アヤは学園で高野ミウと会った。

文字数 4,987文字

※アヤ

田舎にしてもこの学園の敷地は広すぎる
校門からだと、どこまで先があるのか全然分からない。
巨大なバリケードで周囲が外から見えないようになってるし、
校舎もそびえたつような雰囲気。
校舎自体が軍事要塞みたいに頑丈に作らてるのは間違いない。

校門から昇降口へと続く歩道がアーチ状になっていて、
おしゃれなイングリッシュガーデンを横目に見ながら歩いた。

今回の学園案内に参加したのは。私を含めてたったの8名の男女。
先導役の先生は、「ナジェージダ・アリルーエワ」って名前の
30歳くらいの女。色気がすごくて、輝くような金髪をポニーテールにしている。
歩くたびにポニーが揺れる。胸もお尻も大きくて、私達日本人の体形とは全然違う。

私達はナジェージダの後ろを歩いた。

「ウフふふ。あなタ、キンチョウしているのネ?」
「い、いえっ、別に」

香水の香りが……した。
歩きながら私に振り返ったアリルーエワは、ナツキさんと似たような
きさくな感じで微笑み、私の隣を歩く。

彼女は自分の出自について、聞いてもないのにベラベラ話し始めた。
マスクヴァー(モスクワ)の郊外出身で共同アパートで生まれ育った。
モスクワでは珍しくウクライナ系の祖父を持つ。弟が二人いる。

中学の時に革命思想に出会い、当時の与党の「統一ロシア」の政策に不満を持つ。
たまたま『学園』がネットを通じてボリシェビキを全世界から募集していたのを知り、
日本の関東地方に興味を持ち、高校一年の秋に『学園』へ転入した。

「この学園ニ興味を持ってくレる人は、革命思想を持ってる。だいたい合格。
 半分の人はね。もう半分ハ、ダメ。遊び半分で来てる人ばっかり。
 でもあなたは、ダイジョウブ。目つきでワカル。ボリシェビキの顔をしている」

ロシア語のアクセントで日本語を話すものだから、
一部の音を歌うように伸ばしながら発音している。
声が腹の奥から出る感じで、女子にしてはかなり低い音程。
それに巻き舌が特徴的だ。

「あそこが校長室。マズはぁ、校長先生にあいさつするのヨ」

ナジェージダは、校長室を指さした。
校長室は電子ロックされているだけでなく、一種の要塞と化していた。
頑丈な二枚扉は鉄製で、扉前には有刺鉄線の鉄条網が張られていた。
さらに赤外線センサーと思われる装置が廊下の壁に取り付けてある。
ここまでする必要があるってことは……たぶんここは安全じゃないのだろう。

ナジェージダがトランシーバー?らしきもので通信すると、
何かもめていた。どうも校長先生は今日は不在らしい。
校長先生は高野ミウ。ミウは学園の校長だけでなく
市議会のメンバーにも選ばれているので、緊急の会議が
入ると、そちらへ出向かなければならない。

今日がたまたま、その日だったらしい。
正直すごく残念だった。
私は写真でしか見たことのない高野ミウをこの目で確かめたかったのに。

代わりに教頭先生が来てくれるから、廊下で待つように言われた。
廊下は異質だった。天井や壁のいたるところにスピーカーや
盗聴器、赤外線センサーと思われる装置がある。

学内での反乱分子を摘発するために用意されたのだろう。
ナツキ様は、学生の頃はこの学び舎で教育を受けたのね……。

「ごきげんよう。未来の同志達よ。そして初めまして」

凛とした声が響いた。見学者一同がそちらへ注目する。

そこにいたのは教頭先生を名乗る女だった。
若い女が教頭だってことにまずびっくり。
しかも清楚な美人。背も高い。

黒くて長い髪。ふわっとウェーブのかかったそれを
背中へ垂らしている。すごい髪のセットの仕方だ。
重力に逆らったかのようにふんわりと左右に広がっている。

でも目つきがすごく悪い。海賊を連想させる三白眼。
ほほ笑んでるつもりなんだろうけど、
表情が硬くてにらまれてるようにしか見えない。

「校長の高野が外出中ですので、
 本日は私がご案内させていただきます。私の名前は……」

高倉……ユウナ?
まさかとは思う。たまたま名字が同じだけだろう。
でも顔のパーツが彼に似てる。整った鼻筋とか。

気になる。気になる。……すごく気になる。

「みなさんも本校のオープンキャンパスに参加されたのですから、
 この学園が一般的な高校の学習内容とは一線を画していることは
 ご存じかと思います。まず普通科に該当する科はございません」

主に下の四つに分類される。

保安科
防諜科
外国語科
生物化学科

『保安科』は体育会系コース。
肉体訓練が主で、卒業後は警察や兵隊になるべき訓練を行う。
学内においては秘密警察として学内の反乱分子の
摘発、監禁、尋問、拷問を行う。

潜入、破壊工作の訓練。
学内の収容所の管理、運営。
収容所の囚人の管理。まさに刑務所の勤務に近い。

『防諜科』は文系でスパイを要請するコース。今一番力を入れてるのは
サイバーテロリストの要請。金融機関への不正アクセス。資金の強奪。
ネット回線のジャック。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ステマ、
あらゆるメディアを通じての共産主義の宣伝。ビラの作成。
資本主義の批判。共産主義への勧誘。

PC関連のスキルは必須。
文才があって演説がうまいなど、
言葉を通じて人を先導するのが主なお仕事。
全校生徒のラインなどSNSの内容も把握しているそうね。

『外国語科』はガチの文系コース。
名前の通り外国語を実践可能なレベルまで習得するのが目的。

実践可能なレベルとは「外国語で外国人と喧嘩が可能なレベル」
「外国語で新聞が読める」「外国語で国営放送の内容が80%理解できる」
を指す。英語は基本として、ロシア語、ドイツ語、フランス語、中国語、
朝鮮語の中から好きな外国語を選択して三年間学ぶ。
三年時よりアラビア語も選択可能になる。
同時に学べるのは三か国語までだが、学園は二か国語までを推奨している。
三年間では一度に覚えきれないからだ。

100年以上の共産主義の歴史がある仏の『パリ・コミューン』
旧ソビエト共産主義諸国(15か国、ロシア語で応答可能)、
カール・マルクスの母国ドイツ、現共産主義国の中国、
北朝鮮と連絡をするのが目的。

外国語科には高度な政治、経済、軍事のレベルをまず日本語で
理解する必要がある。実は生徒から最も人気がないが、
やりがいのある名誉なコースだとユウナさんから教わった。


『生物化学科』理系コース。
爆弾、生物兵器、細菌兵器などを作るのが目的。
PCウイルスの作成も行っている。世界のテロリストが使用している
便利な武器や爆弾を直接輸入し、分解して製造したりもする。

この学園に必要な軍事力の基礎を作るコースで、
振り分け試験の成績優秀者で選抜されたエリートコース。
全学年でたったの3クラスしかない。つまり各学年に1クラス。

授業らしい授業はなく、基礎講習が終わったら三学年合同で
研究室や屋外実験場を自由に使ってよい。茨城ソビエトの人たちと
昔から交流があって、夏の間は山の中にこもって爆弾を製造する合同合宿がある。

「パンフレットのビラを渡しておきましょう」

ユウナさんから渡されたビラを読むと、
ますます頭が痛くなってきた。

学園の沿革とか、卒業生の人達の功績が書かれてるんだけど、
これがすごいのよ。写真からして偉人の集まりって感じがする。

当時のミウ、ナツキさん、ごついロシア人のおっさん?(高校生って書いてる)
がいる、生徒会メンバーの集合写真。ミウが在学中の時の写真は
今から10年も前になるけど、写真からも威圧感を感じるほど。

かつてミウは副会長として学園中を恐怖で支配し、
あらゆる反対主義者と、そう思われる人まで強制収容所送りにした。
生徒会内部であっても職務怠慢な者は
革命的情熱が足りないとして処罰の対象にさえなった。

一番すごかったのが、当時の秘密警察であった保安委員部に対してだ。
強制収容所7号室の囚人の集団脱走を許してしまった時、
保安委員部のメンバー70名にスパイがいると断定し、
全員の監禁と尋問(拷問)を実施しようとしたことだ。

会長のナツキさん他の説得があって、最終的には
ボリシェビキ宣誓書に署名する程度の再教育で済んだという話だ。

「それで……わが校の生徒達の活動内容なのですが、
 参考程度に見ていただけますか?」

ユウナさんが別のビラを渡してくれた。
各コースの活動の実績や内容が書かれている。

なんか、理系コースの人が書いた爆弾の設計図らしい。
複雑すぎて何が書いてあるのかさっぱり分からない。
高校生で理解できる人いるの? しかも実際に爆弾を製造して
中東地域へ輸出もしてるそうだけど。

次は文系コースの外国語科。パリ・コミューンの主要な幹部の写真と経歴が
書かれている。しかも全部フランス語で書かれているから
何が書いてあるかさっぱり。英語ですらわからないのに。

あとフランス語の歌? 民謡の歌詞がフランス語で書いてある。
音楽の時間に使うのかと思ったら、発声練習のため?

「語学は発声練習が基本。フランス語の基本会話(構文)を
 一日2時間。累計500時間。リスニングはラジオやテレビをその倍の時間
 続けてもらうわ。辞書丸一冊分の構文を丸暗記。覚えるまで音読を続けます」

言語って口に出さないと絶対にマスターできないんだ……。
しかも会話する以前に、まず独り言から覚えるのがコツか。
ベルギー、オランダなど多言語話者の国の学習法を参考にしているんだって。

防諜では各種新聞を読むことが義務化されていた。
普通の新聞から経済新聞まで全部。つまりそれらの
内容を理解するために幅広い知識が必要とされる。

自然と政治、経済、外交、軍事、化学、医療に詳しくなる。
定期テスト時には、宣伝に必要な文章表現力で強烈に資本主義を
批判しないと、革命的情熱が足りないとして処罰されることもある。

なんていうか、住む世界が違う。
思想とかそういう次元じゃなくて、
学校はそもそも勉強のできない馬鹿を求めてない。

「ビラは各自持ち帰ってもらって結構です。
 大切に保管していただけると嬉しいですわ」

ビラをその辺に捨てるか、資本主義者に渡したら処罰されそう……。

「機密保持のため教室内を見学することはできません。
 ですが私の口からでよければ、疑問質問に答えさせていただきます。
 さて未来の同志諸君。質問はございますか?
 気になったことは何でも構いません」

私達は思わず委縮した。
校長室で校長用のイスに腰掛けるユウナさん。
私達見学者は来客用のソファーに座っている。

下手なことを訊いたら粛清されるに違いない。
緊張で空気が重くなるけど、勇気のあるメガネ男子が
ユウナさんの学生時代の専攻を訊いた。

ユウナさんは外国語科だったらしい。
試しにとフランス語とロシア語で自己紹介を披露される。
ペラペラすぎてネイティブにしか思えなかった。

「あの、高倉先生はお兄さんとかいますか?」

見学者の視線が私に集中したのがわかった。
何言ってるんだこいつ、みたいな。軽蔑の視線。
でも気になったんだから我慢して

ユウナさんは一瞬だけ目を見開いた後、

「兄がいますよ。一歳年上の」
「その人ってこの学校の卒業生ですか?」
「ええ」
「このビラの写真に写っている人ですよね?」
「よくご存じね。兄にあったことがあるの?」
「はい。ありますっ」

その数分後、解散となった。

私はユウナさんに呼び止められ、ナツキさんとの関係を詳しく聞かれた。
警察の尋問みたいに同じことを何度も聞かれてストレスがたまる。
不思議なことにユウナさんは私とナツキさんがファミレスで
会っていたことに嫉妬してる……? 説明会の時とは別人の顔だ。

「図に乗らないでね。お兄様はね、誰にでも良い顔をする人なのよ。
 ちょっと優しくされると、あなたみたいな勘違いする女が現れる。
 いつものことよ。そういうの、みっともないから止めた方がいいわよ。
 あと必要もないのに連絡をするのもやめて。兄は忙しいのよ。
 あなたみたいなお子様には分からないでしょうけど」

今時自分の兄をお兄様なんて呼ぶ人いたんだ。
こいつブラコンじゃん。自分の年齢考えろよオバサン。

ああ無理。やっぱりこの学園は私には合わない。
別に私がここでプロのスパイにならなくても、これだけ
多くの同志がいてくれるなら、いつか革命が起こせるでしょ。

今日はいろいろなことが分かって収穫の多い日だった。
私は家から一番近い高校に入学しよう。
どうせ資本主義社会の教育プログラムなんて社畜を生み出すための訓練。
まじめに勉強したって将来社畜にされて人生おしまいなんだから。
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