タイトルで各キャラの紹介 ①飛鳥(あすか)ルナ 22歳

文字数 3,618文字

飛鳥ルナは、飛鳥家の三女。高卒の22歳。
19歳の時までは本気で女優になることを夢見ていた。
そんな彼女は今、頭を抱えて悩んでいた。



――どうしよう。また仕事辞めちゃった。
家に帰ってから親になんて説明しよう。

『電話一つで辞められると思ってるのかい、君ぃ!?
 せめて事務所に出向いて退職関係の書類を書いてもらわないと困るよ!!
 制服だってクリーニングしてから返却してもらわないとだねぇ……』

主任のハゲ(46歳独身男性)のヒステリーがうるさくて、
最後まで聞いてられないから途中で電話を切ってしまった。

こっちは辞めたくて辞めたくて仕方ないから電話してるのに、
私の方から会社に行けるわけないじゃん。もう嫌。
あの会社の雰囲気が嫌。口うるさいおばさん達が嫌。
会社のことなんて考えたくもないし、
退職の手続きをするために駐車場まで行く時点で、もうムリ。

私が辞めたのは、
田んぼのど真ん中に新しくできた、日用品の倉庫だった。
一部上場企業だって話だったから、興味本位で入社したみたんだけど、
コロナの影響なのか、仕事が全然ないの。定時前の数時間前の退社なんて当たり前。

出社したら、午前中の段階で8割の出荷は終わっていて、あとは定時まで
ひたすら清掃して時間をつぶす。社員は帰りなさい、とは言わないけどね。
残ったところで、21時まで永遠と掃除するなんて精神的に限界。だから辞めちゃった。

私のシフトは、15時から21時。私はどこの会社に行っても
一ヵ月以上続かないから、早起きしなくて済む時間帯を選んだ。
この倉庫は6時から24時まで稼働してるので朝方の時間は全力で避ける。
午前中の時間帯だとパートのおばさん達がいるでしょ。
あいつらって……うざいのよ。理由は言わなくても分かってもらえると思う。

私たちの住んでいる場所は栃木県南部のとある田舎町。
どこで働いてもおばさん達ほどうざい物はないと思う。
中には意味わからないことで突っかかってくる中年ジジイもいるけどね。

「そんな理由で辞めちゃったの?」

ママは20時過ぎに帰って来た。
今は悲しそうな顔をして私の話を聞いている。

「むしろ逆にこう考えるべきかしら。ルミが1か月も続いた仕事なんて
 今回の倉庫が初めてだものね。少しは成長したと考えるべきか。
 前の仕事を辞めた時は半年も家に引きこもっていたんだから、
 またすぐに仕事見つけてもらうからね」

「分かってるよ……」

私に辞め癖がついてることを改めて言われると少し腹が立つけど、
本当のことだから言い返せない。それにしても時期が悪い。
コロナ渦の中で、簡単に次の仕事が見つかれば苦労しない。

もちろん選ばなければ、土方みたいな、きつくて汚い仕事だったら
簡単に見つかる。お金に困った女の定番なら、男の人を悦ばせるお仕事とかね。
でも私はまだまだ若い。ちゃんと時間をかけて探せば……うーん。

お風呂に入ってさっぱりしてから、自室のドライヤーで髪を髪を乾かしていた。
私の部屋の扉を少しだけ開けて、次女のナギサがのぞき込んでくる。
姉はいつものトゲトゲしい口調でこう言った。

「パパが帰って来てるよ。あんたに話があるそうだからリビングまで来て」

「……わかったよ。すぐ髪を乾かすから、それまで待って」

「できるだけ急ぎなさいよ。最近パパが老け込んじゃってるのって、
 きっとどっかの誰かさんのせいじゃないかな?
 あーやだやだ。学校を卒業してるのにまともに就職先も
 見つからない奴と一緒に暮らしてるとさぁ…」

私はムッとして、ベッドの上にあるマクラを投げつけてやろうかと思った。
小柄で顔は並みだし、胸だって小さい癖に、妙にプライドが高い。
私が会社を辞めるたび、私のこと穀潰しだってバカにしてくる。

「上から目線うざいんだよ!!
 姉ちゃんだってフリーターのくせに」

「私は画家志望ですから。絵は雑誌に入選したりしてますから。
 ネット投降のイラストでも副収入はありますから。何か?」

いちいち、言い方がムカつく。
ナギサはB型で人と違ったことを昔から好む性格だった。
そのせいか、芸術方面に才能を発揮し、今では多芸に秀でていると
いえるレベルにまでなっている。

東京の芸術大学を卒業してから3年経ち、現在は25歳。
昨年、有名な絵画雑誌に人物画が掲載され、10万円の賞金を獲得した。
でもプロとしてやっていくには、年齢が若すぎるし、まだまだ経験不足。

趣味でブログのイラストサイトを運営している。
油絵の風景画から二次元の萌えイラストまで書けるものだから、
調子に乗って漫画を描き始めて、さらにその内容を有料制のサービスにしたら、
そこそこお客さんがいるみたいで収入を得るに至っている。

お金はスポンサーから払われている。
といっても有名なユーチューバーと比べたら、
金額は子供のお小遣い程度。

ナギサは近所のカラオケショップでアルバイトをしている。
お昼から夕方まで働いているから、こっちが本業ね。
午前中の暇な時間を使ってブログの更新や絵の練習をしている。
行楽シーズンは一人で車を走らせて、那須や信州に風景画を描きに行くが、
コロナのせいで今は遠出がためらわれる。だから姉は、
暇な時間は家でアニメのイラストばかり描いている。

「ルナ。大切な話があるんだ。まずはそこに座りなさい」
「はい」

いきなり父に説教されるシーンが始まりました。
父はフチなしの眼鏡をテーブルに置いて、目元をハンカチでぬぐった。
シャツの肩から胸の部分まで汗びっしょり……。
6月のじとじとした季節とはいえ、なんでこんなに汗をかいてるんだろう。

テーブル越しに父と向かい合う。父が何か話し始めるまで待っていた。
父は、よほど言いにくいことなのか、なかなか言い出してくれない。

説教されるのは慣れてるから早くすればいいのに。
父は、白髪の混じったオールバックの髪を片手でなでつけ、
なぜか窓の外や玄関を気にしながらもようやく口を開いた。

「……もし、いやこれは、もしもの話なんだがね。
 父さんがこの家を出て行くとしたら、ルナはどう思う?」

「え」

「つまりだね。父さんと母さんは、色々と話し合った結果なんだが、
 今後も一緒に夫婦としていられる自信がなくなってしまったんだ。
 それは……まーその……別居したいと言う意味で。
 しばらく住む家を別々にしてから、
 お互いの今後のことを考えたいというわけで…」

父は典型的な理系タイプの人間で、説明がくどい。
言いたいことを要約できないのだ。
最後まで聞いてみると、アリサ姉さんみたいに頭の良い人だったら
1分で説明できることを、よくもまあダラダラと5分以上も
しゃべりつづけるもんだと思った。

「繰り返しになるが、これは今日突然決まったことじゃない。
 家庭裁判所では、調停離婚をするにしても、まずは
 夫婦仲改善の努力が必要だと説明された。だけどね。半年以上にわたっても
 このままの状態が続くんじゃあ、どうやってもお互いのためにならない。
 つまりもっと先のことを考えないといけないと思ってだね。あーつまりその…」

娘相手に、めずらしくばつの悪そうな顔をする人だと思った。
いつもは勝ち気で、家ではふんぞり返ってるタイプのくせに。

でも根は真面目な人で、私が生まれてから二回くらい転職したらしいけど、
今日までしっかり働いて家にお金を入れてくれた。
一番上の姉は大学を卒業した。二番目の姉(ナギサ)は芸大を出ている。
奨学金なしで卒業させてくれたことを二人の姉は心から感謝してる。

もっとも三女の私は、勉強もできないし芸術の才能もないから
地元の頭の悪い高校を卒業してから、ニートに近いフリーターになったけど。

「お父さんが出ていくパターンなの? 普通は逆じゃない?」

「その方が好都合なんだ。父さんは最悪社宅に入れる。
 母さんには帰る実家がないんだよ。ルナは覚えてるかな? 
 母さんの実家は弟さんが継いでいるじゃないか」

実はこれは建前。
ナギサ姉から聞いた情報によると
父は会社で愛人を作っていたらしい。

父は都市銀行で営業マンをしていて、
仕事柄、関連する金融機関にはよく出向く。
接待とか商談とかで女性社員との出会いが多い。

なんか夜は若い子と遊んでいるらしいけど父は50過ぎのおじさんだよ。
いくら仕事の経験は豊富でも若い女の子は着いてこないと思いたい。

夜になった。ベッドに横になってもなかなか寝付けない。
うちはマンションだから、この時期はエアコンなしでは寝れない。
ごうごうと、エアコンの音が部屋にむなしく響く。
オフハウスで衝動買いした、お洒落なデザインの壁掛け時計が
時間を刻んでいる音がする。

「お父さんとお母さん、ついに離婚か。
 昔は、ぜんぜんそんな感じじゃなかったんだけどな」

妙に昔のアルバムが見たい衝動に駆られるが、何を血迷ったことを
考えてるんだろうと思い留まる。今度こそ瞳が重くなってきて、眠りについた。
夢に小学校時代にクラスで人気者だった男の子が出てきて、
私と一緒にサッカーボールを蹴っていた。なんでだろう。
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