第二十四話

文字数 11,515文字

 エヴァが変身し尋問していることなどつゆ知らず、エヴァの渡した連絡先のもとへ向かう礼安たち。しかし変身を続け、礼安を抱えながら長距離移動を重ねた院は、埼玉郊外へと辿り着く。そこには、礼安にとって見覚えのある名前が書かれていたのだ。
「こ、ここって――」
 疲労困憊状態にあった礼安は、力なく首を上げると、そこにあったのは礼安に最高の服を見繕ってくれた、ベテラン店員綾部の家であった。
 何か物音がした、そう感じ取った院は目を丸くする。礼安にとって世話になった綾部は、玄関から外に出ると、そこには接客したあの少女の姿を確認。居ても立ってもいられなかった綾部一家は、二人を家にかくまったのだ。
 多少体力が余っていた院が、ことの事情を綾部一家に全て話した。たとえ東京に英雄学園があったとしても、家の前でへばっていた英雄の卵のことは、そう簡単に現実のこととしては受け入れがたいだろう、と考えた結果である。
 礼安の接客を行った家の主、綾部章大≪アヤベ ショウタ≫を含む家族全員が、どこか別世界で起きていることのように聞いていたものの、彼の奥さんから始まり姉妹二人、それら全員が嘘だとは思えなかったのだ。
「――何か、この埼玉に渦巻く陰謀など……都市伝説のような範囲で構いませんので、お教え願えませんか。我々は……正直門外漢なもので」
 それぞれが顔を見合わせながらも、章大は家族を代表して礼安たちと向き合った。
「――この話については、正直根深いもの……あの数年前に突如として現れた『教会』の連中が起こしたことが……この今の埼玉に渦巻く闇の全てです」

 事の始まりは、数年前。礼安が母親を喪う少し前の頃まで遡る。
 原初の英雄たる存在がいまだ現役で存在したころ、突如として新興宗教『教会』がこの埼玉の地に数多く存在する支部の一つを置いた。
 最初、埼玉の人たちは『教会』を怖がっていた。宗教がらみの事件が世界各地であった中、その宗教と一切の関係性がない新興宗教であったが、皆恐怖心を抱いていたのだ。また妙な事件が起きてしまうのではないか、混乱が巻き起こるのではないか、危機感を抱いていたのだ。
 しかし、埼玉支部が拓いた事業と言うものは、手広いものであった。一からのスタートで皆の心を掌握する、と言うよりは実に柔和な姿勢のままであった。
 次第にあらゆる事業が伸び始めてきた中、ある日を境に金融業一筋路線へと舵を切った。最初は信用金庫の形として、次第に事業が成長していった結果現在の銀行の形へ。世間の英雄への熱が上昇していく中で、都市部に流出していく若年層を除いた社会人の層へターゲットを切り替えたのだ。
 シャッター街が目立っていた商店街が、次第に盛り上がりを見せ、空き家やスラムが目立つ中県と連携した区画整理によって、より住みよい街へ進化していったのだ。
 しかし、その区画整理から問題が生じ始めたのだ。立ち退き、もしくは整理に応じなかった人間のことを、裏家業の人間を雇って失業、破産まで追い込んでいったのだ。しかも、この騒動に関してはトカゲのしっぽ切りのように裏の人間を切り捨て「我関せず」を貫いたのだ。少しでも現行体制に突っかかる者は、容赦なく社会的な死を与えたのだ。
 それによりスラムエリアが出来上がった。失業者や家を失った人々が、いずれ埼玉支部に一杯食わせるべく、虎視眈々とその日を待ちわびた。しかしすでに埼玉支部は埼玉県内で莫大な権力を有しており、生半可な情報戦は易々とひねりつぶされる。次第にスラムの人間には鬱憤が溜まっていったのだ。
 明確に甘い汁を吸える、もしくは保証が手厚い層である、埼玉に残った高年齢層は埼玉支部を全面支持、次第に危険思想を持つスラムエリアの完全排除思想を持つようになり、埼玉支部の肩を持つようになった。
 多数の賛同が得られた埼玉支部は『漂白≪ブリーチ≫』と称し、かの有名な『ホロコースト事件』を起こした。無論、実行犯は裏家業の人間ばかり。自身らは一切手を汚さない徹底ぶりであった。そこで誘拐だの虐殺だの、スラム街を解体するために徹底排除していった結果、スラムエリアは完全崩壊。そこに存在した埼玉開放を謳うレジスタンスも瓦解した。
 より住みよい街となった埼玉へと成長させた埼玉支部は、埼玉県内の社会人層からカルトじみた人気を得ることとなった。融資や投資なども手広く行った結果、今や埼玉の事業の九割が埼玉支部の手中にある、と言っても過言ではないのだ。
 しかし、例外な場所が現在の埼玉に一つだけ存在する。それが、礼安とエヴァの向かいショッピングを大いに楽しんだ、巨大なショッピングモールであった。
 最初から、目の上のたんこぶのような厄介さを秘めていた複合施設なため、埼玉支部が行ったことはそのモールの買収、私有化であった。しかし、このことが表沙汰になれば地道に積み上げてきた信用を失う。そのリスクを考えた結果、第三者を利用してショッピングモールの信頼度を地に落とし、施設として株を落とすしかないと考え、多くの行動を起こした。
 しかし、その埼玉支部が指揮する妨害は幾度もふいになる。
 そのショッピングモールが出来た経緯は、綾部らを含む埼玉支部に疑念が湧いた社会人層、東京に進出しあらゆるノウハウを吸収し、成長して帰ってきた若年層が築き上げたもの。金だけでは応じない、強固な意志を持った人間の集まりであったために、埼玉支部は次第に苛立ちを覚えるようになっていった。
 そして現在。何度も嫌がらせされようとも、皆で肩を組みあいながら複合施設として成長を続ける、革新派兼穏健派であるショッピングモールサイドと、高年齢層を多く抱えた保守派兼強硬派ともいえる埼玉支部の二大勢力となっている。
 金か、愛か。それが現在の埼玉に渦巻く全てであった。

「――以上が、革新派の一人である私が話せる全てです」
 手当てを受けた二人は、その埼玉支部のこれまでの動向を聞き、礼安はこの埼玉全土を救うべく決心、しかし院はほんの少し迷いが生じていた。
 いまだ、疲労の残る礼安であったが、ふらつきながらも立ち上がる。
「礼安、無理は禁物でしてよ」
「でも……戦わなきゃ。自分たちの利のために、犠牲になっていい人なんて一人もいない。身勝手な理由で殺されたスラムの人に……申し訳が立たないよ」
 しかし、院はどうも思い悩んでいた。
「――でも、もしここで埼玉支部が我々の手によって崩壊したら……あの商店街で和気あいあいとしていた、高年齢層の方々はどうなるのでしょう」
 その一言で、礼安の足は止まってしまった。
 そう、簡単に事が終わらない理由は、埼玉支部を何も考えず崩壊させたら、商店街への融資が打ち切られる、とのこと。現存する商店街の中でも、あのシャッター一つ降りていない盛り上がり方をしている場所はそうそうない。そしてもし融資がなくなったら、それによって失業する者も自ずと生まれてしまう。
 いまさら、埼玉の外に出て、新天地で開業するのも厳しいものである。資金面もそうだが、体力面でも問題が生じる。
「――これは、思ったよりも闇が深いんですわ。どちらかを排他すれば、決定的に割を食ってしまう存在がいるのは明確。礼安が言った『自分たちの利のために犠牲になる人』が、確実に生まれてしまうんですのよ」
 しかし、そう語る院も、犠牲となったスラムの人間を見捨てたくはなかった。だからこそ、どうしようも動けなかったのだ。体が言うことを聞かず、心の中に靄ばかりが増えていく。
「――――確かに、どちらかが犠牲になることは確実です。でも……あの商店街の人間たちはその犠牲を見て見ぬふりしているんです。あくまで実行犯は別、スラム街やそこの人々は危険思想を持った悪だと固定観念を持つ者すらいます。現状を変えたかった……ただ一人の埼玉県民なだけなのに」
 これからの行動を決めかねている中、礼安が口を開いた。
「――あくまで、私たちは外側の人なわけじゃあない? なら……埼玉支部を崩壊させた後のことは……商店街の人たちや多くの人たちと話し合って、未来を決めてもらう、ってのはどうかなぁ。私たちが全てを決めちゃいけないと思うんだ、決断を委ねた方が……きっと」
 ある種、当事者たちへ問題を作り出し、考えあう。悪い言い方をするならば、丸投げするような結論。しかし、部外者である礼安たちに埼玉はおろか、商店街や多くの人たちの将来を決める権利はない。
 だからこそ、決断を委ねる。それこそが最適解であると、礼安は拙いながらも行き着いたのだ。
「……導線は示して、あとの決断は委ねる……最優ではないにしても、お互いが納得できる良い結末を自分たちで道を作っていく。落としどころとしては……良い方でしょう」
 英雄の卵が出来ることは数少ない。だからこそできることを精いっぱいやりきる。それこそが礼安たちの結論であった。
 院は礼安たちと語らう中、エヴァの言伝の通り資料に目を通していた中、その『もう一つの策』に目が行く。そこにも、『まずは救出優先、それ以降起こりうる事象は当人間で解決するのが良策かも』と記されていた。
「――我々よりも一年先輩なだけあって、辿り着いた現状の最適解に辿り着いているとは……本当、底知れない人でしてよ」
 しかし、その続きに記されていたことは、『翌日の計画が何らかの理由によりふいになった際、五日後五人で埼玉支部を攻め落とし救出する』との内容。二人は急激に疑問符ばかりが脳内にて増えだしていた。
 礼安、院、透、そして二人は知らないだろうがエヴァ。あと一人、その存在がどうも理解できなかった。
「――エヴァちゃん、剣崎ちゃんと橘ちゃん含めて無くない??」
「いや、この資料はあの二人が作戦に参加するという、イレギュラーを考えていないタイミングで作られたはずですわ。正直……これに関してはよく分かりません」
 新たな謎が生まれた、夜九時。作戦決行日時まで、あときっかり三時間である。


 所変わって、英雄学園特訓施設の一部。そこには、透をはじめとした三人がドライバーで変身しつつ、疲労困憊状態で倒れ伏している状態にあった。犯人は、無論稽古をつけていた本人である信一郎である。
「えー、こんくらいでへばっちゃう?? リクエストのあった学園長ーズブートキャンプ短期集中コース、このままじゃあ期間内に終われないよ??」
 実に飄々とした態度であった上に、いつも通りのかっちり漆黒のスーツ姿に最高級の革靴。それで激しい運動などやったら最後、どれだけ動きなれていようと靴擦れや過度の疲労等に悩まされるはず。それに、世間一般的にオヤジとも言える年齢層のはず。体力や筋力の老化や加齢臭等に悩まされる年齢であるだろう。
 それなのに汗一つかくことなく、さらに息一つ乱すことなくへらへらと笑っていたのだ。
「原初の英雄って……すげえなマジで……アンタ五十三だろ……?」
「そーだよ、迫りくる加齢臭の悩みが常なフィフティースリーオールドよまったく……あと禿げたくないし!!」
 そう憂う信一郎を腫れものでも見るような目で見つめる三人。しかし目的は別にあった。
「やーね?? 実際問題いろいろ育毛剤とか探し始めてんのよ、それに消臭剤とか! 我が愛しの娘ちゃん二人に『臭い!』なんて言われたら本当に大号泣しそうで……」
 そう顔を覆う仕草をした瞬間、剣崎と橘はお互いに視線を合わせその場から跳躍、信一郎の顔面に回し蹴りを叩きこむ。
 しかし、その蹴りは易々と受け止められ、それぞれが散らばるように投げ飛ばされ、壁に容赦なく叩きつけられる。その止めともいえる一撃で、二人は疲れも相まって変身解除、気絶してしまう。
「いやあ、意識の逸らし方はちょっとうまくなったね。戦闘は単純な力比べ、ってだけじゃあない。知識比べでもあるんだから……でも正直起点はバレバレだったね。殺気駄々洩れだったし。頭は使いようだよ、話術で場を制するのも重要なんだよ」
 態度はへらへらとしていたが、目元が一切笑っていない。まるで精神を完全に掌握されているような、肝の冷える感覚があった。
 彼女たちの特訓内容は、信一郎に対して『明確な一撃』を叩きこむことであった。


 五日前のこと、あの高速道路の一件からほんの一時間ほど後のこと。最初、その条件を聞いた三人は、呆気にとられてしまった。
「え? 『そんなん簡単じゃーん』とか思っちゃった??」
 信一郎はおどけた様子で三人に笑いかける。しかし、三人は学園長の圧倒的な強さを目の当たりにしているために、そんな慢心などなかった。故に、三人はとても不服そうな表情をしていたのだ。
「……いや、ウチらまだ基礎すらわきまえてないんスよ? だからあの高速道路でもやられたわけだし……」
「俺は……いや俺でも無理だ。何ならあの礼安でも無理だろ」
 戦々恐々としていた三人に対し、実につまらなさそうに口をとがらせる信一郎。
「なんだよォ、少しくらいありがちなやり取りやってくれても良くないかい?? そこで中国の古き良きアクション映画よろしく『まだまだ甘いな坊主』みたいなやり取り憧れるじゃん!?」
「いや俺アクションはアクションでも洋画派なんだわ」
 その透の一言にひどく肩を落としながらも、三人がこれから特訓日程の間を過ごす場所へと辿り着く。
 そこは学園内の特訓施設の中でも、あまりにもハードすぎて『そこを扱うのは学園長だけ』と言われているほどに負荷が重すぎる、超重力空間。そのフルパワーカスタム環境下において、信一郎と修行する、という流れである。
 透が望んだように、五日間ここで缶詰となる。
 学園長も同じように生活を営むも、透たちは初体験の領域。礼安たちですら経験のない最悪の環境下での生活は、否が応でも成長はするものである。
「――ってちょっと待て。俺らはまだしも……学園長、アンタもここで過ごすのかよ」
「そうだよ? 深夜とか寝静まった時間帯でもいい一発叩き込めたら、その時点で修行終了だし。何か問題ある??」
 三人はいくら地球上における最悪の環境下であるその場所でも、異性としての防衛本能が働いたのか、信一郎に対して冷ややかな目を向ける。
「どのタイミングでもチャンスがあるのは理解したが――風呂覗いたりしたらマジで殺すぞ、学園長と言えど」
「覗かないよ!!」
 最初は何とも和気あいあいとした雰囲気で、その修行空間に入ったのだが――それがいけなかった。
 信一郎は何気なしにその空間をフルパワーで起動すると、一瞬にして透たちは地に伏した。肺を徹底的に潰し、骨が砕けるくらいの圧が、急激に自分たちを圧し潰したのだ。
「「「――、――――!?」」」
 そう、三人共通で彼を、学園長の地力を嘗めてはいなかった。信じられないほどの実力者として、圧倒的上位存在として知覚していた。
 だからこそ、この空間を侮っていたのだ。いくら英雄養成施設であるとはいえ、限度と言うものがあるだろうと。大概段階があって、それで慣らしながら修行するのだろうと。
 さながら、レベル一の勇者たった一人を、ラスボスのダンジョンに放り込むような、サディズム極まったような思考。
「ああ、やっぱりこうか。やっぱり私基準で施設作るとこうなるのか。やりすぎって駄目だねやっぱり」
 おどけている学園長を何とかにらみつけるも、それ以外のことが一切できない三人。しょうがなく重力のレベルを地球の十倍程度に緩めると、三人は何とか立ち上がる。
「馬鹿、野郎…………!! 急に、重力をぶち上げるかよ…………!!」
「アタシたち……呼吸できなくてマジで死にかけたんスけど……!?」
 先ほど設定した重力を名残惜しそうに見つめる学園長と、対照的に息絶え絶えな三人。
 しかし学園長は、三人の方に常軌を逸するほどの冷徹な殺気で包み込む。
「じゃあ君たちは――敵に不意打ちを食らうことに対して、一般人目線で『お気持ち表明』をするのかい??」
「「「……!!」」」
 まず、これが敵陣地だとしたら。どこからか飛んできた攻撃によって深く傷を負うことは実に当たり前。いつだってその可能性を孕んでいる中で、急にその攻撃に対してケチをつけることは愚の骨頂。
 さらに、自分たちが「短期間で修行をつけてくれ」と頭を下げた中で、時間がない中での修行と言うものは決まって超スパルタ。そうじゃあなかったら、一日寝るだけで最強になっているアイテムを作る以外にない。しかしそんな便利グッズなどこの世に存在しない。
「違うだろう、君たちは未来明るき英雄の卵、パンピーなんかじゃあない。どれだけ理不尽な状況下に置かれようとも、戦い抜かなきゃあいけないだろう? それぞれの――『願い』や『欲望』のために」
 弛んでいたのは、自分たちだった。そう自覚したら、やることは一つ。透たちは頬を自身の両手で何度か叩き、気合を入れなおす。
「――悪かった、でも……気は引き締めた」
 信一郎は、我が子の成長を見守る親のような慈しみの目を向け、不敵に笑んだ。
「……じゃ、学園長ーズブートキャンプと洒落こもうか??」


 時間は戻り、今に至る。
 どれだけ寝込みを襲おうと、まず信一郎は寝ていない。だからこそ普通ならチャンスタイムと言える夜の時間帯ですら、疲労を回復させるためにも眠るしかない。
 それに、信一郎が風呂に入っているタイミングなど三人は狙いたくない。最初に「覗くな」と言っただけに、こちらがそれを反故にしてしまうのは、どうも透自身の良心が許せなかった。
 そのため、今日にいたるまでの間で、互いにルールを作り出した。それは、『休息の時間帯透たち三人は一切の攻撃行動を行わない』こと。自主トレーニングは良いとして、攻撃を仕掛けに行く行動を自分たちの意思でやめにしている。
 それゆえに。難易度が跳ね上がったのだ。
 常に変身を保つわけにもいかず、ぶっ通しで変身していられる一日当たり二時間、回復すればそれが一日数回ある中で、何とか有効打を叩きこもうと画策。しかし、結局今まで一発たりとも入れられていない。
 透は、これは成功するのか、と内心弱気になっていた。弱音を吐く二人を元気づけようと鼓舞していた一方で、眼前の脅威がたまらなく巨大な壁のように思えて、仕方なかったのだ。
「――流石に、ここまでかな。五日間で頑張った結果だけど……結局こうなったわけだ。まあ……正直予想はしていたさ」
 一回当たりの変身時間の限界を超えてもなお、立ち向かう彼女たちの頑張り。それを考えても残り数時間で回復しきるとは思えなかった。
 顔色を見る限り、血の気はぐっと引いて、もはや生命の危機に瀕する一歩手前。通常ならドクターストップがかかってもおかしくはない。
 しかし、それでも尚透はフラフラな状態で信一郎に立ち向かう。
「――止めておきな。確かに一発入れられることは叶わなかったが……この地球の二十倍の重力環境下で修行した結果、君たちはしっかり成長している。それは確かだ」
 いくら非情になったとしても、あくまで教育者。透の疲弊しきった体を考えるに、立つことは出来ても攻撃することは不可能である。
「それでも――それでも……!!」
 ドライバーの両側を力任せにプッシュし、全身にありったけの魔力を帯びさせる。
『超必殺承認!!』
「――なるほど、君の……天音透が自身のうちに眠る英雄へ示した覚悟は……それほどのものなんだね。実に――――『妹弟バカ』の君らしいよ」
 ここで、ノーガードでありったけの力を『有効打』とすることもほんの少しだけ考えた。しかし、ここで加減したらこれまでの数日がふいになる。それだけは、信一郎の心が許せなかったのだ。
「――来な、天音透。君のありったけ、私が『原初の英雄』として全力で防ぐ」
 言語化できないほどに雄叫びを上げながら、その場を跳躍。瞬時に九人に分身し、飛び蹴りの体勢を整える。
「ああぁあああああああああぁああッ!!」
『身外身たちが紡ぐ、勝利への導線≪シンガイシン・シャイニーヴィクトリー≫!!』
 九回の全力が、一点に集約。九回分の衝撃が順々にやってくるのではなく、その九回分の衝撃を刹那の違いなく一回の一点に集約しているのだ。つまるところ、通常の九倍の威力。ここが特殊空間でないならば、それこそあのトラックが戦いの場であるならば。威力の余波によって、余裕で地盤すら砕く超絶威力を放っていることだろう。
その影響か、信一郎のガードを、ほんの少しではあるが圧していたのだ。
(マジかよ、大人げない程度に守り固めてんだけど!?)
 彼女は、本気であった。全てを注ぎ、この無理ゲーとも言える状況をひっくり返そうとしていたのだ。期日が迫る中、自分の兄弟を守るために助力した礼安たちのためになりたい。少しでも、足手まといのような存在ではなく隣で戦いたい。『軟弱者』であることを嫌った透の、覚悟をもった意地の通し方であった。
 そして、魔力を帯びた暴風が、信一郎のガードを無理やりこじ開け、胸部に叩き込まれる全身全霊の一撃。それは、余波でその重力空間にいる気絶していた剣崎と橘を起こすほど。
(――これは、間違いなくあの時よりも強くなった。魔力量、威力、そして天音ちゃんの圧。最初は実に頼りないものだったが……強い『願い』は人を強くするなあ)
 教職者としての歓びに浸りながら、吹き飛ばされ壁に激しく叩きつけられる信一郎。吹き飛ばしたと同時に、その場で力なく倒れ疲労により息絶え絶えな状態の透。
そしてその場で明確に宣言した。飛びかけた意識すら呼び起こすほど、三人が待ち望んだ言葉が。
「――あァ、いい一撃だった。実にいい一撃だったよ、天音ちゃん。このタイミングをもって学園長ーズブートキャンプ短期集中コース……見事合格だよ」

 カリキュラム終了後、まず学園長が行ったことは、三人の治療であった。
 事前に現状についてはエヴァから知らされていたため、何より三人の回復が優先事項であった。特に透。
 彼女は特に成長したため、今回の戦いにおいて大層輝けるだろう。しかし、未だに埼玉で起きている現状を彼女らに話せていないうえに、剣崎と橘の二人に関しては戦地へ送り出すことに迷いが生じていた。
(……馬鹿正直に現状を伝えたら、天音ちゃんは絶対に無理してでも向かうだろう。それだけは避けたい。それと――この剣崎ちゃんと橘ちゃんの二人。確かに成長はしたが……現状のままだと厳しいな)
 学園に待機している救護班に交じって、それぞれに「なる早で」とだけ言い残して、足早に保健室を去る信一郎。
(今の時間ってあの子起きてるかな……?? まあ起きてなくともスタ爆でも何でもして起こすか)
 何とも現代においてパワハラと表現できるような危険思考を持ちつつ、先日かなり世話になったある人物に電話をかける。
『……はい、丙良です』
「あっごめーん丙良くん?? 学園通貨手当学園長権限でマシマシにするからさぁ……ちょーっと今から埼玉向かっ――――」
『嫌です!!』
 まさかの即答に、信一郎はすぐさまビデオ通話に切り替え必死そうな表情を見せる。少しでも誠意を見せるためだろうか。何をするか容易に想像がついてしまう。
「お願いこの通り!! 先日はちょーっと情報の行き違いがあって、我が愛娘二人のお世話を事前情報なしに頼んだことは謝るからさ!」
『今回もそれがらみでしょうに!! 僕あの入学式であの二人がご息女だって初めて知ったんですけど!? 知ったらあんなリスキーな修行させませんでしたよ!!』
 学園長が情けなく土下座しても、画面の向こう側の人物は苦労人ゆえの怒号の嵐。ご機嫌取りともいえる学内『山吹色のお菓子』すら通じず。嘘はつくものではない。
 もし、万が一あそこで帰らぬ人になったら間違いなく丙良の責任になってしまう。まあ知っても知らなくても同じものだが、なんとも無神経である。
「だってェ、エヴァちゃんの計画によると最後の一ピース君らしいんだよ!! それだけ戦力として認められている証ってことでいいじゃあ、ないか~!?」
『駄目です絶対ダメダメ!!』
 年齢を感じるやり取りを経て、丙良は取り付く島もない様子であったことが分かってしまったため、信一郎は分かりやすく肩を落とす。
「じゃあどうすればいいんだよォ……他に頼りになりそうな人は確かにいるけどさあ……」
『――あの『信長』くんは、戦力としてどうなんです??』
 豪放磊落、破天荒な立ち居振る舞いから、『信長』とあだ名されている英雄科二年次の生徒。丙良同様に『仮免許』を所持している。しかし、あまりにも破天荒過ぎるがゆえに、「ルールイズ俺!!」と言い放つことが常なため実に制御し辛い。何より超絶がつくほどの方向音痴なため、埼玉の地で迷子になる心配しかなかった。
「――なんかヤダァ、絶対さらなる面倒ごとになるもーん……」
『英雄学園指導者の頂点がその態度はどうなんですかね!?』
 盛大なツッコミをもらった信一郎は、「ごめんねえ時間もらっちゃって」とだけ言い残して電話を切った。
 しかし、代わりの人間が用意できないと、エヴァの攻城は叶わないだろう。そして埼玉県内で『教会』がより勢力を増していくだろう。そう考えたらどうにかせざるを得なかった。
(だとしても……この一件に生徒会腕利きの二人は……オーバースペックが過ぎるし……武器科の子連れても限界があるし――他に有力な生徒は確かにいるだろうけど……絶対夜遅くからの計画に賛同してくれる子はいないだろうなあ)
 そう考えた末、信一郎は頼りになる人物の中で、最後の一人を思い浮かべた。
「……よくよく考えたら、いろいろ大丈夫かな……??」
 小難しいことをうんうんうなりながら思考し、結局何もかもどうでもよくなった結果。
「――――ま、いっか!!」
 嫌なことを全て忘れきったような快活な笑顔を浮かべ、すっくと立ちあがって学園長室に戻る信一郎。三人の全快はおよそ二時間後との目算なため、そこまで一時間ほど仮眠をとることにしたのだった。

 やがて、二時間後。透たちは重力空間に入る以前よりも、圧倒的に調子が良くなっていた。
 肩を何度かぐるぐると回し、手を開いたり握ったり。ある程度の動作確認を済ませると、透は救護班の面子に静かに一言だけ「ありがとう」と礼をする。剣崎と橘も順に目覚め、「体が軽い」と大いに喜んでいた。
 保健室から出た透たちを待ち受けていたのは、信一郎であった。
「やあ、体の調子は?」
「――最高の気分。ありがとう、ございました」
 三人は信一郎に対し深い礼をする。どうもここまで礼儀正しくされるとむず痒くなるようで。信一郎は何とも言えない表情をしていた。
「――んだよ。俺がちゃんと礼したことが意外かよ」
「いやあ……どうも礼儀正しい振る舞いってのがムズムズしちゃうというかね……誤解内容に言うけど、誰にされるであってもそうよ??」
 困ったような笑みを浮かべる信一郎に、柔らかな笑みで返す透。そのまま、埼玉へと向かおうとしていた。二人もそれについていこうとしていたが、信一郎が引き止める。
「そうそう、君らに一つ提案があるんだ。あの修行の最中で、結構考えるタイミングもあったんだけどね……」
 二人はその信一郎の言葉に首を傾げる。
「……どういうことッスか? やっぱりウチらじゃあ戦力外、ってことッスかね……??」
「や、そういう訳じゃあない。ただ……『もう一つの道』ってのもあるんじゃあないかな、って提案さ」
 何のことか理解できない二人、そんな二人の内に眠る因子を見つめる。それと同時にひとりでに納得した様子の信一郎を見てまた首を傾げる。
「――たまに、どっちつかずの存在ってあるんだよ。それゆえに人によっては本質が見え切らないまま英雄として戦う人もいるというか、なんというか。結果早死にしてしまう、願いを叶えることなく、ね」
 二人の肩をしっかりと持って、いたって真剣な表情で二人に語り掛ける。
「……君ら、『武器科に転身』しない??」
「……は?」「へ??」
 なんとも間抜けな声を上げてしまった二人に、こっそりと耳打ちする信一郎。そしてそれを、相槌を打ちながら黙って聞く二人。
 ほんの少しの後、二人が輝くような笑顔を見せ、信一郎のもとを去り、透のもとへ向かっていく。
「……そう言えばあの子ら、支給品のバイク駄目にしたとか言ってなかったっけ」
 それに気づいてしまった信一郎は三人を呼び止めにかかる。実に締まらないほど大慌てであった。信一郎も三人も。
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