日本が栃木を攻撃しようとしている。

文字数 5,271文字

※ナツキ

最近僕の一人称が増えた気がする。
立件民主党が主導する日本政府は、最初のうちは
僕らの軍事力を恐れて優遇策をしてきた。
例えば助成金だ。僕らの栃木は内陸県で山岳部と平野部に分かれる。

ここを北関東ソビエト連邦の交通の拠点とするためには、
道路網のさらなる整備が必須となるのだが、公共事業費の財源のとなる
地方交付税交付金を立件民主党が出してくれた。
正確にはソ連が発行する国債を買い取ってくれたわけだ。
今では国が異なるのに、まるで地方自治体に対する措置である。

そして日本全国に存在する潜在的ボリシェビキを、ソ連まで
列車輸送もしてくれた。我が国の人口は一日で100人以上増えている計算だ。
日本にはこれほど資本主義に疑問と怒りを感じている人がいたというのだ。
もっとも日本からすれば、不穏分子を国内に置いておきたくないのが
一番の理由なんだろうが。

その一方、茨城県の太平洋側の沿岸部に、壊滅したはずの
日本艦隊が集結中との報も受けている。孤島作戦から三か月が経過し
年末が近づいているというのに。たった三か月で日本がどうやって
大艦隊を再建したのかは知らない。

そしてこれは後でわかったことなのだが、栃木ソビエト内の
道路網を普及させた一番の理由は、日本陸軍の戦車部隊の移動を
容易にするためだったという。立件民主党の主要な幹部は
カクマル派、チュウカク派だと聞いているが、ずいぶんとソ連に対し好戦的だ。

※ ↑革命的マルクスレーニン主義者たちのこと。日本の左翼組織。

「仮に鉄人28号の戦闘力を、戦車大隊10個分と算定すると、
 敵が我が方に陸側から進行するメリットはありませんな」

「ヘリコプターや爆撃機からの攻撃に関しましては、
 ブラックオックスのビーム攻撃が極めて有効。
 これは以前の学園防衛線でも証明されましたな」

「日本中の失業者を軍人に転用するとしても、
 人件費がかさみますな。財源となるのは税収が、
 ソ連一国で賄うのは厳しい状況ですな」

上は栃木ソビエト本部の中央委員会での話し合いの様子だ。
我々がやるべきことは山ほどある。中央委員は憲法や法律、
軍事、化学、研究開発の分野の専門家が多い。
最も難しいのが経済政策だった。
ソ連ではかつて計画経済が敷かれたが、やがては破綻した。

労働者の奴隷化を防ぐためには企業の国営化、政府の市場介入が必須だが、
これはかつてどの人類も成しえなかった神の手に等しい。
歴史を見ると共産主義国の大半の国民が資本主義国よりはるかに貧しいのだ。

国家の基礎が構築されるまでの当面の間は、
中国を参考に経済のみ資本主義制度を導入するべきとの意見も多い。
それは起業家の利潤追求の考えを容認したに等しく、
結果的に中国共産党は国内に多くの賃金奴隷を抱えながら発展した。

企業の経営はともかく、金融政策の方が急務だ。
新国家は大量の国債を発行して財源をまかなっているため、
金利の低下とインフレ率の上昇がさけられない。
栃木ソビエトの中枢に金融に明るいものは少なく、政策が難航していた。

中央委員会の会議で金融関係のことになると、
みなの発言数が激減することから、
いかに金融問題が複雑なのかが分かる。

「では日本の金融庁の大臣の妻と子供を誘拐。
 そして身代金の要求と同時に大臣の住居を爆破。
 混乱に乗じて大臣を拉致。
 監禁して洗脳する流れでよろしいかな?」

人民委員会議の議長の発言に対し、
円卓に並んだエリートボリシェビキたちが拍手する。

我々は国家の運営経験がゼロだ。それは立件民主党も同じようなもので、
ソビエトと日本の両方の政治と経済が混乱している。
そこで我々は自民党時代の金融の専門家を拉致して
無理やり職務につかせることで全会一致したのだ。

まず大臣の子供を誘拐するために、子供の通学路を衛星データから割り出し、
訓練を受けたスパイを潜入させることにした。
子供は学園の地下に送り、見せしめに拷問するシーンをオンラインで大臣に公開する。
非道だと思われるかもしれないが、資本主義国に対して情けは無用なのだ。

「本日はこれにて閉幕する」

議長の言葉に合わせて一同が席を立ち、会議室は閑散とする。
僕は席に座ったまま残っていた。スーツのポケットに入れていた
私用のスマホの電源を入れると、きてるきてる。
アユミからのラインメールが。

『今日は病院に来ないの?』

実はアユミからも告白された。しかもユウナから告白された翌日に。

それから僕は返事を引き延ばすために病院に通わなくなった。
そのためかユウナはついに退院を決意し、学園での教頭職を再開するのだった。

ユウナは別人のように明るい性格になってイキイキと職務をこなしている。
教頭の仕事は、学内の見回り(強制収容所含む)、備品の発注、
コミンテルン(ソ連の国際スパイ組織)との連絡、
職員や生徒の悩み相談など多岐にわたる。

僕はユウナにも返事をしてないが、実のところユウナを愛していた。
僕は紅茶を飲み、会議で疲れた頭をクールダウンさせているのだが、
頭にふと浮かぶのはユウナのムチムチした身体だった。

ユウナの体は一言でいうと最高だ。
今までどうしてあの体を味わなかったのだろうと後悔するくらいに。
寝る前までにユウナの大きなおっぱいを触っておかないと、
頭がもやもやしてベッドの上でバタ足をしてしまうくらいだ。

ユウナは決して仕事人間というわけではなく、家では家事をよくやる。
家事をやらないのはニートのアユミの方だ。
あの子は口では専業主婦希望と言っておきながら、
母さんに甘えてばかりで、起きるのはいつも昼過ぎだ。
ユウナは朝は六時前に起きる。ミウと同じだ。


※堀太盛(ほりせまる) (学園生活シリーズの主人公)

すでに紹介があったと思うが、俺は高野ミウの旦那だ。
午前中の家事を終えたので、コーヒーブレイクしながら
「プラウダ」に目を通す。

プラウダはロシア語で真実・正義を意味する。
百年以上の歴史を持つソ連の機関誌である。
他に日刊紙のイズベチア(ニュース)もある。

いずれも栃木ソビエト内で流通している新聞だ。
俺は電子画面で読むのは好まないため紙面を読む。
読み終わった新聞は何かと再利用できるので便利だ。

「ほう。今日の見出しは一段とすごいな」

新聞にはカラーページや写真が満載されており
読みごたえは満載だった。今日は一面にまもなく
布告されるソビエト憲法の条文が乗せられていた。
また現閣僚の写真付きの経歴書まで乗せられている。

新国家の閣僚だけに本物のエリートばかりで、
学歴や職歴は申し分ない。全員が海外留学や勤務の経験者だ。

自民党のようにコネで選ばれる愚図とは根本が違う。
顔写真から指導者としての貫禄を感じさせる。
防衛関係の大臣補佐にはロシア人やカフカース地方の人も含まれていた。

ブブブ……と俺のスマホが振動した。
ラインかツイッターかと、手に取るとラインだった。
送り主はこの学園の教頭、高倉ユウナちゃんだった。

『ご無沙汰しております。同志太盛よ。
 学園のことで、ちょっと相談したいことがありまして。
 お暇でしたらお昼休みに副校長室までいらしてください』

今は九時過ぎだ。こんな朝っぱらからメールをくれるとは……
内容からして校長のミウや兄上のナツキには言いにくいことか。
しかしなぜ俺に? といぶかしむが。どうせ近くだから構わん。

俺の住んでいる場所は、学内にある小さな宿泊施設。
通称「ミウの小屋」だ。平屋の小さな一軒家が学内に
建てられていて、俺とミウはここで暮らしている。
中はワンルームマンション程度の広さだ。
俺もミウも質素な生活を好むからこの広さで成れたものだ。

子供の名前は男の子の太盛ジュニア。
最近は俺が教頭の仕事を代理で行っており多忙だったので、
実家のお義母さん(ミウの母親)のマンションに預けている。

12月に入ってから立件民主党の軍隊の動きが活発になっており、
また学園を標的にされるかもしれないので
ジュニアをここに置いておくのは危険との判断もある。

12時ちょうどになった。
「よし」俺はスーツに着替えてから学園の玄関に入った。
副校長室の前でユウナちゃんが待っていてくれた。

「やあ。急に呼び出してどうしたんだい?」
「詳しくは中で……」

俺は客向けのソファに座って彼女と向かい合った。

「太盛さんは幽霊を信じますか?」
「さあね。見た人の話は聞いたことあるけど」
「私はその見える人だったんですよ」

学内で幽霊の目撃証言が多発しているそうだ。
若い娘の幽霊で、年頃はちょうど中学生か高校生くらい。
足元は透けていて浮遊している。
なんだか漫画に出てきそうな典型的な幽霊だな。

「実は幽霊の正体を知ってるんです」

ユウナは太ももの上で両手をきつく組んだ。

「川村アヤ。15歳の女で孤島組の一人でした……」

「新聞で読んだから名前は覚えているよ。
 壮絶な戦死だったようだね。その子が君の枕元に出るのか?」

「場所は関係ないんです。お風呂に入っているときとか、
 トイレとか、寝る前とか、いつでもどこでも私の
 あとをついてきます。学校の廊下にいたこともあります」

アヤの幽霊は、ふとした時に壁の隅に立っていたりするらしい。
何かしてくるわけではない。ただユウナを恨めしそうに
にらんでいる。幽霊なので口は利いてくれない。
彼女は死んだ時の軍服をまだ着ていて、死んだ後も
孤島作戦のことを根に持っているのは疑いようもない。

「実は私……兄さんに求婚したんです」

「なんだって!!」

「自分でも狂ってるとは思いますけど、どうしても
 兄のことが好きなんです。私も太盛さんやミウさんのように
 夫婦になってみたいなーとずっと前から思っていたんです。 
 私を軽蔑しますか?」

「……君はボリシェビキの幹部だ。君の恋路について、
 ただの主夫をやってる俺が口を出せるものかよ。
 で、そのことが幽霊と何の関係が?」

「アヤは、兄さんを慕っていたんです」

「えっと……つまり君たちはナツキ君を奪い合っていると」

「そうなりますね。あの子は死んでいるんですけど、
 まだ諦めていないみたいです」

「モテるなぁナツキ。君みたいな美人さんに惚れられるだけでも
 幸せ者なのに、さらに中学生からもか。はは。ナツキ君は
 選びたい放題ってわけか。冥界からもラブコールをもらえるとは」

ユウナにきっとにらまれた。

「っと、冗談はこれくらいにしようか。
 幽霊を見始めたのはいつからなんだ?」

「私が兄に告白した次の日からです。
 急に病室に現れるようになったから
 怖くなって退院することにしたんです」

「なるほどね。そういえば、君の妹さんはどうなんだ?
 妹さんも兄上を慕っていたはずだ。あの子のところには
 幽霊は現れなかったのか?」

「電話で聞いたら、見てないそうです。
 嘘をつく子じゃないから本当だと思います」

「ナツキ君は?」

「……兄にこのことを話すのは気まずくて」

「それもそうか。あの人の性格なら、きっと気負いして
 永遠に君とは結婚してくれないだろうね。
 なるほど。君の言いたいことは分かったよ。
 兄上に内緒で幽霊の件を解決してほしいってことだね」

「その通りです!! さすが太盛さん、聡明ですね!!」

「はは。褒めても何も出ないぜ。といっても、
 除霊の方法なんて急には思いつかないんだがね。 
 しかし……あてがないわけでもないか」

家に帰ってからじっくり考えると伝えた。
ユウナは深くお辞儀してから俺を見送ってくれた。
昼休みはとっくに終わっていて、13時半になっている。
こんなに話し込んでたのかよ。それにしても楽しかったな。

実は俺には下心があって、ユウナの顔はすごく好みだった。
結婚してからミウに束縛され続けて、たまには別の女を見たいという
欲がある。もちろんミウにばれたら罰として本当に拷問されるのだが。

俺は憂いを秘めたユウナの瞳を思い出し、
ニヤニヤしながら実家の堀家に電話をかけた。


--------------
※ユウナ

上司のミウさんの旦那さんだから、あんまりジロジロ見たら
悪いとは思うけど、やっぱり太盛さんはイケメンだった。
兄さんより少しだけワイルドで、日に焼けた肌の色が素敵。

身長が少しだけ足りない感じだけど、
他の部分が素敵なのであんまり気にならない。
私とひとつしか年が違わないのに、
穏やかさと優しさを感じさせる瞳が印象的だった。
今日は相談しつつも目の保養にさせてもらった。

「本当は兄さん以外の人を好きにならないと
 いけないって、分かっているんだけどね」

私はこれからも兄さん以外の人を愛することができないのだ。
太盛さんも確かに素敵なんだけど、私にとっては
兄さんほどじゃない。なぜだろう。理由なんてきっとない。
だって気が付いたら好きになっていたんだから。

私はアヤの幽霊に打ち勝つ。そして兄さんの返事を聞く。
もし兄さんに振られたら私は一生独身なのかもしれない。
返事を聞くのが怖い。でも前に進むって決めた。
アユミだって兄さんを獲物のように狙っているんだもの。

私にとって一番胃が痛くなるのは、兄さんが私以外の
女と結婚してしまうことだ。本当にそんなことになったら
私もアヤと同じように拳銃自殺してしまう自信がある。
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