第5話 西日の当たる部屋

文字数 1,693文字

   3
 
 ――あれは……。
 都心からそう遠くもなく、それでいて静かな住宅街の一画にその家はあった。武家屋敷のような白い海鼠塀(なまこべい)がぐるりと周りを取り囲み、通りに面した大門はいつも閉ざされている。  
 わたしはその家に着くと、背伸びして横の小さな扉の呼び鈴を押す。するといつも同じ、お手伝いの姉さんが、「優子ちゃん、いらっしゃい」と、笑顔でわたしを出迎えてくれた。
 立派な家だった。コの字型に建てられた二階建ての木造家屋の中庭には、大きな錦鯉がたくさん泳ぐ池がある。池の真ん中に飛び石が置かれていて、わたしはそこでよく修二と二人、鯉に餌をあげて遊んだ。紅白や金色の高そうな鯉たちが、口をぱくぱく大きく開いて餌を食べる。修二はそっと池に指を入れると、鯉はその小さな指まで食べようとする。
「修二、やめて」
「怖いのかい? 大丈夫だよ。こいつら歯がないから、ゆうちゃんもやってみて」
「嫌よ。指食べられちゃう」
「ゆうちゃんは怖がりだなあ」
 そんな他愛もない時間のひとコマが思い出される。懐かしい。
 いいえ、違う。それじゃないわ。もっともっと大事なこと……。
 遠い記憶の淵に封印されていた出来事。今私は思い出した。
 そう、そうよ。強い西日の差し込む、あの二階の部屋。
 まだ五才のわたしと修二は二人だけの秘密の時間を共有していた。畳の、陽の当たった輝白色と影の部分の漆黒。そのくっきりとした陰影だけがやけに鮮明に記憶に残っていた。
「最初はグー、ジャンケンポン」
 わたしがパー、修二はグー。修二はいつもグーばかり出す。
 負けた修二は、何のためらいもなくわたしの目の前で半ズボンとパンツを一度に下げ降ろし、そのまま畳の上に脱ぎ捨てた。西日に照らされた修二の細い足は白く透き通っている。わたしの眼前に現れたのはかわいいおチンチンだ。恥ずかしくはなかったが、ただ何か収まりの悪いような、変な違和感を覚えた。そしてわたしはその芋虫のような修二のおチンチンには何の興味もなかった。
 ――あるのはただ……。
 わたしは修二に向かって少し意地悪く言った。
「ねえ、修二、いつものようにもうもうして」
「こう?」
 修二は四つん這いになってお尻をわたしの方へ向けた。
「うん。もっと、明るいところでよく見せて」
「うん……」
 修二のお尻の割れ目にあるその穴は、西日に照らされて白く光って見えた。かわいい子供のお尻の穴だ。わたしは不思議なものでも見るようにとても興味深くそれを見つめた。幼い心は、どうしてこんなにもお尻の穴を求めるのだろう。
「ね、さわっていい?」
「うん。いいよ」
 わたしはそっと人差し指で小さな穴に触れる。
「ダメ、くすぐったい!」
「じゃあこれでどう?」
 もう少し強く、わたしの細く小さな人差し指を中心に突き立てた。ところが引っかかってうまく中まで入らない。
「痛い!」
 修二が悲鳴を上げる。
「我慢しなさい」
「痛い、痛いよ」
「しょうがないわね……」
 わたしは人差し指を鼻に持ってゆくとほんのり甘酸っぱい匂いがした。その匂いをクンクン嗅ぐ。うっとりしそうな匂いだ。そのままぺろりと舐めて再び修二のお尻にずぶりと突き立てた。
「これでどう?」
 今度はするっと第一関節まで入った。痛くはなさそうだ。
「なんだかムズムズするよぉ」
 わたしはもう少し深くまで入れようとしたとき、急に修二が泣きそうな声を出した。
「どうしたの? 痛かった?」
「ううん、あのね、おしっこしたくなった」
「ええ! ダメよ。行かせない」
「ダメだよ。洩れそう」
「じゃあするとこ見てもいい?」
「いいよ」
 修二は下半身を剥き出しのまま部屋から出ようと襖を開けたその時だ。運悪くヒロ姉さんと鉢合わせした。
 修二の家は大変な資産家で、彼女は修二の父が大切に預かる下請け先の娘さんだった。山崎家に花嫁修業を兼ねて家事手伝いに来ていたらしい。いつもわたしを玄関で迎え入れてくれるのも彼女だった。
 わたしは彼女の本名を知らなかったが、修二がいつも『ヒロ姉ちゃん』と呼んでいたのでわたしもそう呼ぶようになった。
                                   続く
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み