六日目 1

文字数 1,297文字

 電車に揺られ、揺られ、乗り換えること三回。三時間掛けて最寄りの駅に到着した。駅には拓也の叔父が迎えに来ていた。


「拓坊、亮介、久しぶりだな!お!咲嬢までいるじゃねえか」


 熊。拓也の叔父を一言で形容するならばその言葉しかないだろう。顔を覆い尽くさんばかりの髭、一○○キロはあろうかという体躯。言葉遣いは乱暴だが、相手を包み込むような優しさ、吾郎はそんな人だ。


「吾郎ちゃん、拓坊は止めてくれよ。もう子供じゃねえんだ」


「いいじゃねえか。気にすんな。亮介、いい男になったな」


「吾郎さんお久しぶりです」


「親父さんを怒らせてねえだろうな?」


 亮介は苦笑いするしかなかった。親父の怒った顔を思い出すだけでも恐ろしい。吾郎も父の弟子だから、それはよく解っている。


「咲嬢、べっぴんさんになったな」


「べっぴんって、死語だよ、死語」


「死語か?そうか、そうか」


 吾郎は気にした様子もなく、咲の頭を大きな手で撫でた。


「痛い!痛い!痛いよ!」


「あ、悪い、悪い」


 咲はこの豪快で粗野な男が好きだった。父の弟子でもあった吾郎は小さい頃よく遊んでくれた。頭を撫でられる度に壊されるんじゃないかと思ったが、それは加減ができないだけだと解っているから、嫌ではなかった。


「後の二人は彼女さんか?」


 沙織と由香はびくっとした。吾郎を前にすると慣れない者は必ずこの反応になる。呼吸を整えてようやく二人は口を開いた。


「違います」


「今はまだ……」


「そうか、そうか」


 吾郎は女性三人分の荷物を軽々と担いで、ずかずかと歩き始めた。


 雪に足を取られながら歩くこと三○分。慣れない者にとってはかなり辛い。ようやく吾郎のペンションに辿り着いた。


 木の温もりを感じる家だ。年月とともに出てくる色斑(いろむら)が、逆にこの家の味になっている。雪の積もった屋根の白に、茶色い壁の濃淡がよく栄える。


「素敵……」


 誰が言ったか、自然とそんな言葉が漏れる。


 しかし、亮介にとっては地獄を思い出させる物でしかなく、顔をしかめるしかなかった。


「滑りに行くんだろ?昼飯食ってから行けや」


 吾郎は大股で玄関をくぐった。





 沙織と由香は目が点になった。食堂に通されて、吾郎に奥さんを紹介された。正しく『美女と野獣』。透き通るように白く美しい肌、スレンダーな身体は吾郎の横に立つと尚際だつ。愛嬌のある微笑みが彼女の人柄を物語る。


 雪の結晶のように美しい女性だが、名前は夏美。夏美は今年で四○歳だが、どう見ても二十代にしか見えない。名前の違和感は否めないが、横にいる大男の方がよほど違和感がある。


 二人の馴れ初めを語る吾郎は幸せそうだった。夏美はそんな吾郎の人柄に引かれたのだろう。若い頃からちやほやされてきた夏美が最後に選んだのは、金もなく見た目にも美しくない、だが誰よりも暖かい男だった。


 ある愛の形。二人はそれを見た気がした。





 食事の最中も吾郎がひたすらしゃべり続けて盛り上げてくれた。


 その後、部屋を割り当てられた。二階に部屋があり、亮介と拓也が同じ部屋。そして残りの三人は隣の部屋に泊まることになった。




 荷物を置いた後、五人は歩いて一五分程の処にあるスキー場に向かった。


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