第十四話

文字数 6,473文字

 昔、教会の前進団体が出来上がったと同時に、人々は混乱の渦に飲まれていった。そんな中で、『原初の英雄』と呼ばれる存在が、教会が起こす被害のもとに現れ、多くの人々を救った。
 それから、教会の存在はまるで絵空事を現実で起きているかのように、英雄の存在と共に認知された。刺激を求めていた人々は、非日常を味わえる、と大いに喜んだ。
 英雄が主に尽力、そして政府もある程度力を貸しながら、英雄サイドと教会サイドの対立構造を作り上げたのだ。世界的に同様の存在が現れ、同じように英雄が現れた。英雄VS何かしらの組織、の対立構造は社会に根付いていった。
 事件の決着がついてからというものの、後処理はとても早いものであった。ボロボロになった道路も、ビルも、何もかもことが無かったかのように元通り。人々はそんな非日常を、当たり前のように受け入れていた。人々は、平穏な生活に戻っていったのだ。

 あの後。礼安たちは警察に教会神奈川支部メンバーを引き渡し、寮に戻ったあと食事をとるわけでもなく寝てしまった。清々しいほどの爆睡である。
 そこから時間が経ち、翌日午後一時。
 いよいよ明日に迫った入学式。足りない物は無いか、と二人は学園都市内で買い物をしていた。その最中、いたるところで聞こえたのは礼安たちへの称賛。まだ入学もしていないような新入生が二年生でも手こずる案件を片付けたと、これからの学生生活、及び英雄生活を有望視されていたのだ。
 買い物中、あまりにもむず痒い様子の礼安に、それを気にする院。
「いやあ院ちゃん、褒められるって改めてされるとむずむずするねぇ」
 そういう礼安の表情は始終緩みっぱなし。院は、というと……礼安を見ていると、ご主人に撫でられまくった小型犬を見ているようで、愛玩動物よろしくとても褒めちぎりたい気持ちをぐっとこらえていた。
「……まあ、我々は英雄として、すべきことをしたまでですわ。英雄たるもの、弱きを救うのは当然でしてよ」
 買い物かごの中には、礼安の好きなお肉がたっぷり。豚、鳥に牛、少し変わり種のラム……大きめの買い物籠六つが肉に埋め尽くされていたのだ。
しかしこれだけ食べても礼安は太らない体質であり、常時かなり均整の取れた美形。何ならうっすら筋肉も。全国どころか、全世界の女子を敵に回す存在である。
「野菜も食べなさい、健康には野菜が一番でしてよ」
「院ちゃんの料理、まるでママみたいだから大好き!」
 また礼安の無自覚な言動で院の心臓に矢が刺さる。この場で抱きしめてあげたい気持ちを、心の中の院が血涙を流しながら堪え、会計へと向かう。
 ちなみに普通ならカート四つ、籠の総数八つなんて買い物、新入生には到底支払いきれない。それもこれも、学園長が『よく頑張りました記念』と称して、莫大な学内通貨を送ってきたからである。
 学園長が一生徒にそんな賄賂じみた金額を渡していいのか、と疑問が浮かぶものの、ほぼ毎日ゲームのログインボーナスのような気軽さで、生徒全員に一万程度のお小遣いを渡せる財力が、ここの学園長にはあるのだ。おかしい話である。

 その夜、翌日に入学式も控えている中で、丙良やエヴァ、さらにクランと青木も誘い、盛大なバーベキューパーティーを行っていた。
 一部を除いて皆どんちゃん騒ぎし、あの事件解決を盛大に祝っていた。これでもうあの男と会わなくて済む、とエヴァは特に大喜びであった。
 ほぼすべての肉を平らげて、腹が異次元でもそこに生まれたかのように膨らみリラックスしている礼安。クランは元から小食であり、あまり多くの食事を必要としないエコな体となっていた。違いが顕著である。
「……それにしても、礼安。貴様には……何と礼を言ったらいいか」
「良いんだよ、私が助けたくて助けた、それだけだよ」
 青木がその二人の会話にするりと入る。とても仙台で騙そうとした人間とは思えないほど、つきものが取れた表情をしていた。
「そういえば……仙台ではごめんなさい。何の効果もない壺を買わせようとしちゃって……あの時の私はどうにかしていたみたい」
「いいのいいの、あの壺だって英雄の誰かかもしれなかったわけだし……誰かは知らないけど」
 ばつが悪そうにへへへ、と笑って見せる礼安。再び深く頭を下げる青木に慌てふためき、どうすればいいかを周りに問う事態に。天然である。

 ある程度熱が冷めてきた夜。礼安の腹は謎原理によりすっかり引っ込み、クランと二人きりで、寮の屋上にて学園都市側の海を眺めていた。
「……もう、死にたいって思ってない?」
「言われずとも……どこぞのお人よしのお陰で、少しばかり希望をもって……そうだな、あと数十年生きてみようと思えたさ」
 そう返答したクランに対して、良かった、と呟き月輝く海に視線を落とす。
 心底、ほっとしていたのだ。礼安が救いたかった人間の中には、もちろんクランがいた。人生に深く絶望し、死に場所を求めていたクランが、お人よしの本能から、そして過去の自分の経験から、希望を持ってもらえるよう救いたい、と心の底から願っていたからであった。
「……ペリノア王にも、怒られてしまってな。嘘をつくな、とね。何となく、貴様に出会ってから変わっていたのを……少なからず理解していたのだろうな」
 そう言ってペリノア王のライセンスを手に取るクラン。礼安はそこで気付いた。そのライセンスに起きている異変を。
「――――ここ、隅っこが白くなってる」
 そう礼安が言うと、二人ともライセンスの中に不思議な力で引き込まれる。礼安はどこか不安げな表情で、そしてクランはどこか察したような暗い表情で。

 目を開けると、そこは何もない純白の空間であった。ふわふわとした感覚が常時あり、自分はここの者では無いという、計り知れないほどの異物感。しかし、長時間いても気味悪い心地は全くなく、むしろ包み込むような温かさを感じる。この空間の主の優しさを垣間見る。
「ここって……ペリノア王の……」
『そうだな、精神世界とでも呼ぼうか』
 二人の前に、今にも消えそうなペリノア王が現れた。しかし、表情はとても穏やかで、まるで死期を悟ったかのような病人のようであった。
『申し訳ないな、礼安とやら。クランの我儘に付き合わせる、一歩手前まで行ってしまったこと……深く謝罪するよ』
 礼安に対し深々と礼をすると、クランに向き直るペリノア王。彼が消えゆく前にと用意した、最期の時間。礼安に向けて、そしてクランに向けての言葉を紡ぎ始める。
『元来、英雄の因子を持った者は、約八十年から百年余りの時間でループする。しかし彼は特異な肉体を持ち合わせていたがために……英雄に譲渡できる力を使い果たした。しばらくの間眠りにつかなければならないらしい』
 二人は黙って、一人の英雄が紡ぐ最期の言葉に傾聴していた。二人の中に悲しみはあれど、絶望は無かった。
『なあに、クランと一緒にいた数百年という長い時間……悪くは無かった。最後、英雄として戦うことを決めたクランの姿は……清廉な騎士そのものであった。実に、天晴であった。最後に愚直に戦いに生きるものと戦えて、それで満足もできた。悔いは無いさ』
 ペリノア王は、クランに手を伸ばす。
『貴様といた数百年、他の英雄に語って聞かせたら……面白がるだろうな』
「俺も……貴方といた長い年月……様々迷惑をかけたかもしれませんが……独りぼっちの辛さはありませんでした」
 その場に片膝立ちで座り込み、ペリノア王に尊敬の念も込め最敬礼する。昔なりの方法で返されて、少々気恥しいといった顔をしていた。しかしそれでも、それに応えるのが騎士としての務め。
『面を上げよ、クラン』
「はい」
 クランの目には、涙が浮かんでいた。それを男として一切溢すまいと、意地を見せていたが、顔を上げそこにあったペリノア王の笑顔で、ボロボロと零れ落ちていく大粒の涙があった。
『ああ、ようやく貴様の違った顔が見られたよ……満足だ』
 光の粒となり、消えていくペリノア王。最後の最後まで、彼は笑顔のまま消えていった。心に残るのは、満たされていく感謝の念以外になかった。

 翌日、朝六時。入学式当日、礼安と院の寮にて。入学式は朝九時から始まるのだが、礼安と院は少し早く目覚めてしまった。
 そこで、礼安はふとテーブルの上を見る。すると、そこにあったのは書き置き。クランのものと思われる達筆によって、エヴァに対してのドライバーの礼と、礼安たちに対しての別れを告げていた。
 しかし、二人は『贖罪の旅に出る』と書き残しており、いつかどこかで出会える確証を持てた。それだけで、礼安にとっては吉報であった。
「……あの二人、教会に見つかったら……とんでもない仕打ちを食らいそうではありますけど。なんせ裏切り宣言をあんな公衆の面前で行いましたし」
「――でもね、何か大丈夫な気がする。確証は……無いけど」
 そう言って無邪気に笑って見せる礼安。そんな表情を見て、確証のないものであってもどこか安心できた院。これは、誰にでもなせる業ではない。
「さて――準備しましょう。人生で一度しかない英雄学園の入学式、気合入れていきますわよ!」
「うん!」
 二人は急いで準備を始めた。その表情は、とても晴れやか。二つの別れを経験こそするものの、それが礼安の成長の糧となるのだ。

 とびきり豪華で華々しい、まるでお祭りのような英雄学園の入学式。
 学園都市のそこらじゅうで露店が開かれ、各テレビ局も取材に。一日中お祭り騒ぎ上等スタイルである。頭のおかしいあっぱらぱーのためにしっかりプロ英雄たちも常駐。丙良やエヴァはこちらで仕事を行う。
 学生服に身を包んだ新入生たちが、続々と校内に。しかし、そんな中でも昨日のヒーロー的存在であった礼安と院の周りに人は絶えない。
「昨日は凄かったね!」「良かったら強さの秘訣なんか教えてもらえると嬉しいな……」「同年代であそこまで戦えるなんて凄すぎ!」「良かったら連絡先でも……」
 最後の一名は院からの有難い拳骨を貰い黙り込む。それ以外の新入生の対応に礼安が四苦八苦している中、ざわつきながらも丙良たち先輩生徒や教師陣からの引き剥がしを貰う生徒たち。
「礼安ちゃん……大変だね」
「本当だよししょー……」
 何とか騒ぎを沈めながら、入学式が始まった。
『まずは、新入生首席からの挨拶を。首席代表の……天音透≪あまね とおる≫、お願いします』
 無言の後に若干気怠そうに立ち上がる、攻撃的な釣り目の女子。先ほどまで礼安たち二人にどよめき騒ぎ立てた新入生たちとは違う、異なるオーラを持った存在。黄色のメッシュが入ったショートヘアがチャームポイント。
 礼安を一瞥し、心底憎らしそうに睨み付けステージに登壇する。何も悪いことをしていないはずの礼安が恨まれることなんて無いはず。院はそう思い礼安を見るも、礼安はけろっとした顔をしていた。
 マイクの前に立ち、紙一枚程度の台本を懐から用意する。
『えー……このお日柄良い中、英雄学園に入学できることを……あー、私たち、新入生一同誇りに思います、っと』
 終始怠そうに読み、記者陣がざわつきだす。それを見て、透はにぃ、と悪巧みをするように口角を上げる。マイクを荒々しく掴んで、まるでプロレスラーのマイクパフォーマンスのように荒々しい態度へと変貌する。
『――やめだやめだ、こんなかたっ苦しいのは俺の性根に合わねぇ。すっきりさっぱり、一発宣誓させてもらおうか!』
 その場を煽り立てるかのような、今までにない新入生の態度に教師陣が何とかしようとするも、学園長が静止する。
「まあまあ、あれも自由な校風をアピールするうえでは大事だよ。自由過ぎると後がキッツいけどね……」
 おおらかな学園長を横目で見て、透も気分を良くし、高らかに宣誓する。
『テメェら、俺の欲のために俺に傅け。俺が……俺という英雄こそが、最強だ!!』
 その宣誓後、マイクをノイズが出ないようご丁寧にスタンドに戻し、勢いづいた新入生たちに賞賛の口笛や拍手を貰いながら、自分の定位置に戻っていく透。
 予想外の新入生挨拶に呆けてしまった教頭。学園長自身に耳打ちされ、元通りの雰囲気に戻しにかかる。
『……では続いて、学園長からのお言葉を頂戴します。では学園長、お願い致します』
 登壇する学園長。先ほどまでの熱冷めやらぬ中で、どよめく新入生たちや記者たち。
 凛とした漆黒のスーツに身を包んだ、薄紫の長髪を緩く束ねた、泣き黒子がチャームポイントの、ほうれい線をはじめとして皴が一つもない美麗な男性。
 マイクの前に立つその人物こそが、この学園都市を多額の資材を投じて作り上げた結果、若くして学園長に就任し、さらに世に席巻する英雄のブームを作り上げた『原初の英雄』、瀧本信一郎であった。御年五十歳。若い。
『――私が学園長の、瀧本信一郎≪たきもと しんいちろう≫だよ。新入生の諸君、今日この時を迎えられて私はとっても嬉しいよ。何せ昨今物騒だからね、あるゲームの作戦そのままの事を言わせてもらうなら、いのちだいじに、ってやつだね』
 その時だった。学園長の声を聴いて、礼安の表情がパァと明るくなり思わず立ってしまう。まるで子犬のように、見えないはずの尻尾を振っているように、
「パパ!! 久しぶり!!」
 先ほどのマイクパフォーマンスの勢いなど、鼻で笑えてしまうほどの瞬間最大風速。記者だけでなく、教師陣、学生全員が一様の言葉を発する。
「「「「パパァ!?」」」」
 院は呆れかえって礼安の袖を何度か引っ張る。
「……貴女、何にせよタイミングってものがあるでしょうに……」
 しかし、学園長も中々にユニークな人物であったがために、学園長の挨拶を軽く済ませると、礼安と院をステージに呼び込む。先ほどまでの凛とした態度などどこへやら、快活な表情を見せる。
『挨拶? 適度に頑張ってねハイ終わり! おいでおいで! 二人を皆に紹介したかったんだよ!』
 まるで礼安と瓜二つ。親子は似るものである。しかし、それは院も感じ取っていることである。
『紹介するよ! ここにいる二人、私の娘でね! 昨日の事件の解決に至るまでの立役者だったんだよ!!』
『……主に丙良先輩たちに申し上げますと……私たち二人、血の繋がった実の姉妹なのです。……まあ色々とあって理事長こと父上は別姓を得て今に至ります。双子……とでも言いますか。そのことを知らされたのは……二年ほど前でしょうか。もっと早くに教えやがれ下さいまし』
『その件に関してはあんまりパパを責めないで上げて! パパも反省してるし!』
 隅っこで学園長……もとい、信一郎が体育座りをして反省の意を示していた。もう入学式会場はヒートアップの次元を超えていた。昨日あれだけ大立ち回りをした存在が、あろうことか学園長の子供。上がらない訳がない。
『というわけで! わが子二人を始めとした新入生歓迎会を学園都市全土で行います! 今日明日はこの学園都市限定で祝日だよ!!』
 その学園長の言葉によって、会場の熱気は上限突破。厳かな雰囲気であるはずの入学式などどこへやら。礼安は大いに喜んでいるものの、院は眉間のあたりを抑えて頭痛と戦っていた。熱狂の渦に包まれながら、入学式は幕を閉じた。
 なお、入学式が終わっても熱が冷めるわけではない。学園都市を超えて、全国で礼安と院のニュースが取り沙汰される。『原初の英雄、その実娘二人、英雄学園に入学!』の見出しで、存在を高らかに宣言することとなる。
 無論、そんなもの望んでいない院はその後、学園長こと親バカが過ぎる自分の父親をこってり絞ったとのこと。礼安は大いに喜んでいたために、信一郎はより調子に乗ったそうだ。

 瀧本礼安、真来院、エヴァ・クリストフ、丙良慎介、クランに青木舞菜香。英雄で無いものも含め、六人の紡ぎ出す糸は、やがて日本全土を巻き込んだ大事件へと繋がっていくのだが……それはまた、別のお話で。
 学園都市を始めとした東京都各部、今日も程よく騒がしく平和である。
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