第12話少女の夢と漆黒の野望④

文字数 5,643文字

 聖海騎士団詰め所にやってきた領主のブルースは、クルーガーと握手したあと、マイたち一人ひとりに丁寧にあいさつし、歓迎の言葉を述べた。
 少女たちがこわばった表情で、それぞれ自己紹介をした。
「なあブルース、暗黒石の採掘は順調か?」
 クルーガーのいきなり核心に迫る質問に、マイたちが凍り付く。
「貴様っ、なんという失礼な!」
 抜刀しようとする近衛兵をブルースが制止する。
「暗黒石? 何のことですか?」
 まったく覚えのない様子のブルースに、クルーガーが舌打ちをする。
――眉ひとつ動かさねぇとは、さすが魔族といったところか。とぼけやがって。
「わたくしたち、昨夜2人組の男性に追われていた男の子と女の子を保護いたしまして、さきほどこちらに預けたのですが、ブルース伯爵は何かご存知ありませんか?」
 エリーゼも質問で攻める。
「ああ、パトラとブーケのことですね?」
「えっ……なぜ名前を?」
 少女たちがいっせいに驚く。
「あの子たちは、私の奴隷です」
「奴隷ですって!」
「どういうことですか?」
 少女たちの顔に怒りがにじみ出てくる。
「いや、言葉そのままの意味ですよ。ユーフォルムで奴隷は珍しいですか?」
 ブルースの余裕に満ちた顔は変わらない。
「俺は、聖教騎士団の依頼を受けてこの島に調査に来た。確認させてもらうぜ」
 クルーガーがフェンリルから受け取った、委任状と許可証を見せる。
「では、一緒に行きましょう。私も騎士団から報告を受けて、2人を引き取りに来たんです」
 クルーガーたちは、ブルースの後について歩き出した。
 詰め所の奥にある一室の前まで来て、ブルースがドアのそばに立つ衛兵に指示すると、彼は部屋の中からパトラとブーケを連れて出てきた。
 パトラとブーケの瞳はどこかうつろで、さっきまでマイたちと別れるのを泣いて嫌がっていた2人とはまるで別人のようだった。マイたちが呼びかけても、まったく反応が無く、こちらを見向きもしない。
「パトラ、ブーケ、心配したんだぞ。逃亡したことを罪にとがめる気はない。戻って来てくれるね?」
 ブルースの優しい言葉に、パトラとブーケが首を縦に振る。
「感動の再会を邪魔してすまねぇが、確認させてもらうぜ」
 クルーガーがパトラの服の袖をまくり、次にブーケの服の袖をまくり上げた。兄妹の左腕には、奴隷を意味する焼き印がくっきりと刻まれていた。
「いかがですか? 2人は間違いなく私の奴隷です。これで納得していただけましたか?」
「ああ、ありがとよ」
「よろしければ皆さん、私の城に今度遊びにいらしてください。仕事の休憩時間にパトラとブーケにも会っていただけると、2人も喜ぶと思いますから。では、失礼しますね」
 ブルースは、パトラとブーケを連れて詰め所をあとにした。
 マイたちは2人を呼び止めようとしたが、兄妹にかける言葉が見つからず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。


 湾岸都市ダイバーからダミール島に向けて出発した定期船では、男性客を中心に落ち着きなくざわついていた。
 それは、出発間際に船へ駆け込んできた1人の女性が原因だった。
 彼女はサーベルを腰に下げ、防具は胸当てと手甲のみの軽装で、円に星型の紋章が描かれたマントを身に着けている。
 女性の騎士は数少なくめずらしいが、男性客の視線を集める最大の理由は彼女の美しさにあった。
 170センチの長身と端整な顔立ち、ポニーテールの美しい銀髪ロングヘアーが周囲の男性陣を魅了する。
「こんにちは。観光ですか? 私はレーメンのローバ神殿所属、騎士団長のギーザと言います。あなたのお名前は?」
「ふう……」
「私は休暇を利用して観光に来ました。よろしければ一緒に島を周りませんか?」
 ため息をつく彼女に見とれながら、ギーザはこのチャンスを逃すまいと美女にアプローチを続ける。
「私は観光ではない。事件の調査でダミール島へ向かっている」
「では、仕事が終わってからで結構です。ぜひ一緒に――」
「クロエだ。私はマリアンヌ聖教騎士団団長、クロエ・モンフォールだ」
 男の表情が凍り付く。
「し、失礼いたしましたっ。モンフォール公爵とはつゆ知らず。どうぞお許しください」
 ギーザがひれ伏し、床に頭をこすりつける。
「もういい。やめないか。人が見ている」
「ハハアッ」
 許しを得たギーザは走って船室へ戻っていった。
 クロエは再び深いため息をつきながら、徐々に近づいてくるダミール島をジッと見つめた。
 人から注目されることは、騎士学校のころから慣れていた。座学、剣術から魔術にいたるまで、常にトップで周囲を寄せ付けない圧倒的な実力。さらに外見の美しさまで兼ね添えた高貴な家柄のお嬢様が目立たないはずはない。
 7歳から騎士学校に進学したクロエにとって、周囲の羨望と期待はたまらなく苦痛で重荷でしかなかった。
 彼女のそばにはいつも多くのクラスメイトが集まっていたが、本当に友達と呼べる存在は一人としていなかった。教師たちは彼女をほめちぎり、もてはやした。
 己の利益を求めて群がる同級生、好印象を欲して忖度する教師、人間の汚れた部分を目の当たりにする学校生活が、幼いクロエにとって嫌で仕方がなかった。
 幼い彼女が、それでも努力を怠らなかったのは9歳年上の兄のお陰であった。
 剣術のけいこをつけてくれる兄は鬼のように厳しかった。一切手を抜かず、正面から彼女にぶつかった。
 一緒に遊んでくれる兄はとても優しく面白かった。ままごとや人形遊びなど、女の子がする遊びにも笑顔で付き合ってくれる、面倒見の良い兄だった。
 クロエは彼の前でだけ、普通の年相応の女の子でいられた。
 若干17歳で聖教騎士団副団長に就任し、大陸戦争においては戦争終結につながる功績を上げた兄を、クロエは心から尊敬し愛していた。
 クロエが騎士学校初等科5年のとき、兄が騎士団を退団して家から出て行った。
 兄に会えるのは年に一度、クロエの誕生日だけだった。
 自分の立派に成長した姿を兄に見せることだけを目標に、クロエは鍛錬を重ね続けた。
 クロエが飛び級で騎士学校を卒業した16歳の時以来、兄は帰ってきていない。

――兄上と最後にお会いしたのは、卒業式の日か。フェンリルを問い詰めたかいがあったな。まさか兄上が事件の調査でダミール島にいらっしゃるとは。やっとお会いできるぞ。

 クロエは嬉しそうに、両手をそっと胸に添えた。
 
 
 別荘までの帰り道、カーリック村と都市バルサの事件に、ダミール島近辺の島々で採掘できる暗黒石が関わっていることをクルーガーはマイたちに伝えた。そして、おそらく領主のブルース伯爵が魔族にすり替わっていること、パトラやブーケをはじめとする奴隷たちが暗黒石の採掘作業に使われていることを推測して話した。
「てなわけで、お前らはすぐに帰れ。ダイバーに着いたら、神殿の騎士団に援軍を頼んでくれ」
 クルーガーは言いながら、エリーゼに調査委任状と許可証を手渡した。
「なぜ、わたくしが……」
「ポワール神殿のお嬢様なら顔がきくだろ? こういうのは信用性が大事なんだよ」
「信用性ゼロのおっさんが言うと、説得力あるよな」
 ルカの言葉にマイとエリーゼが笑い出す。
「さあ、帰り支度ができたら港へ行くぞ。さっさとやってこい」
 別荘の門前でクルーガーが少女たちをせかす。
「クルーガーさんは、この後どうなさるおつもり?」
「お前らを港まで送ったら、魔族退治としゃれこむ予定だ。んで、採掘現場おさえて、一件落着ってとこかな」
 エリーゼの問いに、冗談交じりに答える。
「私、クルーさんと一緒に行きます!」
「アタシも行くぜ」
「わたくしも参ります」
 少女たちがいっせいに身を乗り出して、クルーガーに詰め寄った。
「おいおいおいおい、俺とデートしたい気持ちはよーくわかるがな、お前ら俺の話ちゃんと聞いてたか? 援軍が来なけりゃ、あの世がデートコースになっちまう」
「しかしパトラやブーケ、それに2人の家族や他の奴隷たちを解放することも重要よ」
「わかったよ。んじゃ、チビ、お前が一緒に来い。お嬢とルカは援軍を呼んできてくれ」
 マイがクルーガーの目を見てうなずく。
「わかったわ。マイ、頼んだわよ」
「気をつけろよ」
 マイに声をかけ、2人が別荘に入ろうとしたところへ、たくさんの兵士たちが押し寄せてきた。あっという間に左右から挟まれる形となり、身動きを封じられる。
「お前たちに、城から奴隷を逃がす手引きをした疑いがかけられている。これから取り調べを行う。城まで同行してもらおう」
 聖海騎士団の兵士がクルーガーに近づく。
「ハハハッ。くだらねぇ芝居は無しにしようぜ。お前らに聞きたいことがある。暗黒石の危険性を分かったうえで採掘させてんのか? 知ってて法を犯してんのか?」
「さあなぁ? そんなこと知ってどうすんだよ? どうせお前はウミガメの餌になるんだぜぇ」
 兵士が不敵な笑みを浮かべた。
「そうか、そんなら遠慮せずお前らを切り刻めるってもんだ。みんな走れ!」
 クルーガーが叫び、ダガーナイフを抜いて走り出す。彼が走り抜けるあとに、鮮血飛び散る兵士が次々と倒れていった。そのあとを、少女たちが追いかける。前方の兵士をすべて切り倒したクルーガーがくるりと向きを変え、後方の兵士に向かって切りつける。その隙をついて、ルカとエリーゼが港へ続く道を全速力で走っていく。
「天に輝く神の光よ、我に力を与えたもう! 聖なる矢となり、邪悪な敵を打ち砕け!」
 詠唱と共に光の矢が降り注ぎ、兵士たちが倒れる。マイが後方から攻撃を支援し、兵士たちの乱れに乗じて、クルーガーが近距離攻撃で大ダメージを与えていく。
 2人のコンビネーションは見事に成功し、聖海騎士団の一部隊をあっという間に掌握してしまった。
「さあ、敵の城に乗り込もうか」
「はいっ!」
 マイが気合いっぱいに返事した。


 ルカとエリーゼは港まで続く道のりを必死に走り続けた。決して後ろを振り返らず、仲間を信じてひたすら前を向いて進んだ。
 港にたどり着いた2人は、「ハア、ハア」と息を切らしながら、目の前に近づく定期船に乗り込むため、乗船する人の行列に並んだ。
 列に並んだ2人に向かって、突如巨大な氷柱が降ってきた。
 それに気がついたルカがエリーゼの手を引き、間一髪で落下してくる氷柱を回避した。
 定期船を待って並んでいた人たちが、蜘蛛の子を散らすかのように大騒ぎで散らばっていく。
「クソっ、どこからの攻撃か分かんねえ」
 ルカが辺りを見回し警戒する。
「今のは水の魔術……相手はおそらく魔導士よ」
 エリーゼが次の攻撃に備え、神の加護を詠唱してシールドを展開させた。
 上空から、再び巨大な氷柱が2人に襲い掛かる。
 氷柱がシールドに直撃し、双方粉々に砕け散った。
「ううっ……」
 割れて飛んできた小さな氷柱が、ルカの腕に突き刺さる。
「ルカ!」
 エリーゼが氷柱を引き抜くと、ルカの左腕から真っ赤な血が溢れてきた。
「エリー! 上っ!」
 ルカが大声で叫んだ。
 エリーゼが彼女の言葉で空を見上げる。
 上空から特大の氷柱が落下してくる。
 エリーゼが精いっぱい両手を天に向かって広げ、早口で神の加護を詠唱する。

――ダメ、間に合わないわ。

 ルカとエリーゼが絶望し、目を閉じたそのとき、特大の氷柱が真っ二つに割れて2人の左右に落下した。
 目を開けた2人の前に、銀髪ロングのポニーテールを潮風になびかせ、サーベルを構えた長身の女性が立っていた。
「ありがとうございます」
 ルカの腕を治癒しながら、エリーゼが礼を言う。
「ケガは大丈夫?」
「はい、大したことないっす」
 ルカが歯を食いしばって答える。
「我慢強いね。私はクロエ。よろしくね。話はあとから聞くとして、敵魔導士を抑えないと。君たちはここでジッとしていて」
 クロエが注意深く周囲を警戒する。
 今度は、槍のように鋭くて細長い氷柱が横から襲い掛かってくる。
 クロエが氷柱の槍をサーベルで受け流して軌道を変えた。
 氷柱の槍が次々とクロエめがけて飛んできた。
「風よ、我が剣に宿れ。すべてを切り裂く疾風よ、吹き荒れろ」 
 クロエの詠唱により、飛んできた氷柱が消滅する。
 疾風が吹きぬけていくその先で、「ぎゃっ」という悲鳴が上がった。
「出てこい魔導士!」
 クロエの良く通る声が港に響いた。
「聖教騎士団の小娘が、偉そうにほざきおって。この私と魔術で勝負するなど、100年早いわっ!」
 血の滲む肩を押さえながら、小柄な男の魔導士が姿を現した。
「炎よ我が剣に宿れ」
 クロエが魔導士に向かって走り出す。
「罪を焼き尽くす地獄の業火よ、盾となれ」
 魔導士が再び放った鋭い氷柱が、炎の盾に触れた瞬間、溶けてなくなった。
「焼き払え!」
 クロエが魔導士に一太刀浴びせると、その切り口から炎が上がり、その体はやがて紅蓮に包まれて燃え上がった。
 剣を鞘に納めて、クロエが少女たちの元へ戻ってくる。
「傷は平気みたいね。あなたたちは神学校の生徒かしら?」
「はい、ユーフォルム神学校初等科6年のエリーゼです」
「同じく、ルカです」
「話を聞かせてくれる? 場所を移しましょうか」
 クロエが歩き始めたそのとき、後方から怒りに満ちた咆哮が上がった。
 その異様なまでの叫び声に、ルカとエリーゼは恐怖のあまり震えだした。
「ゴォォォォォォォォォ!」
「人間であることを放棄するとは、哀れな魔導士よ……」
 クロエが鞘からサーベルを抜いて構える。
 猛火に包まれる魔導士の手には、指輪がはめられていた。
 漆黒の魔石が怪しく輝いた――。
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