第八話

文字数 6,285文字

 一方、自身の寮に帰っていたエヴァは、丙良同様に東京に武器補給班として召集を受けていた。しかし、エヴァは行く気が無かった。なんせ、東京の方に忌々しい男の魔力を感じ取っていたからであった。
「……ただこうやって、自分の興味のないことはバックレて、それで人が傷ついて。自分の武器ちゃんのせいで起きた事件なんて数知れずだったけど……」
 ふと、脳裏に浮かぶのは、太陽のような存在の礼安に、それと対をなす月のような存在の院。
 英雄の武器を作る仕事を親から引き継いで早二年。『武器の匠』としてちやほやされてきた二年。その間、自分の興味の無かった授業はだいたいバックレて、時たま武器科の特別講師として授業をたまに行うだけ。
 後ろを振り向けば、才能は確かにあるものの、単位その他諸々が全く持って追い着いておらず、郵便受けには退学の警告がぎっしり。
「……こんな僕の姿を礼安さんに知られたら、どうなるんだろう。きっと慈母神の様な礼安さんにも幻滅されるだろうな。……本当に嫌になるな」
 ベッドの上、毛布の中で蹲るエヴァ。好き放題やってきたツケが、重圧としてのしかかる。
 その時であった。エヴァのデバイスが震える。最初適当に無視してやろうと思ったエヴァは、すぐにその考えを改めることになる。
 かかってきた電話の主は、まさしく礼安だったのだ。すぐに電話をとるエヴァ。その様子は、まさに電光石火の如くであった。
「はい礼安さん! 何か御用でしょうか!!」
『エヴァちゃん! 今ちょっと緊急事態で……東京の方で多くの人が傷つきそうなんだ! エヴァちゃんも手伝ってくれないかな?』
 内容は、まさしく先ほどオペレーターから貰った通りの内容。エヴァの表情は曇っていた。
「あ……その件ですか……今オペレーターの方から連絡があって、行こうとしていたんですよ」
 心にも無いことを言ってしまい、エヴァは瞬時に後悔した。声音から、よほど鈍感な人間でない限り理解できてしまう、嫌悪が無意識下に漏れ出していたのだ。向かう先にいる憎悪の対象に遭いたくないという、雄と雌、原初の生物の本能。
 エヴァの目から、大粒の涙がボロボロと落ちていった。
 エヴァは頭では理解していなくとも、心で理解していたのだ。
 自身は、礼安のことが好きだと。
 その好きな相手に対し、自身の一時の感情だけで嘘をついてしまった。自身の中にある、フォルニカに対する嫌悪の感情を、想い人の頼み事より優先してしまったことが、自分の中で何より許せなかったのだ。
 無機質な板と電波を隔てた向こう側にいる礼安に対し、思ってもいないことを口から漏らしていくエヴァ。
 口調は、だんだんと震えてきていた。流れる涙も、もっと大粒に。
 自身の初恋は、こうも淡く自然消滅していくものかと、どこか無常観と諦観を合わせて感じていた。
 しかし、彼女からの返答は、ネガティブなものではなかった。
『エヴァちゃん、何か嫌なことあったんだね?』
「そ、そんなことは無いですよ! 僕は――」
『もし嫌なことがあったら、私がエヴァちゃんを助けるよ。私は、皆の英雄でありたいから』
 心が見透かされているようで、どこか達観しているようで。しかしその声から感じる雰囲気の中に、ネガティブな感情など何一つ無くて。
 その瞬間、エヴァは今までの自分の中にあった鬱屈とした感情やら、嘘で塗り固められた自分を変えたいと、本気で思えた。
 今までは、誰かの後ろで自分の気に入った顧客や、両親が面倒を見ていた顧客を相手に心にも無いことを形にするだけの嘘の蝋人形であったのだ。
 しかし、今は現状の顧客だけでなく、想い人である礼安たちのために、現状を打ち砕きたくなった。
「……礼安さん、ご迷惑を掛けました。僕は、大丈夫です」
 電話の向こう側の彼女は、どこか安堵したような様子であった。
「本当は、騒ぎが起こっている東京になんぞ、行きたくありません。なんせ、大っ嫌いな相手がいるので。でもそれが、東京に向かうことが礼安さんの助けになるのなら……僕は向かいますよ」
『――――分かった、待ってるよエヴァちゃん!』
 そう言い、電話は切れた。
「……フォルニカ、アンタにもう一度会うのは正直癪に障るけど……これは僕の戦いでもあるから」
 ある物の残存データを横目に見ながら、急いで準備を始めた。
 入学式まで、あと二日となった、午前零時を回った時のことである。

 東京、渋谷のスクランブル交差点。人で常にごった返す場所は、既に人の悲鳴と焦りが交錯する、トラウマ製造所と化していた。
 そして一人の若い女性を側に抱き寄せている、フォルニカがいた。無論、その女性の瞳には涙が浮かんでいた。
「どうかな、この最高の夜景。そこに倒れてる貧弱な男よりも、体もアソコもハードな俺の方がいいんじゃあないか?」
 眼前には、フォルニカの持つ魔力により、禍々しい見た目となったエクスカリバーによって、瀕死の状態にある金髪の男性が無残にも転がっていたのだ。
「ふ、ふざけないでよ! ウチの彼氏を……」
「まあまあ、抵抗したって無駄だって。ほら」
 フォルニカは呪詛を呟き、女性の胸部をまさぐる。女性は体を動かそうにも全くといっていいほど動かすことができなかった。
「今君に囁いたのは、愛の台詞と称した一種の催眠術。一般人相手なら、余裕で脳を犯していつだってヤれる女になる。いつか俺のハーレムで俺専用のソープ開いてやろうと思ってんだ、君は従業員第九十九号ってことで。」
「何て薄汚れた……」
 そう言いつつ、女性の涙は消え失せ、笑顔だけが残る状態となる。思っていることと表情が一致していなかったのだ。
「君、見た目から分かっていたけど中々の巨乳さんだ、揉み心地最高だよ」
 女性の容姿に夢中になっているフォルニカ。しかし、すんでのところで背後からの攻撃に視線を合わせることなくエクスカリバーを交わす。英雄・丙良が到着した瞬間であった。
「ふぅん、仮にも教会の人間とあろうものが女性にバリバリ猥褻な行為を働くんだ。こりゃあとんだR18カルト教団ってやつだ」
「君がヘラクレスの丙良君、ってやつ? 割とこっち界隈では有名だけど、もっとゴツイ奴かと思った」
 二人のやり取りを、少し遅れてその場にやってきた礼安と院が目撃する。そしてすぐさま院は礼安の目を塞いだ。
「え、院ちゃん見えないよ?」
「アレは教育に良くない様子だから絶対見せません、あの男が死ぬまで見せません」
 フォルニカが催眠を掛けた女性を離し、礼安たちに視線をやる。
「――――へえ、中々初心そうでいろいろ起っちまうそそる子が後ろにいるじゃあないか」
「礼安さんにそんな変態じみたことを言わないでくださいまし!! ぶち転がしますわよ!!」
 すぐさま礼安の耳を塞ぐ院。それを見てけらけらと笑うフォルニカ。乱暴に丙良を弾き飛ばし、距離を取らせる。
「二人とも、あんだけ飄々としているけど、あの男ただ物じゃあない。確かな強さを感じ取れる」
 礼安たちから目を離して、フォルニカは辺りをぐるっと見渡す。警察のストッパーこそかかっているものの、先ほどまで悲鳴ばかりがこだまする場であったが、動画撮影する野次馬ばかりの様相を呈していた。
「……今ここでどうにかしてしまうっていうのも、中々乙じゃあないか? 知名度の高い英雄たちを殺る、それによって教会の目標である、人類の支配ってのも。恐怖による支配ってのでも、DVみたいではあるけど文句はないだろ」
 今まで飄々としていたフォルニカの雰囲気が変わる。目が据わり、一気に仕事人としての表情となる。
 その時、礼安が院の手を優しくどかして、丙良の前に立つ。
「……もしかしなくとも、俺に勝とうとしてんのか? やめとけやめとけ、俺流石に死姦は趣味じゃあないんだ」
「さっきから喋ってることの意味はよく分かってないけど……何かその剣、惹かれるなって。私よりも、私の中にいる英雄が」
「これ? ああ、どうやらエクスカリバーらしいぜ、俺でも扱うのちょっとコツがいるっていうか。ま、俺こいつに縁がねえんだけどさ」
 前へと歩みながら、カリバーンを顕現させ、デバイスドライバーを装着する礼安。
「……あのさ、一つ聞きたいことがあるんだ。エヴァちゃん、って私の先輩がいるんだけど、泣いてた理由、知ってるかな」
「それ、多分俺が理由って言ったら、そしてこの剣もそいつから分捕ったって言ったら……どうする?」
 静かにアーサー王のライセンスを認証させ、装填する。その礼安の表情には、静かな怒りが滲み出していた。
「問答無用で、貴方を倒す」
 フォルニカが腰にあらかじめつけていたチーティングドライバーを、礼安がデバイスドライバーを互いに起動させる。
「「変身」!!」
 二人が変身した瞬間、二人を大きく包み込む特殊な結界が張られた。一切の邪魔が入らないようなフォルニカによる処刑場が出来上がる。
多くの人々が見守る中、一対一の決闘が始まったのだった。

 フォルニカの変身した見た目は、クランとは大きく違った。
 すらりとした肢体に、頭部は台風のように渦巻く。しかもその影響で瞳は一切うかがい知ることはできない。顔色を見ることができない代わりに、あちらもまたこちらを見ることはできない。
 しかし、そんな欠陥すら彼にとっては些細な問題であったのだ。
 袈裟斬りで肩口を狙うも、するりと避けられ。
 単純な斬撃が駄目ならと、突きや殴り蹴りを織り交ぜても、容易に避けられ。
 確実にあの世界で培った戦闘技術が、悉く通じない。
 明確な敵意を持った礼安の攻撃全てを、まるで心眼でもあるかのようにするすると避けていく。礼安には徐々に焦りが生まれ始めていた。
「不思議だって思ってるだろう、なんで俺が全ての攻撃を知っているかのように避けてんの」
 礼安は薄気味悪さを感じ、自然と後退してしまった。
「図星だな、予想出来てはいたけど、君嘘がつけないな。ま、それはそれでいいんだけど」
 フォルニカは礼安の背後に、瞬時に移動する。
「でもヒントを一つでも渡したら、それは相手に塩を送ることになる。仕事人としてそれはアウト。死ぬ間際にどこどこに爆弾を隠した、なんて馬鹿なことは普通のたまわない。これはゲームやアニメの世界なんかじゃあないんだぜ」
 無防備な背を思い切り斬り下ろす。一気に礼安の装甲の耐久度が落ちる。
「いつの世も、ヒーローがヴィランを打ち倒してちゃんちゃん、なんてお決まりには飽きたろう? 世の人間はいつだって刺激を欲してる。それを提供しようじゃあないかって話さ」
 何とか体勢を立て直し、バック宙の後フォルニカに向き直る礼安。
(何か、違う……?)
 フォルニカと戦う中で、彼に対する一抹の疑念を感じ取った礼安。そんな礼安の疑念を感じ取って、少しばかり表情を硬くするフォルニカ。なるべく平静を保ったままで。
「いやはや、こんなにも俺の思い通りに動くとは。君がそういうプログラムを組まれた作り物だと疑ってしまうよ」
 それと同時にチーティングドライバーの上下部を二度押し込む。
『Killing Engine Ignition』
「申し訳ないけどね、俺は仕事人だ。どんだけ相手が未熟だろうと、出せる全力はいつだって出して遂行する」
 無機質な駆動音とともに、エクスカリバーが黒雷を放ち始める。礼安も何とか阻止しようと、カリバーンで防御姿勢をとる。
 しかし、無慈悲にも再び後ろに回り込まれる。ほんの、瞬きをした一瞬の出来事であった。
「誰が前から技撃つって言ったよ、無防備な方に行くだろ、普通は」
 決闘であったために、少し後方から女性を保護していた丙良たち。しかし、相手の狡猾さを失念していたために、完全に動きが出遅れてしまった。
 しかし、今二人と礼安たちの間には、隔絶するための結界がある。余程の衝撃を与えない限り、壊れることは無いほどの頑丈さを誇る。
 しかし、それを抜きにしても咄嗟にその場を駆け出す丙良と院。だが、どう足掻いても間に合う距離ではない。
「サヨナラだ、君が英雄志望であったこと、きちっとあの世で恨んどけ」
 振り下ろされる凶刃。それを防ぐことは不可能――――のはずであった。
「目の前で、想い人ひとり救えないで……そんなんで僕は明日を迎えたくないんだよ!!」
 結界上部をぶち破り、何者かが礼安の後ろに降り立ち、攻撃を相殺する。その衝撃は、コンクリートの地面を攻撃の余波のみで粉々にするほど。
「……へえ、あんだけ嫌悪感をむき出しにされた女に、ものの数時間で再会するとは。運命ってのは気性難かつ悪戯だね」
 そこにいたのは、「もう一本の」エクスカリバーを持つ、エヴァであった。

 まず守られた人間から漏れ出たのは、困惑であった。
「え、エヴァちゃん!? 何でこの人と同じ武器を……?」
「至極単純明快、こいつにレプリカを奪われたんです」
 フォルニカの顔が少しこわばる。今自身が持つ物が相手の持つものより劣る、下位互換である予想外が、あまり受け入れがたかったのだ。
「――ってことは、まさか……あのゴリラに会った時、偽物持ってったってことかよ。してやられた、完成度高すぎだろこの贋作」
 デバイスをエクスカリバーに翳し、出力を急激に上昇させる。
『緊急シークエンス起動。ヒーローゲージ、オーバーロード』
 エヴァは力を思い切り開放し叫びを上げ、恨みも込めながら思い切り弾き飛ばしてビルに叩きつける。その衝撃は、先ほどのものとは比べ物にならないほど強く、びりびりと突き刺さる衝撃波によって、辺りに猛烈な突風を生み出すほどであった。
「元より、クライアント以外には手製の武器ちゃんは渡さない取り決めだから。部外者も部外者、教会の支部長になんぞ、卸す武器ちゃんは鳩に食らわせる豆鉄砲たりともないんだなぁ、これが」
 フォルニカは何事もなかったかのように、ビルから体を起こして地面へと降り立つ。あたりに一般人こそいたものの、彼に近寄ろうと考える馬鹿な輩は誰一人いなかった。
 フォルニカもまた、想定していないことの連続で、完全に気が立っていた。変身を解除し、乱れた髪をかき上げる。晒された目は戦う前の礼安のように、完全に据わっていた。
「――俺らしくもねぇ、様子見だってのに。たかが二人の雌相手にこうもヒートアップしちまうなんてな。余程あの関係性がウザったいんだろうなあ、これは」
 ぽつりと呟くと、エクスカリバー・レプリカを掲げ、背を向けるフォルニカ。
「悪ぃな、これは貰っとく。そう遠くないうちにこいつのお代はきっちり払っておくよ。それと……」
 礼安とエヴァを横目で睨み付けるフォルニカ。その眼には、確かな殺意と破壊衝動が宿っていた。
「お前ら二人は確実に首を獲る、神奈川支部総出でな」
 そう言うと、フォルニカは霧散した。少しばかりの沈黙を挟んだのちに、人々は大いに沸いた。
「英雄の勝利だ!」「敵は逃げ帰ったぞ!」「やっぱ正義しか勝たん!」「英雄最高!」
 多くの人々が礼安たちを称賛していたものの、当の本人たちはあまり喜んではいなかった。
 一人は、完全に仕留めることができずに逃がしてしまったこと。
 一人は、あれだけ死地に身を置いて修業を行った自分の力が、全く持って及ばなかったことと、胸に残る欠片ほどの疑念によって。
 一人は、自身の後輩が目の前で殺されそうになったこと。
 一人は、幼馴染が目の前でいたぶられているのを、結界越しに見ていることしかできなかったこと。
 それぞれが別の理由で心に影を落としているのを知る一般人は、一人も居やしなかった。
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