第18話少女の夢と漆黒の野望⑩

文字数 5,673文字

 海竜騎士団団長、ジャンヌ・フォーカスが、飛行する悪魔たちを斬り捨てながら疾風のごとく駆けていく。
「連隊長っ、市街地の悪魔どもをせん滅せよっ!」
「了解しました!」
 市街地に入り、部下と合流したジャンヌが部隊の指揮官である連隊長に指示を出す。
 すでに悪魔たちと交戦していた騎士団の隊員たちは、団長の帰還した姿を見て士気を上げた。
「百花騎士団の陣は?」
「港に陣を構え、避難民の保護にあたっております」
 ジャンヌの質問に、連隊長は悪魔を両断しながら答える。
 町の区画ごとに配備された騎士団の中隊が、一般人の避難を最優先に、悪魔のせん滅作戦を実行していく。
 後衛には神官と弓兵を配置し、前衛の歩兵は鶴翼の陣形でV字型をつくり、群がってきた悪魔を包囲して一網打尽にする。
「マーフィン、12年前を思い出すなあ」
「ハッ、あの頃は団長もまだお若くて――」
「お前は、いつも一言余計だっ!」
 連隊長マーフィンの失礼な発言に怒りながら、ジャンヌが悪魔を蹴散らしていく。
 12年前、対魔族戦争に出兵した経験のある海竜騎士団は、ユーシー王国でも屈指の猛者ぞろいであった。
「さあ、このまま一気にいくぞ!」
「オォォォォォ!」
 勇猛な兵士たちが団長の声に剣を振り上げて答えた。


 ロウリーはクルーガーの動きに目が追いつかず、次々繰り出される連続攻撃にまったく反応できない。一瞬のうちにロウリーの頸部と胸部、そして腹部が切り裂かれて真黒い血液が噴水のように吹き出した。
「ぐはぁぁぁっ!」
 ロウリーが口から大量の血を吐き出す。
 クルーガーの攻撃はそれでも止まらない。
 クルリと回転して背後にまわり、背中をズタズタに切り刻んでいく。
「やぁぁめろぉぉっ!」
 ロウリーが苦痛の叫びを上げながら、体をのけぞらせる。
 クルーガーがナイフを横に振り、ロウリーの後頭部に追撃を与える。首の傷口がパックリと開き、血しぶきが飛び散る。今にも首からちぎれてしまいそうな頭部をロウリーが両手で支える。
「今ので首が飛ばねぇってのは、大したもんだな。中級魔族ともなると、やっぱ固ぇわ」
「おのれぇ……魔力もない人間ごときがぁ! 死ね死ね死ね死ねっ」
 ロウリーが顔に怒りをにじませながら、暗黒の球体を連続で放つ。
 クルーガーは一切動じず、的確に回避しながらゆっくりと前進していく。
「なぜだっ! なぜ当たらないっ」
 ロウリーの額に脂汗がにじむ。
 焦りのあまり標準が定まらず、ロウリーはところかまわず魔術を連発した。
「チッ、とうとうイカれたか」
 舌打ちをしたクルーガーが、瞬時にマイたちの前へ移動し、飛んでくる黒い球体を斬り壊していく。
「天に輝く神の光よ、我が手に力を宿したもう! 聖なる光よ、我らを包みて悪しき力を祓いたまえ!」
 マイが神の加護第3か条を詠唱する。
 光の防御結界がマイたちを包み込む。
「クルーさん、ここは私が守ります! アタックお願いします」
 クルーガーが振り返るとたくましい表情のマイが輝く両手をかざして立っていた。
「おう! チビ、ここは任せた」
「ハイッ」
 マイの返事を聞いたクルーガーが、地面を力いっぱい蹴って前進する。1秒とかからず距離を詰め、ロウリーの喉元めがけて閃光のごとく刃を突き立てる。
「グッ……グヌゥゥゥ」
 ロウリーが両手でクルーガーの腕を押し返す。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
 クルーガーが最大の力をこめて、ロウリーの喉へナイフの切っ先を押し込んだ。
「ガハッ……」
 ロウリーの口から黒い血が飛び散る。
 クルーガーが力を緩めず喉を貫く。
 ロウリーの両腕が力を失い、だらりと下がった。
 ナイフの引き抜かれたロウリーはフラフラと後ろへ下がり、地面に横たわる魔術師ハーディの体につまづいて、彼の上に体を重ねた。
「そんだけ血を流したら再生もできねぇだろ? 魔族を殺す方法は2つ、体の血を抜くか治癒力の源となる核を壊すか。さて、念のためにもっと細かく刻んどくか」
 クルーガーが顔についた血を袖口で拭い、ペッと唾を吐いた。
「ま……まだだ……私の野望は、まだこれから……」
 声を発することもままならず、ロウリーの言葉が途切れる。
 クルーガーは彼の言動を無視し、髪の毛を鷲掴みにして頭を持ち上げた。
 今にもちぎれそうな首にナイフを突きつけた瞬間、ロウリーの体から閃光が発し、クルーガーは吹き飛ばされた。
 空中で身をひるがえしたクルーガーが両足で地面に着地を決める。
「なんだ、ありゃ?」
 光の眩しさでロウリーの状態が確認できず、クルーガーが目を細める。
「う~ん、なんて清々しい気持ちなんだ。まさに私は今生まれ変わった!」
 光がおさまり、姿を現したロウリーは先ほどまでとは別人に変わっていた。
 クルーガーが与えた致命傷の傷はすべてふさがり、体格も一回り大きくなっている。
「おいおい、いい年して成長期とか抜かすなよ」
「成長期とは、面白い。フハハハハ!」
 声のトーンにもどこか余裕が感じられる。
「クルーさん、さっきまでとはホントに別人です……魔族特有の嫌な気配が、もっと濃く強くなってます……」
 マイの声が震えていた。
 クルーガーもマイと同様に、ロウリーの膨れ上がった魔力を感じ取っていた。

――めんどくせぇことになったぜ。思ったより消耗が激しい。もう1つリミッターを外してぇとこだが、このままだとこっちが先に潰れちまう。セカンドのまま押し切るしかねぇ。

 対峙する2人が目を合わせる。
 2人が同時に飛び出し、暗黒をまとったロウリーの拳とクルーガーのナイフが激突する。拳とナイフがぶつかり合うたび、大地が揺れるほどの振動がビリビリと空気に伝わった。お互い一歩も引かずに激しい攻防を繰り広げる。

――ちっ、パワー勝負じゃ分が悪い。攻撃速度で上回るしかねぇ

 ロウリーの拳をかわして懐に入り、腕、胸部を素早く斬りつける。そのまま立て続けにナイフを振り続ける。

――おいおいおい、冗談だろ?

 クルーガーは自分の目を疑った。
 ナイフがロウリーの体を切り裂くとほぼ同時に皮膚が再生し、傷口があっという間にふさがっていく。どんなに速く切り裂いても、異常に高い治癒力により、瞬時に傷が治り血の一滴さえも流れない。
「さあ、気のすむまでナイフを振るといい」
 ロウリーは防御するどころか、天を仰ぐようなポーズで両手を広げた。
 ノーガードのロウリーからクルーガーが離れる。
「ん? どうした? 息が上がっているようだが?」
 ロウリーが嫌味を口にしてニヤリと笑う。
 クルーガーは乱れた呼吸を整えることに意識を集中した。
「今度は、私のターンだ!」
 ロウリーが両手を構えると、ユラユラ揺れる黒い影が剣の形を作り出した。
 全長2メートルもの大剣でクルーガーに襲い掛かる。
「クッ」
 刀身の短いダガーナイフが大剣の圧力に耐え切れずに弾かれる。
「そらそらっ!」
 ロウリーは軽々と暗黒の大剣を振り回し、その力でクルーガーを追い詰めていく。

――クソッ、大剣とは思えねぇスピードだ。防御に手いっぱいで反撃する隙がねぇ

 ロウリーの速い剣さばきを受け流しながら、クルーガーは攻撃に転じるチャンスを待つ。
「そらっ!」
「グッ」
 ロウリーの一撃が左腕に命中し、クルーガーが地面に転がる。
 素早く起き上がったクルーガーが左腕を押さえながら、ロウリーと距離をとる。
「普通の人間なら真っ二つになっていたものを。リミット・ブレイカーの能力開放は、肉体の防御度をも高めるものなのだな。実に面白い」
 まるで実験でもしているかのように、ロウリーは興味津々にクルーガーを見る。

――チッ、こりゃ骨までいってんぞ。左腕は使いものにならねぇな

 クルーガーが大きく深呼吸してから、ダガーナイフをホルダーにしまった。
「おや、もう降参するのか?」
「降参するのは、お前のほうだ!」
 クルーガーが地面を強く蹴り、待ち構えるロウリーに飛び掛かる。
 右手の拳をロウリーの下腹部へ打ち込んだ。
「ウグッ……」
 ロウリーが息を呑み込み、下腹部を両手で押さえてうずくまる。
「今のは効いただろ?」
 クルーガーがニヤリと笑いながら、ロウリーの頭を両手で固定し、顔面に膝蹴りを見舞った。
「ガハッ……」
 ロウリーの体が大きく弧を描いて宙を舞う。
「な、なんだこのダメージは……」
 地面に転がったロウリーがフラフラと起き上がり、頭を横に振る。
「防御度貫通力を徹底的に重視した打撃技さ。内部にダメージを振動させてんだ。効くだろう?」
「小癪なあっ」
 ロウリーが再び暗黒の大剣を構えた。
「うおおおおおおっ」
 クルーガーが拳を打ち込む。
 振り下ろされた大剣はクルーガーの頬をかすめて空を切る。
「ガハッ」
 ロウリーの左横腹に拳がめり込む。
 クルーガーが右腕一本でパンチを連打し、ロウリーを翻弄する。
 下から突き上げる強烈な一撃が顎に命中し、ロウリーが吹き飛ばされた。
「クククッ。つまらん、実につまらんな。ダメージがあるのは認めよう。だが、それが何だと言うのだ? こんな攻撃で私に勝てるとでも? 治癒の核を探しているのだろうが、しょせんこの程度の力では核を破壊することすら――」
 雄弁に語るロウリーの視界から、クルーガーが突然消えた。
 ロウリーが後ろを振り向くと、地面に横たわるハーディのそばにクルーガーが立っていた。
 ロウリーの全身から血の気が引いていく。余裕のある表情から一変し、顔色が真っ青になった。
「気分が悪いみてぇだが、大丈夫か? なあロウリー、原因はこれか?」
 クルーガーのかざした人差し指と親指の間に、漆黒の魔石があしらわれた指輪が怪しく輝いていた。
「そ、それは……」
 ロウリーが言葉を詰まらせる。
「暗黒石の指輪だろ? 使用者は己の魂を犠牲にする代わりに、飛躍的なステータス上昇効果を得られる。今のお前の強さのトリックはこれだろ?」
「グッ……グハッ」
 ロウリーの体の傷が元に戻り、再び出血が始まる。
「思った通りだな。お前がやけにハーディを気にしながら戦ってるんで、ちょいと観察したのさ。そしたら、ヤツの指にこいつがついてるじゃねぇか。魔族は暗黒石の効果は得られない。だが、暗黒石の効果を得た使用者から、何らかの方法で魔力供給が可能だとしたら?」
「グゥゥゥ……おのれぇ!」
 ロウリーの首から血が噴き出す。
「そろそろ、お休みの時間だぜ」
 クルーガーがホルダーから右手で素早くナイフを引き抜いた。
 口から真黒い血液を吐き出しながら、ロウリーが暗黒の大剣を振り上げて襲い掛かる。
 大剣が振り下ろされる前に、クルーガーのナイフが横に弧を描く。
 クルーガーの走り抜けた後、ロウリーの頭部が地面に転がった。
「こ……これで終わりと……思うなよ。お前の悪夢は……これから……だ」
「首切られてしゃべってるてめぇが悪夢だっつーの」
 クルーガーが力いっぱいロウリーの頭を踏みつけた。
 やがてロウリーの体は、黒い煙となって消滅した。
「クルーさんっ!」
 マイたちが駆け寄ってくる。
「クルーガーさん、大丈夫ですか? 一時はもうダメかとヒヤヒヤしましたよ」
「なんでお前が泣いてんだよ。きたねぇなあ。ばい菌つくからあっち行け」
 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたガーリンを邪険に扱う。
「天に輝く神の光よ、神の子の苦しみを癒したもう、救いたもう。聖なる光で清めたまえ」
 マイがクルーガーの左腕を施術する。
「おい、チビこそ大丈夫か? 今日は思いっきり無茶しただろ?」
 クルーガーが心配して尋ねる。
 大人の神官でも、術の連続使用はかなりの体力、精神力を消耗する。ましてやマイは、まだ12歳の子供である。
 神学校のカリキュラムは、学生の体力や精神力を考慮して実技授業を行っており、マイの使用した術とその継続時間は、明らかにオーバーワークであった。
「私は平気です。それに、この作戦を考えたのは、クルーさんじゃないですか」
 マイは少し呆れた様子で答えた。「そうだったな」とクルーガーは頭を掻きながら苦笑いする。
「パトラー! ブーケ!」
 大きな声が聞こえて兄妹が後ろを振り向くと、採石場でクルーガーを案内した通訳の男性が立っていた。
 パトラとブーケが走り出し、男性に飛びついた。通訳の男性が涙を流しながら2人を力いっぱい抱きしめる。
「レオ……クルーガー殿すみません。市街地の悪魔せん滅は完了しました。その男が子供を探しに行くと言ってきかなかったもので、連れてきてしまいました」
 クルーガーに睨まれたジャンヌが慌てて名前を言い直す。
「よう、そいつらあんたの子供だったか。良かったな。そういや、まだ名前も聞いてなかったな」
「はい、ありがとうございます。私はルンダと申します。パトラとブーケの父親です」
 ルンダが深く頭を下げる。
 パトラとブーケが父親の服を引っ張り、交互に何かを伝える。
「2人が大変お世話になりました。命がけでこの子たちを守ってくださり、本当にありがとうございました」
 ルンダが目に涙を浮かべて、マイの手を握る。
「いえ、私は何も。えっと、私1人じゃ何もできなかったと思います。友達のルカちゃんやエリーちゃんのおかげで……」
 マイが恐縮のあまりあたふたする。
 それを見たクルーガーが「ぷっ」と吹き出した。
「な、なんですかクルーさん」
「いや、戦闘中のチビと全然違ってなんだか頼りねぇからよ。そのギャップが笑えた」
「し、失礼なんだから。ホントにもう」
 マイが顔を赤くしてプイッとそっぽを向く。
 それを見たパトラとブーケが笑い出す。
 笑い声の響く庭園に、海の風がほんのり優しい潮の香りを運んできた。
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