三日目 1

文字数 1,296文字

「そうか……。あいつらしいな」


 拓也は一言感想を述べた。

 今拓也は亮介の為にコーヒーを淹れている。


「もう通夜も葬儀も終わってるらしい」


 確かに優の両親とは会ったこともないから、連絡が来ないのも当たり前だ。


 今回のことは優の遺書を見た両親が、一応知らせておこうと、亮介の実家に連絡してきたから解っただけのことだ。


 亮介は線香だけでもあげさせてもらおうと思ったが、咲の話だと優の両親は二週間ほど傷心旅行に出掛けるということなので、戻ってくるまでは無理だった。


 亮介は心にぽっかり穴が空いた感じがした。ずっと心に引っかかっていたものが、引っかかったまま消えてしまった。やはり優にとって自分は死ぬ間際ですら連絡一つよこさないような存在なのか。悲しいような空しいような、複雑な感情が亮介の心を埋め尽くした。しかし同時に、別れ際にあれだけ酷いことを言えば当然かとも思う。二人のことを引き摺っていたのは亮介だけだったようだ。


「なんかどうでもよくなってきたな」


 亮介は投げ遣りに言った。


「お前は優のこと解ってないんじゃないか?」


「え?」


「お前は優が連絡一つよこさなかったことを怒っているのか?」


「怒ってるわけじゃねえけど、何か悲しいじゃねえか」


「お前のことがどうでもいいなら遺書にお前のことを書くと思うか?書かねえよ。書くことすらも忘れちまうよ。遺書ってやつは最後に残す言葉だぞ。無駄なこと一つ書けねえんだ」


「どうでもよくないなら連絡よこすだろうが」


 亮介も意地になってきた。


「だからお前はガキなんだよ。あんな別れ方したら連絡なんかできねえよ。でもせめて自分の死は知ってもらいたい。だから遺書に書いたんじゃないか?」


「でもよ……」


「お前が優なら連絡できたか?別れ際のお前の怒りを思い出しても」


「……」


 拓也は振り向いて亮介の顔を見た。そしてすべてが解っているかの様に言った。


「だろう?わかってやれ」


 現に亮介は拓也の言葉を聞いて“確かにそうだな”と思った。やはり拓也には敵わないと実感するしかなかった。


 優の両親が帰ってきたら、線香だけでもあげさせてもらおう。亮介はそう決めた。


「ところで咲ちゃんはどうした?」


「ちゃん、とか言うなよ。気持ち悪いな。いつもみたいに咲って呼べよ」


 拓也は亮介のことならなんでも解るのに、亮介は拓也の気まぐれがまるでわからない。今も背を向けて話しているので、拓也がどんな表情をしているかも解らない。亮介は少し悔しくなった。


「あの子はもう大人だろう。呼び捨てにされるのに抵抗があるかもしれないだろ?」


「そんなもんあるかよ。お前が遠くに感じたらあいつ悲しむぞ」


「解ったよ。悪かった。気をつける」


 ようやく拓也が振り向いて笑顔を向けた。


「ほら、コーヒー」


 拓也が淹れたコーヒーはインスタントなのになぜがうまい。今もコーヒーの香りが心地よい。


「サンキュ。後で部屋に来いよ。咲まだ二、三日は俺の部屋にいるから、会いに来い」


「ああ、解ったよ」


 拓也の部屋を出る時に、亮介は拓也の溜め息を聞いた気がした。何か悩みでもあるのだろうか。


 拓也は亮介にもあまり弱みを見せない。亮介は少し心配になった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み