第18話 開戦

文字数 1,184文字

 翌日の早朝。メーニェの国賓を乗せた戦艦が帰途に就いた。だがその船が大気圏を超えた時、特区にスクランブルが発令された。宇宙空間に通常待機していた空母にも情報は瞬時に届いた。
「王女が誘拐された?」
 第一報に誰もが困惑を隠せない。最終的にはミサイルを使ってでも『敵』の戦艦を止めろ。それが政府から評議会に下った命令だったからだ。

 その時。ルディとラヴィは特区内で待機任務についていた。錯綜する情報にルディは疑念しか覚えない。王女が行方不明だというのは確かなのだろう。しかし、それがなぜ誘拐に直結するのか。
 グレンの言葉がルディの脳裏をよぎる。国王は戦争をしたくてたまらないのだという言葉が。

 大気圏を抜けた戦艦が通信エリアに入った途端、空母から電信が送られた。疑惑を向けられたメーニェにも、当然のように困惑と疑念が生じる。
 だがその時のメーニェの対応は冷静だった。航行を止め、船内全ての捜索を許可したのだ。
 数機の航空機がシャルーの空母から飛び立ち、メーニェの戦艦の艦尾(ファンテイル)から次々と着艦して行った。

 真っ先に赴いた空母の最高責任者が非礼を詫びて事情を説明した。しかし彼もまた、発せられた指令に疑念を持ったままである。
 軍の最高司令官である国王の命令。根拠が不明な命令は国王の錯乱すら思わせた。
 戦艦内部の捜索が行われた。機密とされている場所すら解放された。そして思った通りに王女の姿はない。
 報告を受けた国王から丁重な謝罪が電信された。グレンの言った祝砲こそ上がらなかったが、メーニェ側が不信感を持ったまま帰路についたのは確かである。

 一触即発の事態を回避した最高責任者に対し、国王の下した評価は罷免。
 特殊能力者によっても艦内捜索は行われている。王女誘拐の事実などない。にも拘わらず、国王はその責任者を無能だと決めつけた。

 王女が霧のように姿を消していたのは確かなことだった。誘拐を疑うのは無理からぬことだったが、メーニェ側が連れ去る根拠はどう見ても薄い。
 だがこの時、世論は国王の考えに同調した。メーニェはこの国を属国にしようとしている。そのために王女まで人質にした。こちらが戦争を仕掛けるのを待っているのだと。
 王女は既に殺されているのでは? ミサイル開発の噂は? 式典への参列の意味は? 憶測が憶測を呼び、国王の支配する報道機関によって国民は思考を捻じ曲げられた。事実無根の疑いである。しかしその時のシャルーは、完全に一人の男の支配に下っていた。

 皮肉の象徴のような祝砲が打ち上げられた。将来必ず敵星に打ち込むという、呪詛をこめた祝砲が。
 それは一人の男の目論んだ茶番の始まり。自らを開拓者と呼んだ国民が鳥籠に囚われる序奏が流れていた。

 モアナ歴5153年。真夏の空はひたすら蒼い。
 移民が完了してたった三年後。その日、開戦の火蓋が切って落とされた。


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