あたしが燃えた日 1
文字数 1,777文字
「自分が燃えているのに熱くないのね」
あたしは死んでから二日後に彼に発見され、その翌日には通夜が行われた。葬儀も滞りなく終わり、今あたしは火葬場で燃えている。
通夜にはたくさんの知り合いが来てくれた。会社の同僚、友達、親戚。交友関係だけは広かったのね……。
みんな泣いていた。一人一人に声を掛けたけど、誰にも声は届かなかった。
病気のことは誰にも言わなかった。彼にさえも……。だからあたしの『死』は誰にとっても突然だったはずだ。
勇は現実を受け入れているように見える。しっかりした彼のことだ。今はショックでも、すぐに立ち直ってくれるだろう。
彼よりも両親の方が心配だ。
父、母は呆然としていた。当然よね、元気だと思っていた娘がいきなり死んだんですもの。
「お父さん、お母さん、タケ、絵理、ごめんね?」
兄と姉は両親を必死に元気づけてくれていた。特に母はショックを受けているようで、自分で立っていられないほどだ。今更謝っても意味ないよね。なんて親不孝者なんだろう。
父が必死に母を支えている。
「美希。辛いのは解るが……、そんな形(なり)じゃ優が心配して天国に行けないだろう」
母の声にならない嗚咽にも似た泣き声が胸に突き刺さる。
「タケ、絵理。二人をお願いね」
無責任な言葉を二人に掛けることしかできない。
見ているのは辛かったが、目を反らすわけにはいかない。
「できればもう見ていたくない。早くお迎えがこないかな」
目を反らすわけにはいかないが、もう限界だ。早くここから逃げ出したい。
「後悔はないか?」
え?
「本当に後悔はないのか?」
いつのまにか目の前に男が立っていた。最初は火葬場の人かと思った。黒いスーツに黒いシャツ。黒のネクタイ、そしてサングラス。全身黒ずくめ。
でもすぐに違うとわかった。この人はあたしを見ている。あたしに話しかけている。
なんて冷たい表情なんだろう。氷のように冷たい。
「神部優。二四歳。病死」
この人があたしのお迎えなのね。
「病気のことは誰にも相談せず、対した治療もせず。“死ぬ時は一人がいい”と、彼氏にも告げずにこの世を去る。それでいいのか?」
淡々と語る男だ。何の感情も表に出さない。あたしのような女のお迎えにはふさわしい男だ。
「いいよ。早く連れていって、死神さん」
あたしは笑顔を作った。簡単なことだ。何万回と作ってきたあたしの偽りの笑顔は最強なのだから。
「死神か……確かにそうかもしれんな。だが俺のことは『案内人』と呼べ」
「では案内人さん。早く連れて行って?私のこと見えてるし、名前も知ってるんだからあの世の人なんでしょ?」
「無理だな」
「どうして?」
「お前にはまだ『後悔』が残っているからだ」
あたしはイラっとした。でも表には出さない。自分を偽るのは得意だから、そしてまた最強の笑顔を見せる。
「そんなものないわよ。ちゃんと遺書も残してあるし。あ!強いて言うなら車の免許を取っておけば良かったかな」
「馬鹿は死んでも治らないらしいな」
笑ってる。でもあたしの最強の笑顔に比べたらひどくぎこちない。笑ったという記号にすぎない表情だった。
「失礼ね?初対面なのに」
当然あたしの笑顔は崩れない。ここで駆け引きに負けるわけにはいかない。あたしの嘘つきは年季が入っているのだから。
「お前は自分でわかっているんじゃないか?」
こいつ!
「その人に伝えたいことがあるんじゃないか?」
やめて……。
「死んでいるのに意地を張ってもしょうがないぞ?いつまでもあの世に行けずに彷徨うだけだ」
やめてよ……。
「彼氏に悪いか?それはそうだろうな。彼氏は悔しいだろう。自分が愛されていないと知ればな」
「やめて!」
あたしは笑顔を作れなくなった。案内人の方が何枚も上手だった。感情に負けて案内人を睨みつけた。
「では言ってみろ?“勇を愛している”と」
「え?」
思いがけない一言だった。そんなことは簡単だ。自分の彼氏に“愛している”と言うくらい。
「早く言ってみろ。“愛している”と」
あたしは口に出そうとしたが、言葉にならなかった。何で?何で言えないの?
「わかったか?お前は勇のことが好きだった。でも愛じゃない」
「そんな……。勇……。ごめんなさい」
足の力が抜けその場にしゃがみこんでしまった。もう立っていることはできなかった。
そしてどうしようもなく涙が溢れてきた。
あたしは死んでから二日後に彼に発見され、その翌日には通夜が行われた。葬儀も滞りなく終わり、今あたしは火葬場で燃えている。
通夜にはたくさんの知り合いが来てくれた。会社の同僚、友達、親戚。交友関係だけは広かったのね……。
みんな泣いていた。一人一人に声を掛けたけど、誰にも声は届かなかった。
病気のことは誰にも言わなかった。彼にさえも……。だからあたしの『死』は誰にとっても突然だったはずだ。
勇は現実を受け入れているように見える。しっかりした彼のことだ。今はショックでも、すぐに立ち直ってくれるだろう。
彼よりも両親の方が心配だ。
父、母は呆然としていた。当然よね、元気だと思っていた娘がいきなり死んだんですもの。
「お父さん、お母さん、タケ、絵理、ごめんね?」
兄と姉は両親を必死に元気づけてくれていた。特に母はショックを受けているようで、自分で立っていられないほどだ。今更謝っても意味ないよね。なんて親不孝者なんだろう。
父が必死に母を支えている。
「美希。辛いのは解るが……、そんな形(なり)じゃ優が心配して天国に行けないだろう」
母の声にならない嗚咽にも似た泣き声が胸に突き刺さる。
「タケ、絵理。二人をお願いね」
無責任な言葉を二人に掛けることしかできない。
見ているのは辛かったが、目を反らすわけにはいかない。
「できればもう見ていたくない。早くお迎えがこないかな」
目を反らすわけにはいかないが、もう限界だ。早くここから逃げ出したい。
「後悔はないか?」
え?
「本当に後悔はないのか?」
いつのまにか目の前に男が立っていた。最初は火葬場の人かと思った。黒いスーツに黒いシャツ。黒のネクタイ、そしてサングラス。全身黒ずくめ。
でもすぐに違うとわかった。この人はあたしを見ている。あたしに話しかけている。
なんて冷たい表情なんだろう。氷のように冷たい。
「神部優。二四歳。病死」
この人があたしのお迎えなのね。
「病気のことは誰にも相談せず、対した治療もせず。“死ぬ時は一人がいい”と、彼氏にも告げずにこの世を去る。それでいいのか?」
淡々と語る男だ。何の感情も表に出さない。あたしのような女のお迎えにはふさわしい男だ。
「いいよ。早く連れていって、死神さん」
あたしは笑顔を作った。簡単なことだ。何万回と作ってきたあたしの偽りの笑顔は最強なのだから。
「死神か……確かにそうかもしれんな。だが俺のことは『案内人』と呼べ」
「では案内人さん。早く連れて行って?私のこと見えてるし、名前も知ってるんだからあの世の人なんでしょ?」
「無理だな」
「どうして?」
「お前にはまだ『後悔』が残っているからだ」
あたしはイラっとした。でも表には出さない。自分を偽るのは得意だから、そしてまた最強の笑顔を見せる。
「そんなものないわよ。ちゃんと遺書も残してあるし。あ!強いて言うなら車の免許を取っておけば良かったかな」
「馬鹿は死んでも治らないらしいな」
笑ってる。でもあたしの最強の笑顔に比べたらひどくぎこちない。笑ったという記号にすぎない表情だった。
「失礼ね?初対面なのに」
当然あたしの笑顔は崩れない。ここで駆け引きに負けるわけにはいかない。あたしの嘘つきは年季が入っているのだから。
「お前は自分でわかっているんじゃないか?」
こいつ!
「その人に伝えたいことがあるんじゃないか?」
やめて……。
「死んでいるのに意地を張ってもしょうがないぞ?いつまでもあの世に行けずに彷徨うだけだ」
やめてよ……。
「彼氏に悪いか?それはそうだろうな。彼氏は悔しいだろう。自分が愛されていないと知ればな」
「やめて!」
あたしは笑顔を作れなくなった。案内人の方が何枚も上手だった。感情に負けて案内人を睨みつけた。
「では言ってみろ?“勇を愛している”と」
「え?」
思いがけない一言だった。そんなことは簡単だ。自分の彼氏に“愛している”と言うくらい。
「早く言ってみろ。“愛している”と」
あたしは口に出そうとしたが、言葉にならなかった。何で?何で言えないの?
「わかったか?お前は勇のことが好きだった。でも愛じゃない」
「そんな……。勇……。ごめんなさい」
足の力が抜けその場にしゃがみこんでしまった。もう立っていることはできなかった。
そしてどうしようもなく涙が溢れてきた。