第8話 精神的処女喪失

文字数 1,519文字

「さて、ね、修坊、優子ちゃん、ちょっとわたしの言う通りやってみて」
 わたしと修二は頷くしかない。言われるがままだった。
「優子ちゃん、ここに仰向けで横になって」
 わたしは素直に従った。ヒロ姉さんはわたしの両足をぐっと持ち上げて股を開かせた。
「優子ちゃん、このままの姿勢で。うん。かわいいわ。わたしもこんなだったのね」
 昔、お母さんにオムツを替えてもらった記憶が微かに蘇る。開いた股に空気がひんやりと感じられた。
「修坊、そのまま優子ちゃんの上に乗っかってみて」
 修二は頷いてゆっくりとわたしの上に乗る。小さなわたしには小さな修二の体ですら重い。修二の息がかかる。何となく嫌な感じだ。
「そしてこれを……」
 ヒロ姉さんは修二の芋虫を右手で摘む。
「ここへ」
 わたしの開いた股の間に押し当てた。そして。
「こうやって、と」
 なんだか変な気分。ちょっとだけ痛い。
「二人ともどんな感じがする?」
「なんか変だよ。ぴりぴりするよ」
「わたしもちょっと痛いし気持ち悪いわ」
「そうね。でも二人とも、これが大人のおチンチンごっこよ。今はまだ……。でもきっといつの日か思い出すはずだから」
 気だるい春の夕暮れが部屋に迫っていた。わたしは下半身に違和感を覚えていたが、修二を乗せたまましばらくじっとしていた。修二も何も言わず、けれど修二の体はとても温かかった。それはわたしに安心感を与えた。横を向くと、くっきりと分かれた畳の陰影がぼんやりとしたわたしの目に映っていた。
 わたしの記憶に残っているのはここまで。どうやって修二の家を出たのか、どうやって家に帰って来たのか、まったく思い出せない。
 あの部屋から戻った後、多少はドジなこともやらかしてしまったが、わたしは今日までごく普通に生きて来たつもりだ。人並みに恋もして、人並みにセックスもして、わたしなりに品行方正な人生を送ってきたつもりだ。
 今夜、修二に再会するまで、不思議なことにあの部屋での出来事や、もっと言うならば、そんな事実があったと言うことさえも、すっぽりとわたしの記憶から抜け落ちていた。
 それはもしかしたら自分で自分の心に鍵を掛けてしまったのかもしれない。思い出してはいけない記憶として。
 でもわたしは思い出してしまった。
 ただあれがわたしの精神的な処女喪失かと問われればそこは疑問だ。あくまでもあれはヒロ姉さんを交えて三人で行った秘密の遊び――お医者さんごっこ、だったとわたしは思っている。そうでなければ知らなかったこととは言え、わたしは過去に強烈な過失を犯してしまったことになる。それは今現在のわたしの生き方自体を脅かすほどの過失だ。
 あの日以来、わたしたちはもうあの遊びに興じることはなくなっていた。たぶん、二人とも少し大人になったのだろう。分別と言う物が少しはわたしたちの中に芽生えたに違いない。
 幼稚園を卒園して、小学校に入学して、そしてわたしと修二は幼い頃ほど親しくなくなり、思春期に入る頃には、お互いまったく話すこともなくなっていた。
 もちろんわたしも修二も異性には興味があったのだろうが、よく世間で在りがちな、幼馴染の男の子と女の子が思春期になってお互い意識し合う、などと言う甘酸っぱい少女漫画みたいなことはなかった。現実とはそんなものだ。
 わたしの異性への憧れは決して修二ではなかったし、修二に取ってもわたしはただの昔の知り合いでそれ以上のものではなかったようだ。
 中学を卒業してわたしたちは別々の高校へ進学して、それ以来お互い会うこともなくなった。そして風の噂で修二は技術系の大学を卒業して九州に就職したと知った。
                                   続く
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み