第二十二話

文字数 8,810文字

 翌日、埼玉県内旅館にて。置手紙を見た礼安らは、朝から透の家族たちの看病に勤しんでいた。院が確認の電話を入れた時には、学園長が応対していた。
「そちらに透が帰った、とのことですが……本当ですか、お父様」
『ああ勿論だとも、ワタシウソツカナイネ!』
「片言だと信憑性が十割下がりますわよ」
『百パーじゃん!?』
 ある程度電話で安心できた後は、救護隊の支援に勤しむ。それの繰り返し。三人が交代しつつ、ヘルプを欠かさない。しかし、次第に疲労の色がにじみ出てきていた。
 それは、何より『教会』本部がまいた種でもある、チーティングドライバーの不浄の力たる部分にある。
 元来、チーティングドライバーは当人の強い憎しみや悲しみ、所謂『負の感情』に左右され当人に圧倒的に歪な力を与える。しかし、それはあくまで対象の肉体が戦闘者として出来上がっているか、成人であることが条件。幼い子供での変身成功例は未だ存在しないのだ。
「子供が今までチーティングドライバーを使い、変身成功した、という実例は存在しません。かねてより、英雄学園卒業生や仮免許を持った英雄が戦ってきた相手と言うのは、全て歪んだ欲望に心を支配された大人たちばかりです。主に――肥大化した『復讐心』がチーティングドライバーの原動力、と言うのが理由だからですね」
「『復讐心』……?」
 礼安は救護班の言葉をオウム返しする。しかし、実際礼安の中に誰かに『復讐』したい、と考える分野は無い。だからこそ、真の部分で分かり合えないのだ。ドラマやアニメ、ゲームの中で戦う者が抱く、誰かへの『復讐心』というものが。
 だが、理解は出来なくとも止めたい気持ちは確かに存在する。純度百パーセントの良心により、おせっかいにも浄化していくのが礼安のスタンスなのだ。
 ただ、やはり『理解』のプロセスを挟まないことによる、新たなるいざこざは起こるもの。それは礼安の中に暗い影を落とすのだ。

 五日後昼の休憩時、子供たちの容体がある程度安定してきたため、救護班から三人にそれ以降の暇が出された。当初「一週間持つかどうか」と言う瀬戸際であった中、その子たちの生きる意志が強い影響か、あるいは透への思いか。徐々に復調していったのだ。
 そのため、院は「少しでも疲れを取るために休みたい、それにいざという時動ける人間がいなければ」と、旅館に残った。外に出たのは礼安とエヴァ。情報収集と散策、および買い食いがメインであった。
 あの看護から、ずっと浮かない顔の礼安。それを察したエヴァは、少しでも彼女が元気になるよう、優しい笑顔で振るまう。
「礼安さん、もし気になることがあるのでしたら……一旦その問題から離れてみるのはどうでしょう? 礼安さんがよかったら……私がその相手を務めさせてはもらえませんか?」
「エヴァちゃん――うん、ありがとう! 院ちゃんが来られないのはちょっと残念だけど、二人で遊ぼう!」
 そうしてエヴァに笑いかけるも、やはりどこか礼安は無理をしているようであった。

 旅館から離れ、電車に揺られる二人は目的の駅で降りる。その駅近くにあるのは、埼玉の中でもひときわ大きいショッピングモール。五階建てのモールであり、中には食料品、スイーツ店、服飾店などのオーソドックスなものを始めとして、巨大なゲームセンターや映画館などもある、一日で全店舗を制覇しきるには少々骨がいるほどの広大さを誇る。
 しかしこれだけまともなショッピングモールであっても、学園都市内のショッピングモールの大きさにはなぜか及ばない。なぜか。
 二人は手を繋ぎつつ、最初に訪れた店はカジュアルな若者向けのお財布にも優しい服飾屋。その店ひとつで上下、アクセサリー類が格安で全て揃う、実に優れた店である。
 エヴァは自分の新たな私服を見つけるべく突入するも、礼安は首を傾げたまま。
「礼安さん? どうされました? 新たな服との縁を探しに行きましょう!」
「いや、私服自分で買ったことないんだ! だから勝手が分からなくて……」
「いやでもその服、相当レアリティが高いというか……」
「??」
 理解していない様子の礼安。失礼して礼安の背部にあるタグを見ると、それはまあエヴァにとって衝撃の嵐であった。
 今着用している衣服、その全てが礼安の事情を知っている人間によるハイブランド贈答品ばかりであるのだ。その人物は信一郎と院の二人。
 しかし本人が酷く気にするため、高いものは着ない宣言。なぜなら万が一破いた際申し訳なくなるから。だがあらゆる服飾事情を知らない礼安をいいことに、礼安の服は全て一点もの。お値段も常人なら目玉が飛び出るほどの値段ばかり。気付かずにハイブランド(かつオーダーメイド)ばかりを着こなす女子になっていたのだ。
(無意識でこんなお高い服ばかりを着こなすお嬢様なんですか礼安さん!?)
 どうも理解していない様子の礼安に、「その服全部著名なハイブランド・オーダーメイドものだよ」なんて言える鋼の心臓はエヴァにはない。なぜなら礼安の人となりを分かってしまったため。それに親心、姉妹心を理解してしまったため。
「――安心してください礼安さん、私がコーディネートします。何種類でもやってみせますとも!!」
「本当に!? やったぁ、今日が服のショッピングデビューだ!」
 その発言と振る舞いを見てしまったその店の店員さんが「マジかよ」と言った目で驚愕していたため、礼安が無邪気に喜んでいる中エヴァは必死にジェスチャーで協力を願った。
(お願いします店員さん!! この無邪気純朴つよつよお嬢様のコーディネートを手伝ってくれませんか!?)
 新人店員はどうも困惑していたものの、そのエヴァの決心を無駄にできるほど、ベテラン店員は外道ではなかった。腕を組んだ貫禄のあるベテラン男性店員が前に出る。
(――分かりました、そこなお嬢様のコーデ選択、この道三十年の綾部が務めあげましょう)
 かくして、何十着もの試着を重ね、礼安に似合う服探しが始まったのだ。

 その店ひとつで激闘(?)すること数十分。上下コーデでしっくりくるものが二種類。アクセサリー数点を購入し、二人は店を後にした。礼安に隠れ、エヴァは男性店員と握手を交わした。数十分の激闘を互いに称え合う形であった。
 丁度おやつ時、昼三時も近かったため、礼安たち二人はフードコート内でスイーツショップに立ち寄ることに。アイスクリームチェーン店の中でも、特に大手。何十種類ものフレーバーが楽しめて、老若男女問わず人気の店である。
 しかし最後の最後まで礼安はステーキ屋に行こうとしていた。
「お肉食べたいよー!!」
「駄目ですよ礼安さん! 監督不行き届きとして院さんに私が怒られてしまいます! 正直ご褒美な気もしますがそれは置いておいて! 高校生なのに駄々をこねないでください! あっすみませんごめんなさい周りからの目線が痛いですしお肉は後にしましょう旅館でもいっぱい食べられますし!!」
 悶着の内容が高校生ほどの年齢の人間が起こすものとは到底思えなかった。
 ぱちぱちと口内で弾け回る飴が入ったアイスを嬉しそうに食べるエヴァと、不服の意を現在進行形で感じられるほどむくれながら、カップに入ったシングルアイスを、スプーンでおとなしくちびちびと食べる礼安。
 先ほどの駄々こねがギャラリーを呼び、しかも数日前の案件を納めた当事者であることが発覚したため、どうも複雑な空気感となっていた。「こんな子供っぽい人だったんだ」という声や、「何でそんな有名人がここに」と言った声が秘かに耳に入って来ていた。
「エヴァちゃん、私たち有名人っぽいね」
「それはそうでしょう! 我々かなりの騒ぎになっていた案件を、大勢の衆目に晒された中解決したのですから!」
 しかし、礼安は何とも言えない表情であった。それは、有名であることに興味を抱いていない、そう思える態度であった。
「――礼安さん、なぜ有名であることを誇らないんです? 結構この英雄と言う立場自体、有名であることを誇る方が圧倒的多数ですが……」
 アイススプーンを鼻下で挟み込んで、天井を見つめる礼安。
「……私、英雄として有名であることに、あまり意味は無いと思うんだ。だって英雄はこまっている人を助ける存在じゃあない? 私は有名人になりたくて、お金稼ぎたくて英雄になりたいわけじゃあないんだもん。肩で風切って、力をひけらかしていばって歩く人になりたくないなぁ」
 自己犠牲、滅私奉公の極みに位置する存在、それこそが礼安。そこに金や名誉など、介入する余地はないのだ。どれだけ自分を高めようと、それはまだ見ぬ『誰か』のため。こんな綺麗ごと、礼安でないとそうでないし、例え誰かが仮に語ったとしても「嘘だ」として鼻で笑われるものである。
 しかし、礼安はそのただの絵空事を、人によってはもっとも利の出ない自己犠牲を、自分の歩む道として提示したのだ。
「――失礼しました、貴女はそう言う方ですよね。何だか……安心しました」
「??」
 分かっていない様子の礼安に、悟ったエヴァ。常人とは何ステップも違った世界に存在する彼女に、常人の感覚など理解できないのだ。金銭目的や、名誉目的で動く常人とは永遠に相いれない、まるで人間を愛玩する上位存在かのよう。
 いつか、この礼安の崇高な考えも、第三者の手によって、これからの人生の内どこかでねじ曲がってしまうのではないか、そんな危機感すら孕んでしまうほどの絵空事でありながら。しかし、エヴァはそんな礼安の異常性に多少惹かれている節があるのだ。
 エヴァもまた、そういった『気』があるためである。
「――なんか真剣な話しちゃった、ごめんね! 私あまり甘いものが得意じゃあなくて……甘さ控えめの奴頼んだんだ、結構おいしかったしエヴァちゃんも食べてみる? ほら!」
 先ほどの多少重たい空気を振り払うかのように差し出された、礼安のアイススプーンに乗せられた小納言あずき。それ即ち、恋人同士でない限り少し恥ずかしがる間接的なキスを意味している。
 そんな超次元なこと、今のエヴァには反動がきつすぎる。
(そそそそそんな多少真剣な話の後にまさかのらららら礼安さんからのかかかっかかかかあかっか間接Kiss!? オーマイゴッド、そんなアルティメットご褒美を!? 鼻血出るでアカンて!! 今まで生きられて有難う! こんなご褒美を用意してくださるなんて神は最強かマジで!! エヴァ・クリストフ、こんな幸せ続くなら一生ついていきます神様ァ!!)
 もはやどこの国籍の人か分からなくなるほど、心の中で独白(という名の限界オタクの叫び)を繰り広げながら、何とか口にするエヴァ。その表情は脂汗を多量に掻き、目玉もひん剥いた元の美貌が帳消しになるほどの残念フェイス。
 急な無自覚間接キスは、限界オタクをダメにする。これは礼安らを除いた、唐突な百合現場に遭遇してしまい、エヴァ同様鼻血が出てしまう一般市民全員が抱いた教訓である。

 その後、エヴァと礼安はサインや握手などを複数人から求められ、もみくちゃになりながらもショッピングモールを後にした。緊急サイン・握手会を行っていた影響で、気づけばもう夕方六時にまでなっていたのだ。
 あまりにサービス熱心な礼安たちの影響で、そのアイスショップや服飾屋の売り上げが鰻上りだったらしく、店主や店員に偉く感謝されたのだった。連絡先すら渡されるほど感謝されたのは初めてのことであった。
 すっかり夜の帳が降り始める中、二人は帰りの電車に揺られる。
 そんな中、礼安は口を開いた。その内容は、旅館を出る前に胸中にあったもやもやそのもの、つまるところチーティングドライバーが煽り立てる『復讐心』についてだった。
「――エヴァちゃん、『復讐』って何も生まないはずなのに……何で人は『復讐』したがるんだろう」
 その実に無邪気な問いに、エヴァは黙ってしまった。
 その理由は、答えられるほどに人生経験がないから、と言うのもあるが、礼安に語ってそれが十割伝わるとは思えなかったためである。通常の人間よりもより異常≪イレギュラー≫な考えを持つ礼安に、通常育っていく中ほぼすべての人間が持ち合わせる『普通』のひとつである誰かを恨み憎む心が、理解できるとは思えなかったのだ。
「……なぜ、急にそんな問いを?」
「いやね、あの救護班の人が……チーティングドライバーを持つ人は『復讐心』に支配されている、って言うんだ。もし理解できるなら……私はその人たちもしっかり救いたい。ただ倒して終わり、なんて乱暴なことしたくないんだ」
 あの時も。礼安がフォルニカを下した際、必殺技で攻撃したのは彼の核たる『罪の意識』。当人の怪我より、自分が負った怪我の方が圧倒的に多かった中、結果的に礼安はフォルニカを倒したのだ。
 その以前に、フォルニカがもつ悪意の裏に隠された真意を暴くために、礼安の第六感を使用したが、それ以外に礼安はこれと言ったアクションを行っていない。
「――私が思うに、誰かよりも上の立場になりたい、そう言った欲こそ、誰かを憎む、誰かを妬むどろどろとした負の感情が生まれる要因だと思います。人間、礼安さんのように出来た人ばかりではないので……結果的に『復讐』を縁≪よすが≫とするんだと思いますよ」
 そのエヴァの答えに何か異を唱えるでもなく、電車の窓から見える夜景をぼう、と眺める礼安。
 この問いに、正解は無い。復讐がなにも生まないという綺麗ごと自体それは正解だろうし、その後の達成感を求めるが故に復讐する、それもまた正解である。
 結局のところ、人間が生存し続ける限り、復讐はどこにでも存在する、ありふれた人間の感情のひとつであるし、永遠に拭い去ることのできない、人体に一定数常に存在し続けるがん細胞そのものなのである。
「――一番近しい正の感情は……恐らく『憧れ』。それからより深い依存度まで行くと『憧憬』。これ以上話すと私でもよく分からなくなる、深く難しい話にはなりますが……表裏一体なんです、正の感情と負の感情というものは。どちらにでもなる可能性はいくらでもある、実に難儀な物なんです」
「『憧れ』、かぁ――」
「なにかになりたい、なにかを成したい。それは礼安さんの中にも確かに渦巻いている、どんな人にでもある健全な感情です。礼安さんは英雄になりたい、私はそんな礼安さんたちのような英雄を支えたい、結局はそんなものなんです」
 感情が向く方向がプラスかマイナスか。礼安はプラス方面へ振りきれた、ある種いかれている存在。透は礼安に諭されるまで、マイナス方面へ傾きつつあった。そしてフォルニカはマイナスに振りきれた、その確たる例。凄絶ないじめによって精神がすり減った結果、大量殺人、その後『教会』に仇名す存在の掃除人≪スイーパー≫と言う罪を犯した。
「――なんか、少しだけ分かった気がするよ、エヴァちゃん」
「……それなら、何よりです礼安さん」
 その二人の哲学に似た問答は、目的地に到着したことで終了する。難しいことは深く理解することすらできないものの、ほんの少しだけ断片に触れられたような気がする礼安であった。

 その晩。旅館では子供たちの復調祝いとして、飛び切り豪勢な食事が振舞われた。旅館の女将や料理長も、英雄側に全面協力しているため、こういった採算度外視の料理を振舞ったり部屋を提供したりすることに一切の異論がないのだ。
 礼安は「ようやくお肉が食べられるー!!」とあからさまに喜びを露わにしていた。アイスショップではそんな反応なかった、と改めて『お肉』の偉大さを認識するエヴァ。そしてそんな二人をたしなめる院の、黄金比率を満たすいつものやり取りが繰り広げられていた。
 今まで治療に専念して最低限の食事で済ませていた救護班の面子も、今晩ばかりは、と旅館側の厚意を受け入れざるを得なかった。透が何とか連れ帰ったこと含め、自分たちによる手柄を喜ばない、と言う選択肢はなかったのだ。
 しかし、礼安だけは「肉だ」と喜んでいたのにも拘らず、その食事自体に何かしらの違和感を覚えていた。
(何だろう、お肉大量で嬉しいはずなのに……お料理に変な靄を感じるというか……気のせいかな??)
 礼安の第六感が働く理由が分からないまま、三人は明日に帰郷する準備を整え、その日は早めに就寝した。
 いや、就寝せざるを得なかった、と言った方が正しかった。不可解なほど、睡魔が襲い掛かる。その異常性に院が気付いたものの、時すでに遅く。救護班含め、礼安たちは早々に眠りについたのだった。

 しばらく時間が経過し、数時間経過。未だ朝日が顔を出さない午前三時ごろ。院は重い体を何とか起こす。食事の不可解な点に眠ってしまう寸前に気付いたために、この状況を重く捉えていた。礼安、エヴァを揺り起こし、何とかデバイスを手に持ちながら戸を開ける。
 深夜帯、と言うこともあり、廊下は不気味なほどに暗く静寂に包まれている。しかし、その静寂を打ち壊すかのように、なにかを切り裂く音が断続的に遠くから聞こえている。
 体の各機能が全く持って働かない中、礼安は理解してしまった。それと同時に駆り立てられるように即席救護室の方へ向かっていく。
 それと同時に、院とエヴァも、礼安の血の気のひいた表情が見えてしまったがためにともに走るしかなかった。脳内に過ぎる、まさかの可能性をすぐに払しょくしたいがために。
 しかし、現実は非情である。思ったようにいかないことの方が圧倒的に多い。平穏というものは、案外すぐに壊れてしまうものである。
 礼安たちの目の前に立つ存在が、寝ぼけていた礼安たちを覚醒させる。
 まだ九歳ほどの透の家族の一人が、救護班の死体の中心にたたずんでいたのだ。部屋中に多量の血が付着し、もはや二度と人に貸すことのできないほどに血肉の臭いが染みついてしまいそうであった。それほどまでに、紅の世界であった。
 そうして、明らかに巻き込まれた結果そこにいた、のではなく、当人がそうしたとしか思えない。本人の返り血や、歪んだ笑みが全てを物語っていたのだ。
「何、で――??」
 チーティングドライバーを装着した男の子は、礼安たちの目の前でけたけたと笑う。声は、どこかで聞き覚えのある人を嘲笑するような低い声であった。
「えー、お久しぶりでございます英雄方と武器の匠。埼玉でのつかの間の平穏、お楽しみいただけたでしょうか。そろそろ……絶望の時間と相成りました」
 その子供の肉体をしたグラトニーは、チーティングドライバーを再起動。
「準備、なさった方がよろしいのでは? 次は……我が身かもしれませんよ??」
『Crunch The Story――――Game Start』
 子供を包み込む禍々しい魔力。瞬時に霧散し、そこに現れたのはあの校庭で見たグラトニーの怪人体。礼安たちは理解が追い付かなかったのだ。
 それでも、体は動いていた。
 瞬時に礼安はドライバーを装着し、『アーサー王』のライセンスを認証、装填する。
「変身!!」
 無から装甲が生まれ、礼安を一瞬で包み込む。それと同時にエクスカリバ―を顕現、怪人体に斬りかかる。
 しかし、怪人体の寸前で攻撃は固い何かにぶつかったように止まってしまう。そこには確かに存在しないはずの『何か』が、礼安の攻撃を許さない状態にあった。
「何で……何で!?」
「これくらいで理解できなくなったのなら……それは幸せ者ですねえ」
 声のみのグラトニーは礼安をそう嘲ると、辺りから何かが動く音が聞こえた。その音の方向は、間違いなく旅館内部の方であった。そう勘付いた瞬間、院たちは血の気が引いていた。
 あれだけ、笑顔で応対してくれていた旅館の人間が礼安たちに包丁などの凶器を手に逃げ場を無くしていた。目は血走り、息遣いは酷く荒い。正気など一切感じさせない、まさに意志無きゾンビのよう。
 何とか脳をフル回転させ、院は一つの結論に辿り着く。
「礼安!! 逃げますわよ!!」
 絶望の淵に立たされた礼安は院の声で何とか正気を保ち、エヴァと院の先導で自室で荷物を抱え、旅館天井を派手に破壊。礼安はエヴァを抱え瞬時にその場を去るのだった。
 礼安たちは理解などできないまま、出来る限り距離を離すこと以外にできることは無かった。

 変身を解除する子供、それと同時にライセンスが灰となり消える。
「――やはり、使い捨てのものだと耐久性に難がありますね。何でもインスタントなものに頼るとこうなる、悪い見本としていい例でしょう」
 女将を始めとした旅館の人間ら全員は分かりやすくゴマをすり、あまたの死体の上に座る子供に薄気味悪い笑みを向けていた。
「いやはや……邪魔者を排除したら言い値をそのままポンと支払ってくださる約束なんて……そう簡単にできる契約ではありませんよ、グラトニー様」
 子供の肉体を借りたグラトニーは、死体の山にて足を組み変える。それと同時に、未だ病床で意識回復まで時間のかかる、他の六人の子供たちを見やる。
「――まあ、計画はハナから順調です。最近どうも勤務態度に難のあったあの二人にも合法的に『クビ』にさせてもらいましたし……一石二鳥という奴ですよ」
 旅館の人間から差し出されたのは、今まで提供されなかった如何にも高級そうなワイン。グラス一杯まで注ぎ、それを一息で飲み干す。子供の肉体ながら、アルコールによるふらつき等は一切ない。
「――やはり、チーティングドライバーは素晴らしい。こういったアルコールの分解速度など、あらゆる能力が異次元なほどに高められるので……貧弱な子供の肉体でも余裕でスピリタスのラッパ飲みすらできますよ」
 不思議と巨大に感じる満月。それが子供の肉体を借りたグラトニーを照らす。その表情は、とても恍惚に歪んでいたのだった。
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登場人物紹介

瀧本 礼安≪タキモト ライア≫

「誰かの『助けて』って声が聞こえたなら、そこに現れるのが私! 私たちが来たからにはもう大丈夫、安心していいよ!」

性別……女子

年齢……十五歳

年次……英雄学園入学前→『英雄≪ヒーロー≫』科・一年一組

血液型……AB型

髪型……水色セミロング

因子……『アーサー王伝説』よりアーサー・ペンドラゴン

欲の根源……『赤の他人も友達も、総じて守るため


 自他ともに認める、究極のお人よし。

 過去自分が受けた災難を他人に経験してほしくないために、困っている人に迷わず手を差し伸べることのできる、揺ぎ無い正義感の持ち主。学園から支給されたデバイスドライバーをほぼ初見で扱った、イレギュラー的存在でもある。

 それには多少なり理由があり、現トレジャーハンターでもある父親が元々英雄で、幼いころから触れていた点にある。

 彼女の中にある因子は、『アーサー王』。

 アーサー王自体が持つ高いポテンシャルと、礼安の持つ天性のバトルセンスによって、強さが上位のものとなる。使用武器は様々であり、その場に応じた多種多様な武器を持つ。

 彼女が戦う理由は、『赤の他人も友達も、総じて守るため』。

 お肉とゲームが大好き。それでいて栄養が大体一部に行くのと、動きやすい引き締まった体形をしているため、少なからず疎ましく思う人間はいる。本人曰く、『太らない体質』だそう。


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エヴァ・クリストフ

強い意志がある限り、『武器の匠』として仕事をするだけさ

性別……女子

年齢……十六歳

年次……『武器≪ウエポン≫』科・二年一組

血液型……AB型

髪型……金髪ロング

因子……刀鍛冶師・『村正

欲の根源……『???』


 この世界における、あらゆる武器のメンテナンスや製造が可能な『武器の匠』≪ウエポンズ・マスタリー≫。

 両親から継承し、若くしてプロ英雄たちの武器の面倒を見ている。そのため多くのプロ英雄たちは彼女に頭が上がらない。

 しかし同時にかなりの変態。この世に遍く存在する武器たちや、英雄の中でも女子や女性をこよなく愛しており(無論一般人含む)、所謂レズビアン。

 そのため、男がいるか、あるいは新たな扉を開きたくない女性は、こぞって彼女から距離をとる。本人はそろそろ変態気質を治そうとしているものの、一向に治る気配はない。何なら礼安たちの影響でもっと酷くなった。

 過去のトラウマから、男性と銃が大の苦手。彼女から語ってくれるときは、もう少し先になりそう。

 普段は非戦闘員であるが、親から受け継いだ『鍛冶屋の小槌』を使役し、辺りの無機物や有機物を武器として扱うことが可能。そのため、並の英雄よりも戦える。

 実はかなり頭脳指数が高く、作戦立案もできるほど。眉目秀麗さも合わせ、初見時の印象は普通ならとてもいい。普通なら。作中の女性キャラの中でも、屈指の『ナイスバディ』であり、主要キャラの中で一番『デカい』。僅差で次点は礼安。

 武器科でありながら、自分の開発した『デュアルムラマサ・Mark3』を用いて変身することが可能。厳密には英雄ではないため、変身時の掛け声が唯一異なる。

 アメリカンな大盛り料理、バーベキューが大好き。元々アメリカ出身のため、そういった豪快な食文化に慣れた結果。しかしそれよりも大好きなものは女子、女性を食べること。食人ではない。


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真来 院≪シンラ カコイ≫

「王の御前よ、道を開けなさい!!

性別……女子

年齢……十五歳

年次……英雄学園入学前→『英雄≪ヒーロー≫』科・一年一組

血液型……O型

髪型……クリムゾンレッドのショート

因子……『ギルガメッシュ叙事詩』よりギルガメッシュ王

欲の根源……『己の誇り(礼安や、礼安の好きな場所)を護るため


 礼安とは腐れ縁のようなもの――と言いながら、早十五年。長い間礼安の側に居続ける、礼安にとって大事な存在。

 日本を代表する真来財閥の長女で、次期当主として家を背負う人間でもある。お嬢様言葉が崩れたようなラフな口調をよくしている。まあだいたい礼安のせい。

 礼安をとりわけ大事に思っており、少々過保護な面が垣間見える。しかし律するときはきっちり決めるため、周りからの人望は礼安同様厚い。本人はお人よしではない、と語っているものの、礼安ほどではないにしてもお人よしであり、おせっかい焼きである。見ず知らずの人間に対してもかなりのおせっかい焼きであるが、礼安が関わるとお母さんのようになる。

 彼女の中にある因子は、『ギルガメッシュ』。

 まだ力を制御しきれはしないものの、入学前の生徒としては異例。弓を主に使い、トリッキーな戦いを得意とする。

 彼女が戦う理由は、『己の誇り(礼安や、礼安の好きな場所)を護るため』

 実は、礼安と院は幼馴染ではなく、家族関係にある。礼安と同様、亡くなった母親に対して尊敬の念を抱いている。今は礼安の精神の安寧を保つため、父である信一郎と共に礼安のメンタルケアを行っている。

 大分スレンダー体型であるため、礼安の『一部分』を時たま羨ましく思うときがある。礼安はそんなありのままの院を「可愛い!」と語るが、院はそんな礼安を見て「私の礼安は私なんかよりももっと可愛い!!」と親バカ(?)っぷりをいかんなく発揮する。

 甘いものが好きで、礼安とそこ辺りの好みが合わないことが悲しいらしい。


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天音 透≪アマネ トオル≫

「俺が、最強だ!!

性別……女子

年齢……十五歳

年次……英雄学園入試主席入学→『英雄≪ヒーロー≫』科・一年一組

血液型……AB型

髪型……黒ベースに黄色のメッシュの入ったショート

因子……『西遊記』より孫悟空

欲の根源……『特になし』→『自分で自分を守れない、弱い奴を従えて誰も傷つかない世を創る


 英雄学園の一般入試を勉学方面、実技方面両方でほぼ満点をたたき出し、主席として新入生生徒代表である生徒。入学前時点での強さは、礼安と同格であった。

 しかし、礼安と院両人が神奈川支部との一件を経て、圧倒的な強さを得た上に、学園長の実の娘であることが発覚してから、『恵まれた存在』として両人を敵視していた。

 埼玉県内のスラム街出身であり、自力で生きる術を身に着けているため、家事能力や自分より下の年齢の子供の世話はお手の物。実際、血縁関係こそないものの、『ホロコースト事件』により両親を失った子供たち数名を疑似的な家族として匿って世話していた。

 埼玉支部(特にそこの支部長である、コードネーム・グラトニー)とは並々ならぬ因縁があり、元々はある程度恵まれた家庭であった天音家を、グラトニー自身の逆恨みによって崩壊させられたため、最初は殺意混じりに敵対していた。

 『勝気少女』編で礼安やエヴァから『英雄』としての心構えを説かれ、グラトニーへの復讐をすることは変わらなかったが、生きて罪を償わせる選択を取った。その際、敵対視していた礼安と完全に和解し、協力し合って埼玉の平和を勝ち取った。

 主要キャラ内で最もスレンダーであり、圧倒的モデル体型。貧困生活を送っていたため、贅肉などは無く、一番『小さい』。一人称も『俺』。弟妹達を食って行かせるため、厳しい世を若い中で渡り歩いてきたため、肝はかなり据わっている。

 側近である『剣崎奈央≪ケンザキ ナオ≫』と『橘 立花≪タチバナ リッカ≫』とは、同じスラムで育った幼馴染。二人が武器科に移った後も、弟妹たちと共に食事したり、遊んだりしているらしい。

 埼玉での一件が片付いた後から、礼安に対しては尊敬の念とほんのちょっぴり好意的な目を向けている。

 院と同様甘いものが好き。埼玉支部との一件後、二人でスイーツ巡りをしたり、可愛いものを集めたりしているらしい。


※設定アイコンはイメージです

丙良 慎介≪ヘイラ シンスケ≫

「英雄の時間≪ヒーロータイム≫と、洒落こもうか」

性別……男子

年齢……十六歳

年次……英雄学園入試主席入学→『英雄≪ヒーロー≫』科・二年一組

血液型……AB型

髪型……ダークブラウンのベリーショート

因子……『ギリシャ神話』よりヘラクレス

欲の根源……『???


 英雄学園東京本校にて、座学実技共に好成績を収めた、そんな一握りの存在が持てる『仮免許』を持つ、英雄学園の中でもかなりのエリート。

 一般人からの認知度も、英雄の中での知名度も高く、さらに立ち居振る舞いに嫌な点が見つからない、好青年の極み。そのため、両性から人気がある。決め台詞内の『英雄の時間≪ヒーロータイム≫』は、今は亡き丙良の先輩の決め台詞であった。

 かつての一年生時代に、入学前の生徒が見学していた丙良の先輩との実習授業内において、神奈川支部の襲撃が発生。その時点の未熟な力ではヘリオをはじめとした面々には敵わず、丙良は深い傷を負った。さらに丙良が庇われた結果、丙良の先輩とその入学前の志望生徒二人が目の前で皆死亡。

 首席で入学したから、と言って世の中は甘くない、さらに自分が敵わない存在などごまんといることに辟易した丙良は、ふさぎ込んでしまった。誰かと深く関わることで、その誰かが亡くなった際の精神ダメージを、もろに食らうことを恐れた結果、後輩や先輩、同級生において、深く関わる存在は実に少なくなってしまった。現時点において、彼と同級生で深い関係にあるのは、エヴァと信玄(『大うつけ者』編時点)のみ。

 しかし、神奈川支部との一件の中で、狂気的なほどに勇敢な礼安、そしてその礼安のお目付け役である院との出会いで、保守的な考えが一部改まっていく。『大うつけ者』編時点において、後輩内において深い関係を築き上げたのは礼安、院、透の三人となった。

 彼の中にある因子は、『ヘラクレス』。主要キャラ内で、最も防御力が高いため、より堅実かつトリッキーな戦いを好む。礼安とは能力的に相性が悪いと思われがちだが、『砂鉄』を操る能力を用いれば電気と土は共存できる。

 好物はピザ。特に安定と値段重視のマルゲリータ。

 礼安たちの『微笑ましいやり取り』に、一切介入しないようにしている。


※設定アイコンはイメージです

瀧本 信一郎≪タキモト シンイチロウ≫

「只今より、怪人○○の処刑を執行する」

性別……男子

年齢……五十歳

年次(?)……『原初の英雄』→私財を投じ『英雄学園東京本校』設立、同タイミングで学園長就任

血液型……AB型

髪型……紫色のロングを後ろで雑に束ねた雑ポニーテール

因子……『???

欲の根源……『???


 世に『英雄≪ヒーロー≫』の概念を生みだした張本人であり、世界を股にかけ自分の気に入った変なもの……もとい聖遺物を収集するトレジャーハンターでもあり、英雄学園東京本校学園長をはじめとして、世界中に様々な分校を作り名誉学園長となった、日本を代表する『原初の英雄』。

 現役時代、その圧倒的強さから『処刑人≪スィーパー≫』とまで語られる男である。

 しかし、今はその尖った異名などどこへやら、子煩悩かつ常時柔らかな笑みを絶やさない、柔和な人物に。五十歳とは思えないほどにしわが存在せず、全てを知らない人が彼を見たら二十代と空見してしまうほど。

 学園生徒と分け隔てなく接しているものの、実の娘である礼安と院に関しては目に見えてデレデレ。尋常でないほどの学内通貨をお小遣いとして支給している。週一のペースで。

 今も、来たるべく災厄の可能性を鑑みて、修行は怠らないようにしているものの、現役時代よりは戦力ダウン。本人はそれを酷く恥じている様子である。

 その理由が、何より礼安と院の母であり、信一郎の妻を亡くしたことに起因している。もう大切な存在を亡くしてしまわないように、いざというタイミングで自分も動けるようにしているのだ。

 他の英雄と異なり、デバイスドライバーの祖たる『デバイスドライバー・シン』を用いて変身する。デバイスドライバーと比べるといわゆるプロトタイプに位置するモデルだが、実際の出力量はデバイスドライバーの百倍ほど。力の暴走などのリスクを完全に取り払ったがゆえに、ニュータイプでありながらパワーダウンしている。『シン』は現状、信一郎以外に扱える者は完全に存在しない。

 今まで、数多くの事件を単独で解決してきたのだが、日本中を震撼させた『とある事件』は何者かと共に戦い勝利したらしいが、その人物は不明。

 ちなみに、それほどの功績を残しておきながら、生徒たちにはまあまあなレベルでイジられている。特に、一昔前の学園ドラマの熱血教師を夢見るがゆえに、時代錯誤とも思えるシーンを実現させたいと、本人は試行錯誤している。しかし生徒たちは「そんなの今のご時世ありえねー」と白眼視。透もその一人である。しかしそのイジリを本人も仕方ないと容認しているため、特に問題はない。


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