第15話 反動

文字数 1,350文字

 最終移民は完遂した。
 輝く宝石のような星を宇宙から望んだ人々は、揃って歓喜の声を上げた。瞬く間にハイトと同じ鳥籠に閉じ込められることも知らず。
 結局、ピオニー国民の一割はメーニェに残された。ほとんどが長期の航行に耐えられない弱者だった。
 五十年もしないうちにその国民もいなくなる。非情な選択だが避けがたいことだった。

 ゲーベン・フォン・レーゲルは、国王の地位についた。
 華麗な式典や戴冠式は行わなかったが、格式ばった式典で政府の承認を受けた彼は、政府の舵取り役と軍の指揮権を委ねられた。
 その年から数年間、建国記念日にはメーニェからの賓客を招いての式典が開催された。表面上は、シャルーの独立が母星に認められたように見えていた。
 国王の支持者は多かったが、当然のごとく反発する者もいた。しかしレーゲルは国民の期待を裏切ることなく、この星の統治に尽力した。

 彼の美しい一人娘が、二十歳を迎える日までは。

 ◇

「罪なことをしてしまったかな」
 呟いたグレンをルディが複雑な心境で見つめ返した。
 グレンとルディの関係は移民の後も続いている。単に特区のパイロットと支援者という立場ではなく、もっと個人的な関係として。

 ミューグレー家は貴族の称号に相応しい影響力と財力を持っていた。シャルー星屈指の情報企業である。
 広大な敷地に石造りの大きな邸宅を構え、周囲には広い森と湖があった。
 砂漠の星にないものを──。ミューグレー邸には、当主であるグレンの父親の趣向が随所に反映されていた。
 敷地の外れにある瀟洒な別邸。そこはグレンとルディの密会の場ともなっていた。

「まあ。自分もいつかは家庭を持つつもりですからね」
 ルディはそれだけを返し、精緻なカットが入ったグラスを取った。甘い香りのする酒。ここで作られた物は全てメーニェで培われた物の写しである。

 グレンの従妹のソフィア。その金髪碧眼の美しい女性は、ラヴィの心を一瞬で捉えていた。聡明で純粋な心。まるで天使のような人物。その慈しみがラヴィの心を溶かすのに、さして時間は要さなかった。

「全てが期限付きというわけだな」
 グレンの言葉は、とても皮肉なものに聞こえた。
 彼らが去った星に残された人々に期限があるように、彼らの命にも期限がある。そしてグレンの政略結婚にも期限が迫っていた。命を繋ぐということは子孫を残すこと。人の時間は有限なのだ。
 ただそのことに対し、少なからず反発を抱いている人物がここにいた。

「こないだ、父親と喧嘩してしまってね」
 グレンの言葉にルディは驚いた。この温厚な人物でも牙を剥くことがあるのかと意外に思う。
「そんなに跡継ぎが欲しいなら、体外受精で作らせろって言ったんだ」
「ぶっ」
 思わず吹いたルディにグレンが眉をしかめて見せた。
「生理的に駄目なものは駄目なんだよ。君は違うようだがね」
「いいんじゃないですか? 愛情のない結婚なんて地獄ですよ」
「親父には世間体が全てだよ。でも私は、この条件を満たす相手しか選ばない」
「嫉妬されそうだ」
「するのなら切ると言うさ」
 ルディのグレンに対する評価に、頑固者という項目が加わった。

「貴方も面白い人だ」
 茶化したルディに、彼にしか本音を言わないグレンが天井を仰ぎながらぼやいた。
「日頃は常識人ぶってる反動だよ」


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