第23話 祈り

文字数 673文字

「グレン兄さま」
 この星の海のような蒼い瞳がグレンを見つめていた。
「なんだ? ソフィア」
 グレンにはソフィアの次の言葉が予測できた。彼女の毅然とした表情が、それを裏付けていた。
「私、不思議な夢の話を聞きました」
「ああ」
「恐ろしい夢です。でも私はもう決めています」
 石造りの荘厳な邸宅。その二階のバルコニーに二人はいた。漆黒の天空を仰ぐ瞳に、揺るぎない覚悟をグレンは見る。

 瞬く星々は雲ひとつない夜空を彩っていた。虫の声。時おり響く鳥のさえずり。広い湖を撫でさすりながら、冷えた夜風が吹き抜けていく。
 夜は零下となる砂漠の星とは違う。
 この星は命に溢れていた。その恵みは、砂漠の星を知っているからこそ何物にも代えがたいものだった。

「兄さまだけに伝えようと思って来たんです」
 ソフィアの視線はずっと星空に向けられたままだった。まるでその先にいる愛しい人を見守るように。
「私、彼を愛しているんです。なにがあっても、決して離れませんわ」
「ソフィアらしいね」
 グレンの声色は優しく包み込むようだった。
 ふっと頬を緩めたソフィアは、祈るように指を組むと瞼を閉じた。

 天空を仰ぎ見ながらグレンは思う。何を信じ何に目を瞑るのかは、その者の掴みたいものによる。選び取ったものを信じ、貫くだけ。それでいいのかもしれないと。
 束の間の命。一瞬の邂逅。ならば心のままに命を燃焼させればいい。砂漠で拾われた小さな種。その種が芽吹くのが、たとえ百年後であろうとも。

 盛夏の夜風は、命に満ちた森の香を運ぶ。
 もう飛ぶことの許されぬ空に、グレンは希望を見出していた。

 ──了──


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