび割れたコンクリート片が、地面に落ちて砕け散った、ほんの一瞬。
 院は弓を顕現させ、イスラはアイドリングの一秒を済ませたガトリング砲を当人に向け、己が敵に向け、撃ち放つ。
 無論、銃弾の方が到達速度は早かった。しかし、それで終わりはしなかった。
 辿り着くと同時に、メラメラと燃え盛る巨大な盾に阻まれてその銃弾がどろりと溶けだしたのだ。
 イスラは驚きを隠せていなかった。間違いなく仕留めた、そう自信に満ち溢れていたのだ。
「な、何で僕チンの弾丸が……」
「考えてみれば、分かるんじゃあないんですの」
 徐々に焔に包まれ、すらりとした装甲が院を覆っていく。
 ほんの一瞬。
 その間にできることなど、たかが知れている。
そう、院はハッタリ目的で弓のみを顕現させたのだ。
 矢を番え、敵に向けて撃つ間に明らかなハンディキャップが存在する。そのハンディキャップを埋めるためには、能力を行使できる装甲を纏った状態になる必要があった。
 速度で負けると分かっているなら、あらかじめ対抗策を無数に張り巡らせておくだけ。
 特殊な金属でも使っていない限り、銃弾内部に気化しただけで人体に毒となるガスでも発生しない限り、超高温となった院や弓矢に触れただけでゲームオーバーである。
「動揺という一番の隙を生み出すためには、お決まりを崩すことからですわ。誰が馬鹿正直に獣相手に弓矢で戦いますか。きっちり、自分のすべきことを成すのみですのよ」
 変身した院は一気に焔矢を三本つがえて、全力で撃ち放つ。
 それを左腕で振り払って、状況を振り出しに戻そうと思考したイスラ。しかし我欲を学んだ院は、己の想像力のままに弓以外の臨む武器を顕現させる。
 それは、灼熱のバックラーに特殊弾を装填したリボルバーマグナム一丁。
(なるほど、武器に関しては……どっちかって言ったら私の欲が反映されるわけではないのね、全くもって面倒くさい!)
 飛び上がり、ガトリング砲を雨のように撃つイスラ。戦略を考えるよりも、半ばごり押しで戦うことの方が多いらしい。
「僕チンを汚すな、英雄風情が!」
 形状変化させ、機械の腕で殴りかかる。
 しかし院はバックラーでそれをいなし、眉間に銃口を突き付け、引き金を引く。
すんでのところで後ろに反り、銃弾を避ける離れ業をして見せる。
 再度撃鉄を起こし、銃を腰部分まで下げ連射の体勢をとるも、二人の考えは一緒であった。
 互いの銃口が互いに向き合う。不利なのは言うまでもない。
 お互い、相手の方を向きながら徐々に後ずさりしていく。出方を伺い、横に移動しながら隙を見つけようと画策する。
 そんな中で、院は地面を思い切り踏みつけ、数発の轟音と共に畳を返すように隆起させる。
「ああもう鬱陶しい!!」
 フルパワーで回転させ、高熱を放ちながらぶっ放す。隆起した壁は跡形もなく崩れ去る。しかし、壁が崩壊した後のその場には、院はいなかった。
「分かるぞ……僕チンはあらゆるゲームをプレイしてきたんだ……死体を見るまではその対象を完全に死んだ、と思うなってのは鉄則だ」
 銃口をあらゆるところに向けながら、くまなくクリアリング。しかし、その大広間にはどう探そうとも気配が無かったのだ。
 とても冷えてきた。空は重たい雲がかかり、冷風が体を撫でる。身震いして、未だ拭えない不安と対峙するイスラ。
 そして、その不安は的中する。
 空に一筋、炎を纏った巨大な鳥がどこからか飛んでいく。その向かう先は、黒くよどんだ重たい雲そのものであった。
 そしてその鳥は追撃を一矢貰い、花火の如く華麗に爆散した。
 最初、理解が全くできなかった。その場にいないはずの存在が、何ならゲームの世界でよく見るような存在が、花火のように散ったのだ。
 その場に熱が立ち込め、じんわりと汗がにじんできたものの、イスラの中にある審美眼はしっかりと働き、この光景に心打たれていたのだ。
「綺麗だ……」
 思わず出たその言葉に応えるように、この場にはそぐわないほど明るい、二人の女性の声が響き渡る。
『あら、私の知る騎士様ではない!? そして綺麗とは、私……イゾルデその一ことキンを呼びましたわね!! ねえシロ!!』
『呼んどらんわアホ、今回はいつもの騎士様と違って、特別ゲスト的な雰囲気漂っとるんや、少ォし大人しゅうしたってやキン……あ、どうもイゾルデその二、シロですゥ』
 金髪と白髪の巨乳美女(ただし霊体&かなり喧しい)が院の側に現れたのだ。
「……こんなライセンス持っていたのね礼安……教育に悪すぎますわ」
 建物屋上に、院の姿があった。呆れかえった表情こそしていたものの、手に持つものは先ほどとは異なる、雷迸る弓であった。
「手短にいきますわ、お二方」
『あら、地球の方はお堅いのねぇ』
『アホ、ここにおるヤツ全員地球人やろ』
 そんな寸劇を挟みつつ、二人を一点に集め一気に弓を弾き絞る。
「低気圧の塊に高温の風を流し込んで……生まれるものは雨以外にもう一つありますわね」
 そういわれた瞬間、呆けていた自分を心底恨んだ。その場から立ち去ろうと、脚を動かしたイスラ。しかし、脚は一歩も動かなかった。というより、動けなかった。
 下を見ると、熱を持った多量の粘着液。独自の命を持ったかのように足に絡みつき、離さない。
「それは雷。余程の超人でない限り、雷が直撃したら詰み≪チェックメイト≫ですのよ」
 ドライバーの左側をプッシュし、魔力を纏う。
『必殺承認、この愛は、全てを射抜く≪トライスター・トゥ・ザ・フェイト≫!』
 遠慮なしに矢を放つ。莫大な雷が起こるまであと一手まで迫った、重苦しい雲に覆われた空。そこに莫大な雷のエネルギーを内包した、矢を放ったらどうなるか。
 答えは至極単純。
 廃墟に、広範囲かつ巨大な閃光が、轟音と共に落下する。
 まるで直下型地震が起きたかのように、激しく揺れる。森の生き物たちはざわめき、周辺から一気に逃げ出すほど。
 ほんの一瞬の出来事。しかし、そのほんの一瞬で森は燃え、甚大な被害を起こした。
「ふう……かなりのものでしたわ」
 雷のエネルギーで自身をコーティングした院は無傷であったが、イスラは言うまでもない。黒く焼け焦げ、もはや先ほどまで生きていたとは思えない。炭の一歩手前、でもあった。
 立ち去ろう、と理性は言った。しかし、英雄としての心がそうさせはしなかった。
「確か……丙良先輩からいただいたものが……あ、これですわ」
 手にしたのは『黄金の林檎争奪戦!』のライセンス。何だろう、嫌な予感がする。
「確かこのライセンスに関して何か言っていたような……ま、いいですわ」
 『トリスタンと二人のイゾルデ』をデバイスから抜き、新たに『林檎争奪戦』を認証、装填する。自分が装着しても意味は無い、と悟り、炭になりかけのイスラに装着。
 見る見るうちに傷や炭化は治癒していき、何故か肌がつるつるになったイスラが返ってきた。とても気持ちよさそうに眠っていた。
(きっと、この子は対人関係でいろいろあってああなったのですわ、どこかあの子を重ねてしまいます)
 院はどこか放っておけないイスラを抱え、脱出口へ向かう。その途中、どこからか男のものと思われる、言語化できないような素っ頓狂な叫び声が上がりびくついたものの、何もないことを確認してから足早に去った。
 これにより、第三回戦、≪陰気の使徒≫イスラVS≪お嬢様英雄≫真来院。勝者は院、多少なり傷を負いつつも、王の教えを胸に快勝した。

 四つ目の空間は、青薔薇の花弁が散る教会。人々は見えやしない許しを得るために、自身の心の安寧を得るために集う場所。
 しかし、この教会は通常の物とは一味違う。壁を見れば拘束器具、血や肉片がべっとりと付着し手入れをしなかったせいで、完全に錆びついてしまった拷問処刑器具の類が吐いて捨てるほどに転がっていた。そう、通常の宗教ではなく俗にいう邪教。「死は救済である」と謳い、数多の罪人を秘密裏に殺害。その影響で、既に殺された罪人が世界中で未だ指名手配中となっている。
 数多の死体の怨念満ちるここに送り込まれたのは、≪陽気の使徒≫イニングとクラン、そして未だ重傷を負う青木であった。
「あはッ、まさかの裏切り者さんかあ……オーナー相当カンカンだったよ? 今からでもごめんなさいした方がいいんじゃあないかな??」
「悪いな、アイツに下げる頭は無い」
 早くも二人の間に見えない火花が散っていたが、青木はそれどころではなかった。怪人体になった状態の利点の一つに、治癒力がある程度高まった状態をキープするものがあったが、それをもってしても傷の修復が追い着いていなかった。血が延々と滴り落ち、戦うことなど不可能であった。
 それに目ざとく反応し、クランに問う。
「……まさかだけどさ、裏切り者さん。その仮にも怪我人に戦わせようだなんて思っていないよね」
 イニングは四人の幹部の中でも多少スタンスが異なる。人に大層な恨みを持つ非情な三人と、そうでもない一人に分かれる。それこそがイニング。弱者やけが人をいたぶる趣味はさらさらないのだ。
「……ある意味、貴様にあたったのは、我々にとってはかなりの幸運、と言うべきか」
「クランさん……私はまだ……戦えます」
 そんな青木を見て、イニングは拘束器具を投げ、クランと青木自身に選択の自由を与える。
「流石にね。アタシは……戦いに対してはある程度、誇りをもってやってるつもりだから。オーナーのために戦う、ってのは一切変わらないけど……選んでよ。一人で戦うか、二人で戦うか。もし二人で戦うなら、怪我人でもアタシは容赦しない」
 クランは青木を見る。青木の瞳は強いものであったが、それよりも彼の中の心配が勝った。
「……すまない、少し眠っていてもらう」
 彼女の前で指を鳴らし、一つの催眠を掛け眠らせる。その間に手足を痕が残らない程度に縛り付け、別室に寝かせる。
「挨拶は、済んだ?」
「まあ、な」
 互いに向き合って、クランはドライバーを装着する。
(生きたいという願いは、無碍にするものでは無いぞ)
 久しく、誰かのために戦うことはしてこなかった。いつだって、自分と自分の中にいる英雄の因子が告げる、本懐を遂げるために戦い続けてきた。
「確か、アンタ死にたいってのが願いだったよね。それ、ここでいいの?」
 不思議と笑みが零れる。笑ったのは、本当に数百年間縁のない行動であったために、クラン自身も内心驚いていた。しかし、これは絶望を希望と誤認しているわけではない。
「――良いわけないだろう? いくら数百年生きていても……少し、やり残したことがあってな。それをこなすためには……そうだな、あと数十年は生きてみたい。だからこそ、お決まりの台詞を言わせてもらおうか」
 今まで、誰に見せるでもなかった、一枚のライセンスを手にする。それは、『ペリノア武勇戦記譚』。それと、ペリノア王がエヴァの寮からくすねた、デバイスドライバー。
「ここで死ぬ気は、さらさらないな」
 不敵な笑みとともに、チーティングドライバーをわし掴み、荒々しく砕く。それは長い在籍していた教会との決別を現していた。
『認証、ペリノア武勇戦記譚! IFの世界より生まれた、アーサー王と肩を並べともに戦う、最強クラスの騎士、ここに降臨!!』
 下腹部に装着し、一人の英雄として戦う覚悟を決めるクラン。
「成程、中々燃えるじゃない」
 一対の槍を構え、戦闘態勢をとる。一人の敵として、相手として。お互いに完全に戦う者としての表情を決めた。
「行くよ……簡単に死なないでね!!」
 その場を強く蹴り、肉薄する。
 ライセンスを装填し、覚悟を決めて起動させる。
「変……身ッ!!」
 丙良の物と遜色ないほど、堅牢な漆黒の装甲を腕部から徐々に纏っていく。礼安の物と類似して西洋鎧であり、ポップデザインに対して大分無骨な堅実デザイン。その分、出力できるパワーは礼安の物とは比べ物にならないほど高く、床のタイルが力を籠める両足によって砕ける。全体的に旧時代的なデザインとなっているが、それはご愛敬。
 槍を両腕でワイルドに受け止める。
「いい、これは良い……今まで陰鬱な気分で力を振るっていたが――」
槍に力を籠め、一瞬にして破砕する。
「実に、良い気分だ」
 数百年間眠り続けた獅子が、ついに笑みを浮かべながら目覚めた。

 一方は無数の槍、もう一方は両手剣一本。この構図を見る限り、強い方は火を見るより明らかである。しかし、それはあくまで相手が手練れでない限り。
 まるで重さを感じさせないような軽快さで、両手剣である『光陰剣ヴィヴィアン』を振り回す。
 実にシンプルな、片刃の大剣。しかし、丙良の物よりも圧倒的に重く長く、力など籠めずとも自重と地球の重力によって何でもぶった切ることが可能。今のデザインなどかなぐり捨てた、昔に生きた彼らしい簡素なデザインの両手剣である。
 超能力によって遠隔操作された無数の槍を、ヴィヴィアンを振り回して荒々しく粉砕していく。
「全く……アタシはキマイラの尻尾でも踏んでしまったかな!!」
 軽口をたたくイニングであったが、少しでも勢いを弱めた瞬間、迫られる恐怖を感じ取っているがために気など抜く暇はない。
 しかし、一気に地面を踏み込んで迫るクラン。
 焦りの色を隠せないイニングは、急造の歪な槍を剣に合わせるも衝撃を一度受けたのみで粉々となる。
 後ろに吹き飛ばされるも、衝撃を殺しきれず燭台にぶつかり、危機感を肌で感じ取る。
 冷えた汗をかく。呼吸も浅くなる。腕や体、各所に浅いながらも生傷。
 しかし、イニングは心の底から血が沸き立っていた。
 今自分の目の前にいる、絶対に敵わない強者。しかもその当人は、誰かを助けるため、これからの世界を生きていくため、そして久しぶりの戦いを心の底から楽しむため、異性であるとはいえ全力で戦っていた。
 敵わないのなら、せめてこの強者が楽しめるような、最高の戦いをしたい。
「ヤッバ――どんな太い客を落とすよりも、どんなテーマパークに行った時よりも……最ッッ高に楽しい!!」
 イニングの身と命を削る、より豪華かつ凶暴な槍一本を生成。
 振るうための力は相当にいるが、ひと薙ぎだけで辺りにあった長椅子を、豆腐を切るように易々と切り裂く。
「死なないでね、お互いに」
「誰に向かって言っている」
 お互い、フルパワーの一撃。まるで超重量のダンプカー同士がぶつかるほどの轟音が教会内に鳴り響く。
 ほんの一瞬のつばぜり合い。
 しかし、それだけで戦う者である二人の心は到底満たせない。
 何度も、何度も、交差する強靭な剣と醜悪な槍。
 体中の骨、肉、神経全てが麻痺してしまうほど、野性的に振るわれる両刃。加速度的にアクセルが掛かり、閃の間に振るわれる刃は五十を超える。
 奇跡的な均衡。それは互いのフルパワー同士がぶつかり合うことによってようやく成立する等式。どちらか一方が少しでも力が抜けてしまえば、その瞬間に負けが決まる。
 二人の戦いの中に、変な小細工はいらなかった。少しバランスを崩してしまえば落ちてしまうような、そして落ちた自身の不覚によって死亡してしまうような、危なっかしいバランスの中で戦うモノこそ、二人にふさわしかったのだ。
 現に、二人は笑っていた。命と渋谷にいる人間を守るための、この状況に全く持ってふさわしくは無いが、楽しげに笑っていた。
 互いに、強く握りしめるがあまり血が滲み出してきた。
 それによって、二人の武器は互いの力が作用され、派手に弾け飛び、それぞれ自身の後方へと転がる。
 武器を失った二人が、熱冷めやらぬ二人が戦いをやめるはずもなく、お互い拳を繰り出す。
 それぞれの、渾身の拳。
「「はあァァァァァッ!!」」
 振りぬいた拳は宙で交差し、顔面、うち頬を二人とも捉える。しかし力の差は歴然で、クランの一撃によってイニングの頬骨や頭骨が砕け、完全に意識が飛ぶ。
 だが、実に心は晴れやかであった。
 教会のステンドグラスに衝撃の勢いそのままに衝突する。まるで爆薬を多量に用意し、そこで発破をかけたかのように豪快な音が鳴り響く。
「あリ――がトう」
 ガラスが舞い散る音に、かき消されてしまいそうなほどの、イニングのか細い声。しかしそんな消え入る声でありながら、確かに聞き届けたクランは、自身の胸に手を置く。
「――こちらこそ。自身の中にあった……燻っていた心を目覚めさせてくれたこと、心から感謝する、イニング。同じ死地に身を置きたがる者として、敬意を表する」
 深々と礼をし、とどめを刺すことなく別室へと向かう。それが、彼なりの礼であった。もう一度、出来るならどこかで戦いたいという、我欲が表れてもいたのだ。

 青木の催眠を解き、拘束を優しく解く。
「……すまなかった、少々力加減は苦手でな」
「――いいえ、私が足手まといだったのに戦いたいだなんて、無茶を言ってしまったから……」
 自身を卑下しようとする青木に、ゆっくりと首を横に振るクラン。
「……君は、礼安に感化されたのだろう? あの、勇気と確たる力のある英雄に感化されて、戦いたいと志願したのだろう? 俺も……あの勇敢な少女に救われたのだ。何も、自分だけじゃあないんだ」
 まるで子供にして見せるように頭を優しく撫で、未だ傷の残る彼女を脱出口までエスコートする。
 しかし青木は、礼拝堂に戻ってすぐ、遠くで意識不明の重傷を負ったイニングのもとに駆け寄る。
「クランさん、手伝ってもらえますか?」
「勿論だとも、この女は近い将来強くなる。もう一度といわずとも、何回でも手合わせ願いたいものだからな」
 それぞれが別々の肩を支え、脱出口へと向かう。途中、誰のものだか分からない奇声、というか叫び声が聞こえ、青木がびくつくも、クランは呆れた表情をしていた。
「あの丙良とやら……何か変なことでもしたか。せっかくの好青年が全て台無しになるような声だな……全く」
 これにて、第四回戦≪陽気の使徒≫イニングVS≪永い眠りから覚めた元英雄≫クランとサポーターである青木。クランの真なる覚醒によって英雄として再覚醒、激闘を制しクランの圧勝となった。クランのドライバーに装填されたライセンスがうっすらと色を失い始めていることなど、一切気付くことは無い。
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