二日目 1

文字数 1,512文字

「う~ん」
 亮介は眠い目をこすりながら身体を起こした。カーテンの隙間から日の光が入り込む。


 寝起きの目には朝の日差しがきつい。眩しそうに目を窄めながらカーテンを開いた。雲一つない良い天気だ。亮介は空を見ながら考えを巡らせた。


「似てるよな……」


 昨夜は沙織と小一時間程取り留めのない話をして別れた。沙織は亮介にとって、忘れたくても忘れられないある女性に似ていた。


 顔がどうとかいうのではない、雰囲気というか空気感が似ているのだ。


 昨夜は沙織のことを考えていて眠れなかった。いや、沙織の中に見えた女性の幻影と言う方が正しいか。


「あいつはまだ俺の中にいるんだな……」


 亮介は深い溜め息を吐いた。


「女々しいな。俺は」




「どうだった?」


「何が?」


 拓也の問いに亮介は素っ気なく答えた。


「まただめだったのか……」


 二人は仕事柄早く起きる癖がついている。今日から年末年始の休暇に入っているが、早く起きてしまっため、寮近くの喫茶店に来ている。


「そうじゃねえよ」


 亮介は少し顔を赤らめた。


「ん?なんだ。あの子が気に入ったのか?」


 拓也はにやにやしながら顔を近づけてくる。


「違うよ」


 亮介は拓也に昨夜のことを話した。沙織という女性のこと。その女性が亮介の昔の彼女――神部優――によく似ていること。


「やっぱりお前……」


 拓也は溜め息を一つ吐いた。


「優のことは忘れろ」


「……」


「お前は沙織って女に優の影を見ているだけだ。沙織に惹かれているわけじゃない」


 亮介はコーヒーを一口啜った。


「あち!」


 猫舌なのを忘れて飲み込んでしまったらしい。それだけ拓也の言葉は本質を突いていた。亮介には返す言葉がなかった。


「拓……」


「なんだよ」


「俺って女々しいかな?」


 拓也は亮介が震えていることに気がついた。拓也は亮介が負った傷の深さを誰よりもよく知っている。亮介の気持ちは痛いほどよく解る。解るからこそ苛立ちもする。


「そんなことねえよ。馬鹿たれ」


 その後しばらく二人の間に会話はなかった。




「なあ。亮介」


 拓也は唐突に話し出した。


「なんだ?」


「俺の顔を立ててほしいんだけどさ」


「だからなんだよ」


 拓也が言いにくい頼みごとをする時はかなり遠回りな言い方をする。そのことをよく知っている亮介は自然と口調が荒くなる。


「お前には息抜きが必要だ」


 拓也は亮介の目を見ようとしない。かなり言いにくい頼みごとのようだ。


「拓、言うなら早く言え」


「ああ、解ってるよ」


 そう言いつつ、なかなか本題に入らない。普段はテキパキした男が、なぜこういう時にだけ優柔不断になるのか。長い付き合いだが、亮介にはさっぱり解らなかった。


「今日、由香ちゃんとデートしてくんない?」


「はあ?」


 予想外の言葉に亮介の返事はかなり間の抜けたものになった。拓也の口からなぜあの娘の名前が出てくるのか。


「昨日お前、由香ちゃんにメールするなって言っただろ?」


「……ああ」


 亮介は怪訝な顔をした。そんなことを拓也に話したのか。女はなんでもしゃべる。


「理由がよく解らないから、直接話したいって言うんだ」


「あの子とは合わない」


「そうか?俺は合うと思うぜ」


「はあ。どこがだよ」


「塞ぎ込んだお前の心を広げられるのは、あの子だと思うがな」


「……今日は忙しい」


「お前さあ。下手くそな嘘が俺に通じると思ってるのか?」


「いや……」


 昔から拓也には隠し事はできない。いつも亮介のかゆいところに手が届く、一番の親友だ。


 もはや断ることはできない。亮介は敗北を確信した。この日になんの用事もなかったことが恨めしい。


「よし。昼一一時に駅前な」


 拓也は亮介の心の声が聞こえているかのように、当たり前のように言った。


 亮介はうなだれるしかなかった。


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