第24話少女の記憶と悲しきメロディ⑤

文字数 5,465文字

 ユーシー王国魔導士連盟本部来賓室。
 魔導士連盟会長、ルディ・ランスロットの報告に、上級魔族リューゲルが耳を傾ける。南部同盟五か国の会議において、新開発の魔導武具、ダーク・リングが高評価であったことをルディが得意な顔で話す。
 目を見張るステータス上昇効果、そして高い安全性をすっかり信用した各国代表者は、ダーク・リング導入についてそれぞれの元老院へ強く進言した。大型モンスターの度重なる出没と魔族の出現を背景に、各国国王は新型魔導武具の導入の許可を下したのだった。
「ハハハッ! 奴ら人工魔石などという戯言を見事に信じおったぞ。ダーク・リングに暗示の呪いを仕込めば、最強の軍隊を手中におさめられる。まずはユーシー王国、次に南部全域を制圧する! 大陸制覇もすぐ目の前だ! ウワハハハハッ」
「上機嫌なのは構わないが、なすべき仕事はきっちり頼むぞ」
 リューゲルが冷静な声で言う。
「抜かりはない。まずはバール王国からだ。しかし、旧帝国エンジーナの技術には驚いた。まさか、ダーク・リングの副作用を軽減させるとはな」
 五か国会議の場でダーク・リングの力を実演したイルスは、副作用を緩和するために作られたブレスレッドを装着していた。
「あのブレスレッドは消耗品だ。ダーク・リングとの併用は3回が限度、原材料の魔石も希少、使いどころはよく考えてくれ」
「わかっている。心配するな」
 計画の進行が順調であることにルディは満足し、余裕の表情を見せた。
 王国魔導士連盟会長という地位を彼は決して喜ばしく感じていなかった。
 宗教を重んじるユーシー王国では、マリアンヌ聖教の教えに基づき政治が執り行われている。聖教教会と魔導士連盟の二大勢力において、必然的に前者が国の優遇を受けやすく、教会管理下にある神殿所属の騎士や神官たちは、魔導士と比べて優遇されていた。
 他国には王室付き魔導士といった栄誉ある職が存在したが、ユーシー王国では国の正規軍にさえ魔導士は採用されていなかった。その背景には、宗教色の強い国柄のため神官が重宝された事、そして騎士学校から魔力が高く、魔術に長けた騎士が多く輩出されことが理由として挙げられる。
 ユーシー王国内において、魔導士として成功を収めたものは少ない。冒険者ギルドで幹部となる者、魔導武具職人となり多くの受注を受ける者、魔導士学校の教官として出世する者など。そしてルディ・ランスロットは魔導士連盟会長という地位まで登りつめた。しかし、彼は一度も国王陛下に謁見を許されたことも無ければ、国王主催の晩さん会やお茶会に招待されたことも無い。対して、騎士学校を卒業してまだ数年のクロエ・モンフォールは、何度も城へ足を運んでいる。貴族の称号があるとはいえ、まだ20歳の娘に先を越されしまった事実にルディは怒りを覚えた。ルディの心は、憎しみ、妬み、嫉みで膨れ上がった。自分の力、能力を正しく評価しない国を恨んだ。宗教に守られているだけの無能な騎士や神官、そして彼らを崇める国民を呪った。
「私こそ、人間の頂点に君臨する真の支配者だ! フハハハハッ」
 大陸制覇という彼の夢が今、現実のものに近づいていた。


 ユーシー王国とエンジーナの国境近郊の森。
 最上級魔族ミラージュの足元に、エンジーナ魔導機兵団団長、ロッカ・ベルコフがひざまずく。
「ベルコフ、顔を上げよ。今回の働き、見事であった」
「恐れ入ります。しかし旧型魔導機兵では、やはりリミット・ブレイカーに歯が立たず、面目ございません」
「構わぬ。聖教騎士団に技術大国エンジーナを意識させることが今回の目的。それより新型魔導機兵の具合はどうだ?」
「ハッ、現在調整中であります。新型魔導機兵ゴモラは、戦闘可能な状態まで仕上がっております。こちらはいつでも出兵可能であります!」
 ロッカが力強く答え、それにミラージュが満足気にうなずく。
「ソドムはどうだ?」
「それが……」
 ミラージュの問いにロッカが口ごもる。
「何か問題でもあるのか?」
「音波砲使用時に、軽い障害が発生いたしまして……」
「ふむ。時間は十分にある。準備を怠らず、完璧に仕上げてくれ。新型魔導機兵、大いに期待している」
「ハッ! 必ずやご期待に応えて見せます」
 敬礼するロッカの姿を見届けると、ミラージュは森の暗闇に溶け込むように姿を消した。
 ミラージュが去ってもロッカは頭を下げたまま動こうとはしない。すぐ後ろで控えていた副団長ドリアン・ゲルトが彼の背中に触れた。
「ん?」
「団長、ミラージュ様はもうお帰りになりました」
「おお、そうか」
 ロッカがゆっくりと立ち上がり、ドリアンもそれに続く。
 2人は大陸戦争で魔導機兵を率いて戦った、旧帝国軍の英雄であった。
 かつて軍事国家ロールは次々に大陸北部の国々を掌握し、ロール帝国を築き上げた。軍事国家ロールの躍進を支えたのは、同盟国であるエンジーナの技術力であった。エンジーナは最新の魔導武具を開発し、ロール国魔導士部隊に提供した。さらに、大陸初となる完全機械化部隊である魔導機兵団を設立したことにより、北部統一の動きは一気に加速した。ロールの魔導士部隊、そしてエンジーナの魔導機兵団と対等に渡り合える軍隊は一つも無かった。やがて北部全域を制圧したロールが帝国を建設し、同盟国であったエンジーナはその傘下に加入した。
 ロール帝国はやがて大陸全土を制覇すべく、北部へ進軍を開始する。そこに立ちはだかったのが、ユーシー王国最強の軍隊、聖教騎士団である。団長のクレア・モンフォール率いる部隊にロール帝国魔導士部隊は撃破される。そして無敵の兵士と恐れられていたエンジーナ魔導機兵団も、副団長レオン・モンフォールによって壊滅的被害を受ける。主力を欠き、士気の低下した帝国軍が、南部連合軍の猛攻に耐えられるはずも無く、やがて帝国軍の敗戦という形で大陸戦争は幕を閉じた。戦後
、北部の国々は帝国から離脱し、独立の道を歩んだ。現在のロール国に唯一くみするのは、技術大国エンジーナのみである。
「皇帝陛下には、資源から資金にいたるまで多くの援助をいただいた。エンジーナが技術大国となりえたのは、皇帝陛下のお力添えあってのこと。今こそ御恩に報いる好機だ!」
「ハッ!」
 太く勇ましい声で鼓舞するロッカに、部隊長たちが敬礼する。
「団長、一つよろしいですか?」
 副団長ドリアンが問いかける。
「なんだ?」
「自分は、魔族との共闘についてこの選択が正しかったのかどうか、いまだに疑問に思っております。仮に聖教騎士団をせん滅したとして、そのあと魔族が同盟を守るとは限りません」
 ロッカは目を閉じ、黙って話を聞いていた。そして、少し間を開けてから口を開く。
「魔族とエンジーナの同盟は、皇帝陛下も存じておられる」
「それはつまり、陛下も魔族との共闘を望んでおられると言うことですか!?」
 ロッカがゆっくりうなずく。
「知っての通り、帝国の魔導士部隊は壊滅した。あれから9年、新たな部隊は編成されたものの、実戦経験のとぼしい若者ばかり。本当の戦争を知る者は、我らエンジーナ魔導機兵団のみ。南部との戦力差は歴然である」
「確かにそれは……しかし、南部を堕としたとしても、魔族に帝国を奪われるようなことがあっては、元も子もありません!」
 ドリアンの声は次第に大きくなっていった。
「皇帝陛下は、なんとしても無念を晴らしたいと。悪魔に魂を売ってでも、聖教騎士団に勝利したいとおっしゃったのだ。この意味、分かるな?」
「陛下がそこまで……」
 ドリアンが言葉を詰まらせ、考え込む。
「これはロール帝国と南部連合国の戦争である! エンジーナ魔導機兵団と聖教騎士団の勝負である。目の前の戦いに集中せよ!」
「ハッ! 誇り高きエンジーナの兵士よ、敵陣を血で染めよ! 帝国に栄光あれ!」
「オォォォォォ!」
 国境の森の中に、兵士たちの勇ましい声が響いた――。


 エリーゼの伯母カリーヌが経営する宿は、王都東地区では最大の宿泊施設であり、地下から湧き出る評判の温泉を求めてくる客で、常に満員の人気店であった。温泉の保養、休養効果を求め、疲れや古傷を癒しにやってくる冒険者たち、さらに美容効果を期待してやってくる若い女性たちもおり、老若男女を問わずにぎわっていた。
 そんな有名温泉を、ルカがチェックしていないはずも無く、宿に到着するや否や温泉へまっしぐらに走っていった。
「エルちゃん、もっとゆっくりでもよかったんだよ」
「ありがとう。でも私、大きなお風呂は慣れてないみたいで……」
 エルが少し恥ずかしそうに答える。
「そうね。わたくしも、あそこまで人が多いのはちょっと気が引けるわ」
 エリーゼが長い金髪をタオルで拭きながら苦笑いした。
 ルカのあとを追ってマイたちも温泉に入ったものの、エルが短時間で入浴を済ませたため、2人も一緒に部屋へ戻ってきたのだ。
「ついてきてもらって、ごめんなさい」
「いいのいいの。私もけっこう圧倒されちゃったし」
「いくら広くても、あれだけ混んでいては落ち着かないわ。バルサの温泉はゆったりしていたわよ」
「いいなー。私も入りたかったなあ」
 うらやましそうにつぶやくマイを見て、エリーゼが笑う。
「そうだ、エルの記憶が戻ったら3人で行きましょうよ。バルサの温泉なら、きっとエルも気に入るわ」
「うん、私も行ってみたいな」
 エリーゼの提案にエルが目を輝かせる。
「ルカちゃんたちは?」
「あの子たちを連れて行くと、うるさいくてせわしないわ。せっかくの温泉が落ち着かないもの」
「エリーちゃん、ひどい……」
 2人のやり取りにエルが吹き出す。
 彼女につられてマイとエリーゼも笑い出し、部屋は少女たちの明るい声で満たされた。


 クルーガーはマリアンヌ聖教教会本部の執務次官室で本棚を漁っていた。ずらりと並べられた記録資料を片っ端から読んでは投げ捨てていく。一つの本棚が空になると次の本棚へ移動して同じ行為を繰り返す。そのそばで、クロエが床に散らかった本を元の位置へ戻していく。
 部屋に入ってきたフェンリルがその様子を呆れた顔で見つめ、ため息をついた。
「レオン様、呼んだ資料はご自分で元の位置に戻してください。執務次官室に本の山を築くおつもりですか?」
「戦争で死体の山を築いてきた俺が、今は本の山を築こうとしている。フッ、因果な話だぜ」
「『フッ』じゃありませんよ! うまいこと言ったみたいな、どや顔やめてください。クロエも、注意しなさいよね」
 渋々、腰を下ろして資料を集めながらフェンリルが言う。
「兄上の私への愛は、山よりも高いということですね。キャッ」
「お兄ちゃん、そんなこと一言も言ってないからね……」
「まったく、この兄妹は……」
 フェンリルがブツブツ文句を言いながら、資料を手際よく本棚へ戻していく。
「兄上はいつの記録をお探しなのですか?」
「いつ、どこで、何が起こったか分からねぇから探してるんだ」
 的を得ない回答にクロエが首をかしげる。
「過去に魔族が人間と接触した可能性ですか?」
「ああ。それが分かれば魔族の動きが予測できるかもしれねぇ。ま、今回が初めての接触かも知れないがな。あー、全然ねぇな」
 クルーガーが答えながら、速読した本を投げ捨てる。
「魔族の目的は一体なんなのでしょう?」
「そりゃ、12年前と変わらず人間界の支配だろうな。ただ昔と違うのは、うまいこと人間を丸め込んでやがる」
 クルーガーが舌打ちをする。
「暗黒石の指輪を人間の兵士に装備させて、部隊を強化するのが狙いでしょうか? しかし、それを人間サイドが受け入れるのでしょうか?」
「そこも分からねぇよなあ。ただ、ロウリーが着けてたネックレス、あれは間違いなく人間の魔力を吸収する魔導武具だ」
「魔族は旧帝国を味方につけ、人間の魔力を増幅させる指輪と、そのエネルギーを取り込むネックレスを作らせた……恐ろしい話ですね」
 フェンリルの表情がこわばる。
「この話、国王陛下にはどこまでお伝えすべきでしょうか?」
 クロエが胸の前で分厚い資料を抱きかかえたまま尋ねる。
「ボケ老人に一から十まで話す必要はねぇさ。どうせ元老院のジジィどもが『確証は得られたのか? 間違いであったときどう責任を取る?』とほざくに決まってやがる。起こった事件の事実だけを伝えりゃいい」
「分かりました」
 クロエがホッとした様子で返事をする。
「しかし、我々は魔導士や魔導武具にうとい面があります。ここに保管されている記録にもほとんど記載はありません。おそらく、王都の神殿にもそういった資料は無いかと。もっと、魔導士連盟が協力的であればよいのですが……」
 フェンリルが暗い声で語る。
「まあ、魔導士連盟に協力しろってのが無理な話だぜ。国がさんざん締め出し政策やっちまったからな」
「それは、犯罪に手を染める魔導士が増加したからで、当然の報いではありませんか?」
 クロエが口をとがらせる。
「逆だよ。国が締め出したから犯罪が増えたんだ。政治の話は置いといて、魔導士の協力者はあてがある。エドに頼んどいたから心配すんな」
 クルーガーがフェンリルにニッコリ笑いかける。
 フェンリルは彼の笑顔を見て、安心した表情で「はい」と答えた。
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