第13話 求めていた答え

文字数 2,580文字

 連装発射機用ミサイル。単装速射砲用の砲弾。無数の魚雷。そしてレーダー誘導の中距離、短距離ミサイル。
 常に唸り声を上げている機関室の隣に、この広い武器庫はあった。室内は格納された金属の塊で埋め尽くされ、非常灯の淡い緑色の灯りが冷たい鋼(はがね)の表面を照らす。

 自分の身体より遥かに大きなそれらの破壊兵器のただ中にいても、グレンは何の感情も抱かずにいられた。
 まだ一度たりとも使われたことのない兵器。使用されることが前提で作られるのが当たり前の世界にあって、未使用のままで置かれていることにこそ意味を成す、牽制のための道具。
 友好的で穏便に進んでいる航行である。この軍艦やこれらの武器の存在は、とても滑稽に見えた。

 金属と油の匂いが微かに漂う場所。真夜中の定時巡回はカメラ監視ですむ。しかしグレンは、退屈しのぎに自らの足を運んでいた。
 カツン。カツン。カツン。自分の軍用ブーツの音だけが規則的に響く。
 使わない物の管理をするとは随分とシュールだと思いながら、グレンは冷たい金属の森に足を運んでいく。

 ずらりと並べられているメインの巨大ミサイル。先端が尖り筒形の重厚な金属は、グレンの目には道化師の納められた石棺に見えた。
 自分もまた棺(ひつぎ)に納められるためにこの船に乗っているという、あまりにも皮肉な現実。翼をもぎ取られることを知りつつその棺に向かう自分のことを、ルディはどう思っているのだろうか。

『グレン』
 誰もいないと思っていた薄暗がりの中、脳裏に響いた呼び声にグレンは立ち尽くしてしまった。出航からさして時間は経っていない。大きな緊張状態に置かれているわけでもないのに、この幻聴は?

『直接、声を送っています。すみません。驚かせて』
 ルディの声だとグレンは察した。しかし同時にゾクリと身体を震わせる。
 まさか今しがたの思考を全て聞かれていたのでは? だが読むことを平等ではないと言ったルディが、そのようなことをするだろうか。しかし彼は、読もうと思えば、いつでも読めるのだ。
 多くの者が特殊能力者を恐れ、忌み嫌うわけ。それは能力者が思念だけで人を殺せるという理由だけではない。心の内側を全て読みとられる可能性があるからだ。

「どこにいるんだ?」
 グレンが呟く。大きく声をあげる必要など少しもないことは分かっていた。ただ頭の中に響く声に対して言葉を発することが滑稽に思えた。
『そこにいて下さい。近くにいますから』
 そう聞こえた途端に、武器庫の奥から硬い軍用ブーツの音がした。

 コツン。コツン。カツン。急いではいない。相手はゆっくりとこちらに近づいてくる。天井近くまで積み上げられている金属の森の中であっても、彼にはこちらの場所が当然のように分かるらしい。
 コツン。カツン。コツン。取り囲まれている兵器に反響し、足音の向かってくる方向が定まらなくなった。グレンは再び、ぞくりと震えを感じる。
 巨大な金属の森。囚われている翼を折られた鳥。その足に永遠に課せられている鎖。圧縮された空気に圧し潰されていく儚い雛鳥……。

 コツン。足音が止まった。グレンの視線の先には、特区の軍服を着た青年が立っていた。漆黒の髪が非常灯に照らされているが、その表情までは読み取れない。
「ルディ?」
 グレンが問うと、足を止めていた人物が残りの距離を埋めた。真夜中の森に突然あらわれたルディ。グレンはようやく、その意図に対する疑問に思考を向け始める。

 ルディはグレンに会釈をするなり、周りにさっと視線を巡らせてから小型ミサイルが格納された巨大な棚の影に足を踏み入れた。訝りながらもそれに倣ったグレンは、そこが監視カメラの死角になっていると気づく。
 用意周到だな。グレンは苦笑いをこぼしながらも、相手の行動に感心していた。そしてルディが、自分の問いへの答えを持ってきたのだろうとも。

 前回ルディに会った時から今日に至るまで、特区には全く休日がなかった。ずっと遠征が続いているような日々はかなりの負担だったが、有事となれば当然となる。そのための訓練がもう始まっていたのだ。
 ところが拍子抜けするような静かな時間の到来。これまで備えてきた事々を嘲笑うような静寂が、軍隊の意味を問うていた。

 ルディが大きな棚を背にして床に座り込んだ。何も問わずに隣に腰を下ろしたグレンに、彼はようやく息を漏らすと謝罪した。
「すみません。仕事中に」
 確かにグレンは定時巡視の途中ではあったが、監視カメラが作動しているので退屈しのぎでしかなかった。

「何かあれば無線で連絡が入る。気にする必要はないよ。私がもう退官すると言ってたからだろう? まさか焦らせてしまったか?」
 付け加えた言葉は、冗談に受け取られるようにグレンは向けたつもりだった。
「焦りました」
 しかしその言葉に、意外なほどの本音が返った。
 鋼の森に視線を漂わせていたグレンは、はっとしたように隣に顔を向ける。ルディの表情は前回に会った時とは違っていた。彼の心が別の感情に支配されているのをグレンは察した。

「結論から言わせて下さい」
 そう前置きをしたルディは、緑の瞳でグレンを見据えた。息を飲んだグレンもあの日と同じ強い視線を返す。
「今の俺の一番はラヴィです」
 分かっていた答えだった。苦笑を漏らしながら頷いたグレンに、しかしルディは言葉を繋いだ。
「でも貴方の手も離したくない。そう言ったら軽蔑しますか?」

 若いわりには策士だなとグレンは驚いていた。だが向けられる相手の眼差しに打算や偽りは映っていない。
 ルディは想いのままを告げているのだろう。自分が自由と束縛を同時に求めているように、彼もまた相反するものを同時に欲している。

「いや。私の求めていた答えだ」
 グレンの返事に目を細めたルディは、葛藤を振り切った清々しさと自信すら感じさせた。グレンは思う。ルディを変えたものはいったい何なのだろうと。

 しかし疑問を口にするよりも先に、グレンはその腕をルディの背にまわしていた。相手をはかるようにそのまま動きを止めたが、ルディはぴくりとも抵抗してこない。肩を引き寄せる。それでもまだルディは身を任せていた。
「ルディ?」
 呼ばれた相手が返事の代わりに腕をまわしてきたのを察した時、グレンは確信した。

 手を離したくない。ルディの言葉は、そのまま自分の想いなのだと。


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