第19話 二人だけの秘密

文字数 3,363文字

 部屋に戻っても眠れなかった。自然に手は性器へと伸びていた。俺は初めて自分で自分の物を慰めた。やり方なんてわからなかった。それが自慰行為だともわからなかった。気が付けば俺は、パジャマを着たまま、布団を股に挟んで腰を振っていた。
 ヒロ姉ちゃんの両腕の間で揺れる白いおっぱいが目に浮かび、ヒロ姉ちゃんの叫びにも近い大きな声が耳の奥で何度も聞こえていた。
 その声に合わせて「ヒロ姉ちゃん、ヒロ姉ちゃん」と小さく声を出しながら、布団に何度も股を擦り付けた。徐々にそれは激しさを増し、ヒロ姉ちゃんの悲しそうな目が脳裏をよぎり、熱い物がビュッと溢れ出た感じがした。ものすごい勢いで快感が体中を巡り、やがて脱力感に包まれた。それが生まれて初めての射精だった。
 パンツもパジャマも俺の体から出たもので汚れていた。何ともやりきれない罪悪感と虚しさが俺を支配した。濡れた下着もそのままに、起き上がる気力さえ失っていた。あまりに一度に多くを経験した俺はもう何が何だかよくわからなかった。ただとても淋しかった。とても孤独だと感じた。
 結局眠れないまま外が白み出した頃のこと。
 カタンと小さな音がして部屋の扉が開き、誰かの気配がした。なんとヒロ姉ちゃんだった。俺は慌てて布団を被って眠っているふりをした。
 ヒロ姉ちゃんはベッド脇に立ち、俺の方を見てやさしい声で言った。
「修坊? 起きているんでしょう?」
 俺は静かに目を開けた。
「わたしもそこ入れて。肌寒くって」
 そう言いながらヒロ姉ちゃんは俺の寝ている隣にすっと滑り込むように入って来た。
「修坊、見たのね?」
 何も答えられなかった。
「いいの。いいのよ。気にしないで。ごめんね」
「ヒロ姉ちゃん」
 涙が零れた。なぜ泣くのかわからなかった。涙は止まらなかった。そんな俺をヒロ姉ちゃんはやさしく胸に抱きしめてくれた。おっぱいがやわらかくて温かい。
「泣いてくれるの? わたしのあんな姿見てショックだった? ごめんね」
 ヒロ姉ちゃんはぎゅっと抱きしめて子供をあやすように頭を撫でた。とってもいい匂いがした。やがてヒロ姉ちゃんの体全体から溢れ出したやわらかくて甘い空気が俺の体をすっぽりと包み込む。
 すると不思議なことに俺の性器は心とは裏腹にすぐに硬くなった。これではあいつと同じだ。俺はやっと気付いた。父、そうだ、もっとも美しいものを汚す、あのけだもののような親父だ。一番きれいなものはヒロ姉ちゃんで、一番醜いものは親父だ。
だから、だから、絶対に汚してはならない。それなのに、それなのに俺は……。
 彼女の少し冷たいふとももにそれが当たる。ヒロ姉ちゃんはその変化を見逃さない。俺はすぐに腰を引いて体を離そうとした。
「修坊も中学生、いつのまにか大人になろうとしているのね」
 俺はやわらかいおっぱいに顔を埋めたまま、耳まで真っ赤になる。俺の頬っぺたに、下着も着けていないヒロ姉ちゃんの硬い乳首が当たっていた。
「恥ずかしがらなくていいのよ。わたし修坊が可愛くってしかたがないんだもの」
 性器はさらに硬さを増す。もう言い訳もできない。ヒロ姉ちゃんの左手が触れた。
 じーんと快感が走る。なんとその手がパンツの中に入って来た。一番敏感なところに触れる。ぞくぞくっと電気が走る。あっと思ったその瞬間、俺はまた出してしまった。それもヒロ姉ちゃんの手に。
 ヒロ姉ちゃんは何も言わず、体を起こして、毛布をめくり、俺のパジャマとパンツを脱がせた。
「これはもうおチンチンじゃない。立派なペニスよ」
そして精を吐き出したばかりのぴくぴく震えるその先にやさしく口付けした。
「あっ、ダメ」
「いいの。気にしないで。きれいにしてあげるね」
 完全に大人になりきっていない俺のペニスの先端は、その半分が皮に覆われていて赤い亀頭が顔を覗かせていた。
 彼女はその皮を丁寧にめくると「ああ、これは……、ちょっと待っててね」と言って部屋を出て行った。ひんやりした春の早朝の空気にさらされた下半身が少し寒かった。すぐにヒロ姉ちゃんは小さな茶色い瓶を持って戻って来た。
「痛かったら言ってね」
 そう言いながら、再び俺のペニスを左手で軽く握った。冷たい空気に晒されて縮んだそれは、一瞬で息を吹き返したようにまた硬くなった。俺はただ恥ずかしかった。
「うふふ、やっぱり若い」
 ヒロ姉ちゃんはやさしく笑いながら、ゆっくりと右手で皮を捲る。
 そこには白っぽいぶつぶつがびっしりと付着していた。初めて見るそのぶつぶつはもしかしたら何か悪い病気なのではないかと不安にさせた。その俺の表情を見て、「大丈夫よ。心配しないで」とやさしく言った。
 彼女は持ってきた茶色の小瓶のキャップを外した。キャップにはスポイドが付いていた。彼女は中の液体を吸い上げてその白いぶつぶつに数滴垂らした。
「オーガニックオイルよ。お肌にいいの」
 そして綿棒でやさしく擦る。するとその白っぽいぶつぶつがまるで皮が剥がれるようにぽろぽろと取れ出した。そのあまりの気持ちよさにもう破裂しそうなほどだった。
「ヒロ姉ちゃん……」
「なあに? 恥ずかしい? でも清潔にしないとダメよ」
「ま、また出そう……」
「え?」
「出るっ」
「ちょ、まっ、わぁ!」
 その瞬間、ちょうどペニスを覗きこんでいたヒロ姉ちゃんの顔にモロにかかってしまった。俺はまた泣きたくなった。自分がすごく汚らしい人間に思えて仕方がなかったのだ。けどヒロ姉ちゃんはどこまでもやさしい。
「元気いいわぁ。でもそんな悲しそうな顔しないで。みんな同じ。修坊だけじゃないの。大人になるってこういうことよ。それにね、姉ちゃん知ってたの。前々から。修坊の下着を洗っているのはわたしよ。たぶん眠ってる間に出ちゃったのね。今までの汚れ方と違うってすぐに気付いた。でも嬉しかったわ。修坊も少しずつ大きくなっているってわかったから。だから恥ずかしがることじゃないの。それにね、これは絶対に汚くなんてないのよ。神様のくださったご褒美よ。そんなに自分を責めないでね」
 ヒロ姉ちゃんは頬っぺたにべっとりと付いたそれを手で拭いて、その指先を鼻に当て、「うん、とっても健康な男の子の匂いだ!」と元気よく言った。
「こんな僕のこと、嫌いにならない?」
「なるもんですか。前よりももっと好きになったわ」
 にっこりと微笑みながら俺の頭をやさしく撫でる。その微笑みは、羞恥心も罪悪感も、不安さえも、そのすべてを包み込む。俺は心から彼女のことが大好きだった。彼女はこの世界で唯一無二の穢れ無き天使のような存在で、この瞬間、俺は彼女をこれから先もずっと守ろうと決心した。
 果たしてその決意が彼女に伝わったのかどうかはわからない。ただ彼女は俺にこう言った。
「わたしね、この家に来て、いろいろ辛いこともあったけど、でもね、修坊がいてくれてよかった。あなたといるとわたしとっても救われるのよ」
 それはぽっかり空いてしまった心の空白を埋めるためにお互いが利用しあっていたのかもしれない。でも人が心から支え合うってそういうことなんじゃないだろうか。
 だから「ほんとにありがとう、ヒロ姉ちゃん」と自然に言葉が口を突いて出た。
「ううん、いいの。さあ、これできれいになった。いつもお風呂でここ、ちゃんと洗わないと。それが大人の男としての身だしなみよ」と彼女は笑って答えた。
 俺のその〝ありがとう〟はここにいてくれてありがとう、と言う意味だった。もちろんヒロ姉ちゃんは、その言葉を、不潔な性器をきれいにしたお礼だと捉えたのかもしれない。
 でも俺はもう何も言わず、だまって部屋を出て行こうとするヒロ姉ちゃんの背中を見送った。ところが、部屋を出て行く寸前、彼女は振り返り、「このことは二人だけの秘密よ」とやさしく言った。俺はそれが何かしら含みを持たせる言葉だと思った。
 再びベッドに寝ころび、明けて行く窓の外をぼんやり眺めながら、さっきの夢のような出来事を俺なりに噛みしめていた。とても満ち足りていた。どうかもう俺の傍から離れないでください、と願っていた。
 でも、いろいろ辛いこともあったってなんだろう。ヒロ姉ちゃんが言った一言が心の中でずっと引っかかっていた。
                                   続く
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み