第二十三話

文字数 6,579文字

 あの旅館を抜け出して、何とかあの巨大なショッピングモールへと辿り着いた三人。少しでも現状を整理したいがために、エヴァの案内でここまでやってきた。
 しばらく動きっぱなしであった礼安にも、疲労の色が見えてきた。それを察知した
院は、礼安に語り掛ける。
「――礼安、とりあえず今は変身を解除してもよくってよ?」
 しかし、礼安は一点を見つめ警戒を解くことはない。その視線の先には、こちらに音を立てることなく歩きながら、明確な敵意と殺意を向ける存在が。間違いなく、『教会』埼玉支部の関係者であった。
「少々、消耗しているようですが……そんな状態では我々埼玉支部の襲撃を耐え抜けるとは到底思えませんね」
 冷徹、理知的。それがその男の第一印象であった。
 きっちりとした漆黒のスーツを身に纏い、まじめな印象を与える七三わけ。さらに理論武装を常としているような職業の人間とは思えないほど、スーツを着ていてなお分かる引き締まった肉体。数多くの修羅場を潜り抜けてきた存在であることは想像に難くないだろう。
「そこまで死にたいのでしたら……この『教会』埼玉支部所属……および、壇之浦銀行課長、鷺沼喜一≪サギヌマ キイチ≫がお相手しましょう」
「――皆を……守らなきゃ……!!」
 咄嗟の変身、かつ二人を担いでの長距離移動。それに脳内を駆け巡る多くの謎が礼安の思考を鈍らせる。しかし、そんな中エヴァが礼安の目の前にかばうようにして立つ。
「――院さん。この連絡先の人のもとに向かってください。あれだけ緻密な作戦を立案、そして提供しましたが……急遽作戦変更です。今はこの場から逃げてください」
 いくら武器の匠≪ウエポンズ・マスタリー≫ではあるが、そしてあの案件において戦闘能力があることを示したものの、エヴァは英雄科の生徒ではない。そんな人物に任せる、と言う不安を抱えていた。そしてその不安は表情にも表れていたのであろう。そんな院の心配は、力強いサムズアップによって打ち消されるのであった。
「大丈夫、私を信頼してください。『もう一つの策』は……あの私お手製の冊子にしっかり記してありますから」
 その彼女の笑みを信じ、礼安の変身を無理やり解除させ、今度は院が変身し礼安を抱え戦線離脱するのだった。
「――よかったんですか? 見たところ……あの中で一番戦えるのはあの『礼安』とか言う方ですが……戦いを生業としている訳ではないのに勝算がある、と?? 実にありえません」
 そんな鷺沼の理路整然とした罵倒を、鼻で笑って見せるエヴァ。
「――なあに、勝算無かったらこの場に残らないって。私だって……武器は武器でも、あらゆるものを職業柄創ってきたのでね」
 手にしているのは、あの案件でも戦闘中見せた鍛冶用小槌。それでコンクリートの地面を叩き、それ自体を広範囲にわたって蠢かせ、目くらましをする。
「勝算が――その程度とは笑わせる!」
 即座にチーティングドライバーを顕現させ、同時に起動。
『Crunch The Story――――Game Start』
「変身!!」
 チーティングドライバーによって変貌を遂げた彼の姿は、一振りの刀を携えた和装の武人、それが各所歪んだ姿。顔部分の瞳はなく、代わりに口が酷く裂けていて、心臓部には現実じゃあありえないほど大輪の椿が咲き、両足は和モチーフの各所を否定するような鉄の義足。
 デバイスドライバーで変身する英雄が、己の願いや欲望が具現化したプラスの力を表した姿なら、チーティングドライバーは当人のマイナス面が発露する、そう言われている。
「貴様がどれだけ足掻こうとも――」
 鷺沼がそのコンクリートで出来上がった触手を荒々しく破砕すると、眼前の光景に言葉を失った。
「足掻こうとも――何が言いたかったかよくわからないけど……その後の台詞、恐らくだけど意味がなくなったかもね」
 手にしているのは、丙良の大剣より少々小ぶりでありながら、金と銀の装飾があしらわれた一本の剣――それが二つ組み合わさった『デュアルムラマサ・Mark3』。それと……英雄科の人間のみが所持しているはずの、ヒーローライセンスが一枚。
 何か良からぬ予感を察知したために、即座に距離をとる鷺沼。その表情は、驚愕の色に満ちていた。
「――貴様、嘘でもついていたのか? 武器の匠と名高い存在が……」
「嘘はついていないよ、あくまで『元』、ってだけ。『ある』事情があってね……まあその事情はここで語るのは時期尚早かも」
 眼前の敵を打ち倒すべく、ライセンスを一対の剣に認証、装填するエヴァ。
『認証、ムラマサ放浪記! 著名な妖刀を生み出した刀工が、各地を放浪した結果己の内に視えたものは如何に!?』
「構築、開始≪ビルド・スタート≫」
 一対の剣に分かち、その場に雷鳴とともに現れるは、英雄顔負けの装甲を纏ったエヴァであった。
「悪いけど――ここから先は納期マッハだから。雷≪イカヅチ≫の力に、痺れご注意だよ」

 エヴァの装甲は、礼安と細部は違うが雷の性質こそ一致しているため、基本デザインを礼安のものから多少流用している。細部に関しては礼安の装甲と同様。しかし元となった英雄が違うためしっかりとした相違点がある。
 まず、『村正』がライセンス元なため和装に近い。系統としては忍者に近いだろうか、各種装甲がデバイスドライバーで変身するあの三人よりも薄く軽い。そのため、防御性能よりも圧倒的に手数で攻めることを考え抜いたデザインとなっている。
 帷子に似た軽鎧、そして脚絆。そこに色鮮やかな短い着物を、腰からだらりと垂らしたような少々ルーズな装飾。普段のつなぎ姿を彷彿とさせる。
 そして面部分も、自身の英雄モチーフに複眼チックな目元を合わせている礼安たちと異なり、バイザーと忍び頭巾を思わせるフェイスベールのような口元の装甲。
 総じて、今までの英雄の装甲とは一線を画すものであった。
「その場しのぎフォーム、って要素のが強いかな、正直。あまり実践シミュレーションもできてないし」
 一対の剣をふらふらと遊ばせながら、鷺沼の周囲を歩くエヴァ。逆手から順手、順手から逆手だったり。そう思えば、くるりくるりと手持ち無沙汰に回してみたり。
 鷺沼は、何より見図っていた。今までの情報≪データベース≫にない相手と戦う、なんてことはなかったためである。
 邪魔者を消し去る仕事人≪スイーパー≫として、あらゆる不測の事態すら起きないほどに準備を整え、当たり前以上に消す。それが常であるために、不測の事態を怖がっているのだ。
「――どーしたの、私を倒して礼安さんたち叩かなくてもいいの?? 時間ってのは有限なんだよ、仕事人さん」
「分かって――いるさ!!」
 携えた刀を背から瞬時に抜き、遊ばせている一対の剣を狙う。
 しかし、それは彼女にとって予測済み。刀の動きをほんの少しだけ一対の剣でずらし、自身に命中させない。
 その力の殺し方を気味悪く思いながらも、正確無比に人体の急所を狙いすました一閃を放っていく。
 しかし、どの一撃も剣先でほんの少しだけずらしたり、はたまた最小の動きで避けたり。エヴァの戦い方は、実に省エネなものであった。
 幾度もの剣戟、その最中荒々しく口撃する鷺沼。
「そうやっていなしてばかりで……実際のところはそうでもないのか!? 少しくらいこちらを攻撃してみたらどうだ軟弱者!!」
 しかし、エヴァはそんな罵倒など意に介すことなく、実に涼しい顔で合気道に似た力の殺し方を続ける。
「――いやね、私実際問題軟弱者なんだよ。体力テストとかある度に結構低い点数撮ってばかりで。ハンドボール投げだって十メートル飛ぶか飛ばないかだし。武器ちゃんに向き合うこと以外、正直今の私に取り柄ってないんだよねェ」
 その発言は真実であったが、現状の鷺沼の状況を鑑みるに小ばかにしているようにも聞こえた。だからこそ、怒りのボルテージが次第に鰻上りとなっていく。
「あァそうか!! 結局は武器にしかその情熱が向かないから、特別な実績など無かったらすでに落第生なのか!!」
 動揺を誘う魂胆が見え透いていたために、どれほどのことを言われても心は静かな水面のまま。鼻で笑って口撃と攻撃をいなして、効率的に必殺技を叩きこむチャンスを窺っていた。
 しかし、そのエヴァの静かな余裕は、たった一言で消し飛ぶこととなる。
「だから、あの『タキモトライア』に入れ込むのか!? 男嫌いな自分を少しでも『慰める』ためにか!!」
 一瞬にして、エヴァの装甲の性能が急激に上昇。それと共にデュアルムラマサの出力も比例して急上昇。
 鷺沼の刀の、脆くなった一点を突いて破砕する。
 刀の悲鳴と共に、後方に退いた鷺沼は実感した。エヴァと言う女の、『惚れた強み』を。
「――私はね、いくら罵られようが構わないのさ。それなりに生きて、それなりにプロ意識を持って。トーシローの的外れな『ご意見』なんて聞き流して、『武器の匠』としてやってきたさ。自分へ向く矢印に対して、メンタル面は比較的強い方だって、自負してるつもり」
 デュアルムラマサ、そのグリップ部に備えられているトリガーを力強く押し、雷の性質を全身に帯びていく。
『必殺承認!! 村正剣劇〆の段・雷電合血滑りの太刀≪ムラマサショータイム・ブラッドエッジ・ライデンモード≫!!』
「――だからこそ、見当違いにほかの誰かを罵られることが、何より許せないんだよクソッタレ!!」
 礼安を傷つけられることが、何よりもの怒り。今のエヴァにとって、どれほどの精神面の支えとなっているか、想像に難くないだろう。
 だからこそ、眼前の存在が心底許せなかった。誰かを救うために英雄≪ヒーロー≫が存在するのだったら、今のエヴァは英雄ではないのかもしれない。しかし、誰かを『想い』、怒ることのできる存在は最優の英雄でなくとも、最良の英雄となるのだろう。
 脚部に、自身の装甲出力限界値を余裕でオーバーするほどの魔力を流し込み、爆発させるように駆ける。
 踏み込んだ場所も、超スピードで駆けていく地も、次元を超えたハイパワーにより表面のコンクリートはおろか、その下部の地盤すら揺り動かすほど。
 瞬きなど許さない、迫りくる絶望。
 鷺沼は、今日ほど『想定外』を何より恨んだことだろう。
 掠めていく電撃を纏った一閃、それは腹部を深く切り裂いていく。しかし、二の矢ともいえるもう一閃が想像を超える。
 噴き出していた血が、自らの意思で鷺沼の肉体を逆袈裟に深くぶった切る。
「う、そ――だろ――――」
 血液自体に電力を流し込み、さながら流体磁石のように稼働させる。今まで体内における最低限の味方であったはずの血液を、電力一つで即座に意志を持って寝返らせ、疑似的な燕返しに似た技を繰り出させる。
 内から自壊させるこの技は、正直衆目に晒されている中では使用できない。いらないトラウマを植え付けてしまう可能性があるため、自身で縛っていたのだ。
「恨むなら――自分の減らず口を恨みやがれクソ野郎」
 しかしそれを放つほどに、エヴァは怒れる存在となっていたのだ。

 ライセンスを取り外し、変身を解除するエヴァ。そして息絶え絶えの鷺沼を見下す。
「――ご、ごめんなさいィィッ――しに、たくないぃぃぃ」
 いまだ怪人体を保つ鷺沼でありながら再生能力は一切働いていない。血液を体内で反乱させたからこそ、肉体の主たる血が流出していく一方であったのだ。
「……アンタにはいろいろ聞きたいことがある。主に……そのチーティングドライバーに装填されている、ライセンスについて。もし洗いざらい話すんなら……血液の反乱を止めてあげてもいい」
 エヴァは、すでにグラトニーの力の正体、そしてそれにまつわる英雄の影を感じ取っていたのだ。その影を実体化させるべく、己の確証を得るべく。圧倒的にエヴァ有利の話し合いの場を得たのだ。
 死ぬ危険性のある鷺沼は、藁にも縋る思いで首を縦に振る。
「元来……聖遺物から生まれたヒーローライセンスは、自身の内に秘められた英雄の因子をもとにどのような力の性質を持つか、そしてどのように自分自身がありたいかをもって具現化する。でも……」
 チーティングドライバーに触れ、悲しげな表情を浮かべるエヴァ。
「ここには……『息吹』が宿っていない、『信念』が宿っていない。形だけのライセンス、って感じしかない。確かに力は行使できるけど、それは未熟なものなんだ」
 形容するならば、グラトニーと初戦を繰り広げた透。それほどに力が未発達状態であったのだ。形は確かにそこに存在するが、まるで亡霊のようなもの。
「――第一の結論、それは禁止された『因子の違法摘出手術』によって抽出され分け与えられた力、ってこと。それについて――――どう? 合ってる??」
 一瞬、躊躇うように顔を背けていた鷺沼であったが、静かに首を縦に振った。「ビンゴ」とだけ口にすると、もう一つの推論について語りだした。
「――これもあくまで現時点では推論どまりだけど……その力の大本はあのグラトニーってアンタのところのボスが担ってるでしょ。何せ……力の息吹を感じ取れないのはそれぞれの幹部連中にも言えた話なんだ。因子がない存在がチーティングドライバーを用いて変身したところでたかが知れてる、歪な存在になるだけだから」
 エヴァはあの旅館で見たグラトニーの怪人体に違和感を抱いて、自分の中で理解しがたかったのだ。神奈川支部の面子のような、各種形状が歪なのがチーティングドライバーの特徴であるはずなのに、その特徴を半ば無視しているようなその怪人体が、疑問でしかなかったのだ。
「――グラトニーは、あのスラムの一件の主犯格、そしてそこで殺した人間の中に、今自分の中に移植した因子元がいる。そうでしょう」
 怒りの感情で渦巻いたエヴァの瞳。自分の命が何より大切な鷺沼は、自身のリーダーを裏切るように首を激しく縦に振った。
「そして……その因子は十中八九『武蔵坊弁慶』。アンタたち埼玉支部の権力をある程度持った幹部連中は、かつて弁慶が勝利し刀を狩った武士の一部、その力を譲渡された……これが埼玉支部の力の謎で――間違いないね」
 あと少しで解放される、その一心でエヴァの推理を完全に肯定した鷺沼。
 まだあの『ホロコースト事件』にまつわる多少の謎は残るものの、彼女の中ですべてが一致した。納得感を胸に、エヴァはその場を後にする。
「ま、まって……!?」
 絶望に満ちた瞳でエヴァに力なく手を伸ばす鷺沼。しかし、エヴァはそんな鷺沼の手を力強く踏みにじった。
「あくまで『延命を考える』とは言ったけど……私がそのあと襲われるかもしれないリスクを考えたら、この場で回復させるのは愚の骨頂でしょ。ただでさえ私は好きな人を軽んじられた、それほどのことを自分はしてしまった、ってことくらい理解した方がいいよ。アンタ馬鹿じゃあないでしょう??」
 その冷徹な瞳は、死の淵に立たされた鷺沼にとって、立たされていた足場が崩れ去り、重力のままに自由落下していくほどの喪失感であった。
「や、やだぁ――しにたくないよォ」
 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、生にしがみ付こうとする。そんな間にも失血死の可能性が迫りくる。
 そんな心からの感情をむき出しにしていた鷺沼のチーティングドライバーを、デュアルムラマサ一薙ぎによって破壊、人間体へと戻すエヴァ。
 それと同時に血液が意思を持つように蠢きだし、鷺沼の肉体へ還っていく。斬撃による深い傷跡はそのままであったが、事実上エヴァは鷺沼の命を救ったのだ。
 力を失った鷺沼は、歯向かえないほどに戦力を削ぎながらも命を間一髪で救ったエヴァを涙ながらに感謝の意を口にした。
「ああ……あぁありがどう――――」
 そのまま、鷺沼は意識を失った。エヴァは、そのまま背を向け歩き出す。礼安たちのもとへ帰るために。
「――ただ、私の与り知るところで死なれたら寝覚めが悪い、それだけです。少しくらい位は……『もしも』の恐ろしさ、理解できたでしょうね」
 これにより、突発的にショッピングモール前で繰り広げられた鷺沼とエヴァの戦いは、鷺沼が焚き付けた怒りの業火によって当人が火傷し、二度と治らない心の傷を作り上げたエヴァの完全勝利で幕を閉じたのであった。
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