第22話 一番目の椅子

文字数 1,830文字

『ラヴィ。起きてるか?』
 二段ベッドの上にいるルディから、言葉ではなく意識が飛んだ。
 ベッドとデスクとロッカーだけの設備。狭いが二人部屋である。空母の中では特別待遇と言えた。
 軍は心身ともに負担の大きなパイロットに相応の配慮をしている。特区の兵士に対しては、特にそれが顕著だった。

『なんで話さないんだ?』
 ラヴィからの返事を聞いたルディが、さっと身体を起こして梯子を滑り下りた。ラヴィは不思議そうな顔で起き上がっている。

「シールドを張った。メンバーの中に聞く者がいたから気が張ってた」
「そういうことか」
 ルディは他人の思考を聞けるが、聞かれることには慣れていない。それを嫌だと感じるのは身勝手だが、嫌なものは嫌なのだ。

「ラヴィは意識しなくてもシールドが強いからな」
「そうかな。ただの癖だよ」
「あの件は絶対に漏らすなよ。知ったところで理解不能だろうけど」
「そうだね」

 王女はいまだ発見されておらず、行方不明ということになっていた。
 海の泡となったのなら、見つかることはない。そして見つからないという事実が、この戦争の言い訳になっていた。国王にとっては、最愛の娘の失踪すら手札の一枚となったらしい。

「特区にも、開戦は国王の私欲だって言う奴がいるよ」
 ルディの言葉に、ラヴィから辛辣な意見が返された。
「疑うのは当然だよね。それが出来なくなったら終わりだよ。人なんて、あっという間に麻痺していく。百年も続けば、疑うこと自体が異常になるんだ」
 ハイトで同じことを経験してきたラヴィの言葉は重かった。二つの国を知る人物。そしてシャルーを選んだ人物。一緒にいたい相手が目の前にいる。ルディにはそれで十分だったが。

「一番目の椅子を狙う」
 そう言ってのけたラヴィ。機長は彼で、ルディはフライトオフィサを任命されていた。ラヴィが目指すものは、ルディの目指すものだ。

 家族と言ったファントの言葉。それが、気負っていたラヴィの心を和ませていた。仕事に慣れてきたことも、ソフィアの存在も、彼の心を柔らかくしている。
 ラヴィはこれから課せられたものに向かって最期の時まで飛ぶのだろう。

 ──自分の望み。目指すもの。守りたいもの。
 空母から望んだ新しい故郷はひたすら蒼かった。美しいリングに取り巻かれた輝く水の星。その星と今ここにいる人物を守り通す。ルディはそれだけを思っていた。

 ◇

 格納されている機体がフライトデッキにせり出す。高圧蒸気に押し出されたピストンがシャトルごと機体を加速させる。中・短距離用ミサイルを抱いた戦闘機が、二本のカタパルトから次々と打ち出されていく。

 作戦目標はオッジの制空権奪取。
 人質に関しての命令はなかった。現実的とも言えたが、国王にとっての人命とはその程度のものらしい。明日は我が身である。
 矛盾の中でもやれることをやるだけ。一瞬の躊躇が自らの死に繋がる。そして自分の隊の隊員が揃って帰投することも、二人の目標となっていた。

 発艦前の確認作業を続ける。データリンク。HUD。フライトコントロール。発進準備完了をコール。管制塔からの許可が下りた。
 滑走開始。最終チェック完了。二人の搭乗した戦闘機は漆黒の海原に打ち出されていった。
 それは、これから二人があげる華々しい武勲に向けた最初の飛翔だった。

「グレンに昇進祝いを用意しとくって言われたよ」
 ミリタリー推力での飛行に移った途端、ルディがそう言うと、前席にいるラヴィが笑った。
「一番目の椅子がお待ちかねだな」
 初出兵だというのに、ラヴィの口調は余裕たっぷりだった。

 ルディは思う。今後、百年戦争と呼ばれる戦いの最初の日が今日なのだと。その矛盾のなかを自分は飛んでいるのだと。ただ自分の場所はここだけだ。ならばもう、出来ることをするだけ。生き抜いて帰還するだけだと。
 同じ隊の戦闘機が二人を促すように後方を固めていた。通信が飛び込んでくる。

「ルディ」
 オッジは目視圏内に入っている。そんな中でラヴィが口を開いた。
「お前がいてくれて良かった」
「そっくりそのまま返すよ」
 ルディの返事にラヴィがまた笑い声をあげた。
 もうそこには、感情を失い絶望の前に立ち尽くすだけの彼はいない。
『捨てられた子供たち』は、今や互いが互いの拠り所となっていた。その強い結びつきが、これからの伝説の扉を開けるのだ。

 二人を乗せた戦闘機は前方の攻防戦の脇を擦り抜け、目の前の衛星に向かう。それを阻むように最初の敵機がHUDに捉えられた。


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