第2話 特殊能力者

文字数 2,601文字

 ラヴィはもちろん特殊能力者のことを知っていた。それが、ハイトで忌み嫌われ、恐れられ、虐げられ、ないものとして扱われていることは。
 表立っての迫害はない。差別は国に禁止されているからだ。しかし秘密裏に葬られていることは確かである。

「でなきゃ、あんな状態で生き残ってるわけねぇよ。自分でも意識しないうちに機体ごとシールド張ったんだろ? 今だってそうだ。砂が熱いなんて感じてねぇだろうが」
 ラヴィは思う。確かにルディの言う通りだと。
 背中に当たっている砂は、熱した鉄板と同じはずである。なのに、その熱をまるで感じないのだ。それどころか、心地よくひんやりと背中を支えていた。

「爆発しないんなら、引っ張り出してみるか」
 言いながら、ルディが身体を起こした。
 引っ張り出す? ラヴィが疑問に満ちた目を向けた。それを見たルディが肩をすくめる。
「基地に帰るんなら、また飛ばなきゃならんだろうが」

 帰る、か。耳にした言葉に現実を突き付けられ、ラヴィが俯いた。
 彼は思う。自分は帰れるのだろうかと。
 機体を修理して飛んで戻るという意味ではない。戻ったところで自分の居場所があの基地にあるのかということだ。

 ──特殊能力者。
 ラヴィは自分の過去にこの言葉を当てはめてみた。すると、全てが噛み合ってしまった。それはハイトにとって排除すべき害獣。社会に必要のない異物だった。
 ラヴィの思考は麻痺していた。突きつけられた現実は、おいそれと受け入れられるものではない。

「おまえ。知らなかったのか?」
 そう言ったルディは、怒りを含ませた顔をしていた。
「おまえ、まさか上司に……いや取り敢えず、あの機体を引っ張りだしてから今後のことを考えよう」
 今後のこと? 牽引の準備をするルディを見上げ、ラヴィの困惑に疑問が加わった。

 この星にはオッジという衛星があった。数日航行すると辿り着けるその星は、緑豊かな海のある星だが、とても小さかった。
 しかし砂漠の星メーニェにとっては第一次産業の拠点となる星。そこで作られた作物がこの星の糧なのだ。いくら文明が高度であっても、砂漠の星での食糧生産には限界がある。
 オッジの利権を二つの大国は二分していた。しかし、小さな星の貴重な糧を平等に分けることは難しい。互いにどこかで牽制しあっていた。
 共存している国である。戦争には至らない。だが当然のように、牽制の道具に軍隊を使っていた。

 ピオニーはその不毛な現状に見切りをつけた。百年ほど前から、第三惑星の開拓を始めたのだ。
 その星の名はシャルー。大きな海のある緑豊かな星である。この星のちっぽけなオアシスなど、ただの水たまりに見える大きな海。蒼い水の星。
 ピオニー国民は、強大な力を持つ人物の元で着実にシャルーへの移住計画を進めた。その実力者の子孫がメーニェからの独立を宣言する日が間近となっていた。

 ルディは自機を動かして砂山の前につけると、牽引用ワイヤーをラヴィの乗っていた機体のフックに四本引っ掛け、あっという間に引っ張り出した。
 ごおと大きな音をたてて砂山が崩れ落ちる。山崩れは続いていたが、とりあえず点検は出来そうだった。
 ぼんやりと突っ立ったままのラヴィにチラリと視線を向けただけで、ルディは砂の流れに襲われ続けている機体の下に潜り込む。だがすぐ慌てたように這い出てきた。

「うへぇ。なんだよ、あれ。オイル漏れてるじゃねぇか!」
「やっぱりね」
「やっぱりって……」
「上昇した途端にオイルメーターがみるみる下がっていったんだ。そんなの考えられるのは一つしかないよ。穴が開いてるんだ。いや、開けられてたんだ」
「なっ……」
 なんだって? と言いかけ、ルディは言葉を飲み込んだ。淡々と話すラヴィの心情がまるで理解出来なかったからだ。

「この機体は廃材だよ。一度浮上出来れば後はどうなってもいい廃材だ。着陸することは最初から無理だったんだ。HUDも無線もすぐにダメになった。ランディングギアも出せなかったし、射出すら出来なかったんだ。そのまま真っ逆さまだ」
 言葉もなくルディはラヴィを見つめていた。感情の全く感じられない口調。他人事のように事実だけを語るラヴィの顔は、凍り付いたように変化しない。

「この機体を基地が探すことはもうないと思う。探せたとしても探さないと思う。指定されている飛行時間はとうに過ぎてる。けれど誰も探しに来ない。さっきから、一機も飛んで来ない」
「修理するのか?」
 そうルディは聞いた。それはラヴィに対して基地に帰るのかと問うことだった。お前を貶め、お前を殺そうとしている場所に再び戻るのかという問い。

「少し考える」
 それだけ言うと、ラヴィは再び砂漠の砂の上に腰を下ろした。モアナは空の中空で、じりじりとこの星を熱している。そろそろ正午になる時間だった。

「なんでこんな目にあうんだよ。お前なんかやったのか? これは事故なんかじゃない。殺人じゃねぇか」
「そうだね」
「そうだねって……。なんだよ、その冷めた言い方」
 ルディの表出する怒りは目に見えて激しかった。それが普通のことなのだろうが、幼い頃から耐えるだけだったラヴィは、感情表現が分からずにいる。

「俺、三歳の時に砂漠に捨てられたんだ」
 ぽつり、とラヴィが自分の身の上を話し出す。語る内容の過酷さに比べると、やはりその口調はあまりにも静かだった。
「孤児なんだ。だから、あの基地にしか居場所がなかった。あそこだけが俺の生きていける場所だったんだ。いつも殴られたけど、きちんと仕事をして階級を上げていけば、それなりの評価がもらえると思ってた。他のやつらと同じように認められていくんだって。そりゃあ、自分がなんであんな扱いを受けるのか訳が分からなかったよ。けれど、生きるためには命令に従わなきゃいけないと思ってた」

「死ねって命令されれば、お前は死ぬのか?」
 そう言って、隣に座るルディはラヴィを睨み付けていた。ラヴィの後ろにいる不当な扱いをする者たちと、ただ耐えていたラヴィに対する怒りのようだった。
「分からない」
 それだけを返すとラヴィは小さく溜息をついた。これまで虐げられてきた理由を知り、彼はその事実に打ちのめされていた。この先どこに行ったとしても、自分は疎まれ恐れられ排除の対象とされるのだろう。

 ラヴィの前には絶望だけが立ち塞がっていた。どんなにあがいたとしても超えられない絶望が。

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