第28話少女の記憶と悲しきメロディ⑨

文字数 4,300文字

 不用心に近づいてくるクルーガーを少年が警戒する。

――俺の動きはすべて読まれてる。それなら、オリジナルの攻撃にカウンターで合わせる!

 少年が握りしめた拳を胸の前で構えた。
 一瞬で間合いを詰めたクルーガーが、彼の脇腹に強烈なパンチを打ち込む。
「うぅ……」
 苦悶の表情を浮かべた少年が、身をよじらせながらヨロヨロと後ろへ下がった。
「お前、俺の動きが見えるのか? まともに当たったら一発ダウンのはずだぜ」
 余裕の表情で話すクルーガーを、少年は脇腹を押さえながらにらみつけた。少年の額から大量の汗が吹き出し、頬を伝って流れ落ちる。

――動きはギリギリ捉えられる。だけど、攻撃速度に反応が追いつかない。カウンターどころの話じゃないぞ。このままじゃ、一方的に殴られるだけだ。

 押さえていた脇腹から手を離し、少年が再び拳を構える。
「うおぉぉぉぉ!」
 クルーガーの死角をついて拳を下から打ち込む。少年のパンチがクルーガーのあごにヒットした。

――いける! いけるぞ! パワーよりスピード重視だ。とにかく攻撃速度を上げて手数で押すんだ。

 少年の連続攻撃がクルーガーの腹、顔面にすべて直撃する。
「おい、アイデアはいいがパンチが軽すぎだ」
「ぐはっ」
 クルーガーの拳が少年の腹にめり込む。数メートル後方へ殴り飛ばされた少年が、床に顔をすりつけてもがき苦しむ。クルーガーが倒れる少年の元へ近づく。少年を拘束しようと手を伸ばしたその時、レストランの入り口からきしむような機械音が聞こえた。クルーガーが音のする方向をにらむ。突如出現した見慣れぬ形態の魔導機兵が剣を抜き、クルーガーめがけて走ってくる。

――魔導機兵が走るだと!

 若干の驚きを見せながらも、クルーガーは冷静に敵の動きを捉えていた。魔導機兵が直前で横に飛びのき、クルーガーの意標をついて斬りこむ。それを見抜いたクルーガーが素早くダガーナイフをホルダーから抜いて、魔導機兵の攻撃を受け流す。そのままナイフを一振りして、魔導機兵の首を切断した。
 魔導機兵に意識を向けたクルーガーの隙をつき、もう一体の魔導機兵が少年を抱えて店の壁を破り逃走する。
「逃がすかよ!」
 店を飛び出したクルーガーが魔導機兵と少年のあとを追いかける。あっという間に追いついたクルーガーが魔導機兵の背中に手を伸ばす。クルーガーの手が届いた瞬間、魔導機兵が少年を前方へ投げた。少年がゆるやかな放物線を描いて落下する。それを待ち構えていた黒い甲冑の魔導機兵が受け止め、真っすぐ空に向かって上昇していく。
「おいおいおい、飛ぶのは反則だろ……」
 さすがのクルーガーも、空を飛ぶ魔導機兵に度肝を抜かれ、ただ呆気にとられて見つめるしかなかった。


 クルーガーが宿に戻ると、駆け付けた聖教騎士団の面々が事件現場である店内で調査を始めていた。隊員たちが遺体を袋に包んで運んでいく。破壊された壁、血にまみれた床やテーブルが事件の凄惨さを物語っていた。マイたちは神官から神の癒しでケガの治療を受けていた。
「ガキは逃がしちまった。すまない。ケガは大丈夫か? 傷が残らなきゃいいんだが……」
 クルーガーが少女たちに歩み寄り、心配そうに声をかける。
「こんなの全然平気だって。イテテテ」
「ほら、今は安静にしなくちゃダメです。傷にさわりますよ」
 元気な姿をアピールしようと、ガッツポーズを見せるルカを神官が注意する。
 体を動かしたルカは、痛そうに喉元をさすった。ルカの首にはまだうっすらと紫色のあざが残っている。
「このアザ、消えるか?」
「ええ、この子の傷は大丈夫です。明日にはキレイになってますよ」
「よかった……」
「べ、別にこんくらいのケガ平気だって言ってんじゃん」
 いつになく真剣な顔で心配するクルーガーに、ルカは顔を赤くさせ、ぶっきらぼうに言った。
「チビとお嬢は大丈夫か?」
「ええ、わたくしは打撲と捻挫で済んだから平気ですけど……」
「私も大丈夫。それよりララちゃんとエミリちゃんが……」
 すでに治療を終えたエリーゼとマイがうつむいた。
 もう一人の神官から神の癒しを受けるララとエミリのそばに、クルーガーが近づく。
「具合は?」
「負傷してから時間が経過しすぎて、術の効果が薄いですね。傷口は完全にふさがりますが、骨折の完治には時間がかかります。傷跡も完全には……」
 両手をかざしながら神官が言葉に詰まる。
「クルーガーさん、助けに来てくれてありがと」
「私ら、ちゃんとエルを守れたんだ。すごくない? へへへ」
 エミリとララがクルーガーに笑いかけた。エミリの鼻は曲がった状態で潰れている。ララのおでこは陥没し、目元は真っ青にはれ上がっている。2人の少女の痛々しい傷跡を見て、クルーガーは腹の底から込み上げてくる怒りをぐっとこらえた。
「お前ら、心配すんな。聖教騎士団の神官は優秀だからよ。治療後は元の顔より美人になれるぜ」
「ええっ、それひどくないですかあ?」
「私らは元から美人だっつーの」
 2人が口をとがらせる。
「ツッコミ入れる元気があんなら大丈夫だな」
「クルーガーさんこそ、神の癒しで顔、なおしてもらったほうがよくない?」
「この顔は元からだっ」
 ララとエミリが、ケラケラ笑った。
「おい、ちょっとこっち来い」
「な、なんですか? まだ施術中ですよ」
 クルーガーが神官の腕を引っ張り移動する。ララとエミリに話声が聞こえない位置まで来ると、クルーガーは現場指揮を執っている連隊長アイリスに「こっちに来い」と手招きで合図を送った。
「どうされました?」
 アイリスが状況を察して小声で尋ねる。
「ガキどものケガがひでぇ。ブレンド呼んで、あいつに治療させろ」
「何を言ってるんですか! 治療は我々が行っています。一般人負傷者の施術に統括神官を呼ぶなどもってのほかです!」
「傷跡を残さず治せるか?」
「そ、それはさっきも言いましたが、負傷してから時間が経過しすぎています。ですから……」
 神官が言葉を濁す。
「要するにお前の力じゃ治せねぇんだろ?」
「違います! 多少の時間を要しますが傷は完治します! 一般人の治療に統括神官を安々呼び出すような行為は決して許されません。そもそも、誰ですかあなたは? 騎士団から調査依頼を受けているからと言って、好き勝手が許されるわけじゃありませんよ!」
 クルーガーの一言に怒りを爆発させた神官が、早口でまくしたてた。
「レオン・モンフォール公爵です」
「……はい?」
 アイリスの発言に、神官は自身の耳を疑い聞き返す。
「この方は、聖教騎士団元副団長、レオン・モンフォール公爵です」
「……」
 神官は顔を真っ青にして固まった。
「はあ……んなこと言わなくていいって。ややこしくなんだろ」
「一番ややこしくしているのは、レオン様ですからね。偽名など使わずに、ちゃんと名乗っていただければ何も問題は無いのです」
「偽名じゃねぇ。親父の苗字だ。ったく」
 クルーガーは舌打ちすると、ひざまずいて必死に許しを請う神官の肩に優しく手を当て、立ち上がらせた。
「モンフォール公爵とはつゆ知らず、とんだご無礼をどうぞお許しください」
 神官は今にも泣きだしそうな顔で、声を震わせる。
「こっちこそ悪かったな。驚かせるような真似して。無茶言ってんのは俺も分かってる。あんたが怒るのも無理ねぇさ。無礼とも思っちゃいないし、これっぽっちも気にしてねぇから、もう謝るのはナシにしようぜ」
 そう言いながらクルーガーは、自分の妹とそれほど年の変わらないであろう神官の頭をポンポンと軽く叩いた。
「わたくしの方こそ、取り乱してしまい失礼いたしました。今すぐ思念術でブレンド統括神官におつなぎいたします」
 神官は涙目を拭うと、床に杖を真っすぐに立てて構えた。
「おう、助かるぜ。って、なんだよアイリス! さっきから引っ張りやがって」
 少し前から無言で上着の裾をグイグイ引っ張るアイリスの手をクルーガーが邪険に払いのけた。
「二人とも、あれ見て……」
 アイリスが口をポカンと開いたまま指をさす。
「だから何だよ! 今、ブレンド呼んでガキどもの傷を……」
 アイリスの示した先の光景を見て、クルーガーと神官は言葉を失った。
 ララとエミリのそばで二人に手をかざすマイの体が、黄金の輝きを放っていた。その光は太陽のように強く、直視できないほどの輝きとなり、やがて二人の少女を包み込んだ。クルーガーをはじめ、事件現場の調査を行っていた隊員たち全員が、そのまぶしさに手で顔を覆った。やがて黄金の光がおさまると、ララとエミリは顔を見合わせて驚き、体を抱き合って喜んだ。
「おいおいおい、いったいどうなってんだ!」
 クルーガーが駆け寄り、驚きながらマイに尋ねる。
「そんな! 傷が……」
 神官はララとエミリの顔を見て、言葉を失った。2人の顔の傷は綺麗に無くなり、すっかり元通りに完治していた。
「う、嘘でしょ……これ、あなたがやったのよね?」
「あ、はい。急にララちゃんとエミリちゃんが痛がりだして。それで、なんとかしようと思って施術しました」
 信じられないといった様子で尋ねるアイリスに、マイは恐る恐る答えた。
「すげぇな、おい! 大したもんだ。アハハハッ」
「ふぁぁっ。や、やめてくださいよぉ」
 クルーガーが嬉しそうに笑いながら、マイの頭をぐしゃぐしゃに撫でまわす。
 一人の少女が起こした奇跡と呼ぶにふさわしい施術に、すべての者が歓声を上げ、拍手を贈った。周囲の反応に、マイが顔を紅潮させて恥ずかしそうに笑いながらおじぎする。
「すごいとかいうレベルの話じゃないわ。見習い神官があれほどの施術をするなんて、見たことない」
「……神に愛されし者」
 茫然と立ち尽くしながら語る神官のそばで、エリーゼがポツリとつぶやいた。
 その言葉に、クルーガーが眉をひそめる。その変化を見逃さなかったアイリスが、クルーガーに声をかけようと口を開くが、出しかかった言葉を飲み込んだ。
「クルーガー殿! クルーガー殿はおりますか?」
 大声を張り上げながら店内に入ってきたのは、連隊長サーズであった。
「おお、ここだ。真っ青な顔してどした?」
「執務次官が……クレア様が、拉致されましたっ」
 報告するサーズの声が、動揺のあまり震えていた。
 少女の起こした奇跡により、明るい雰囲気に包まれていた店内が一気に静まり返った。
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