文字数 873文字

    

 そこまで喋って、ヤコブは息を付いた。

 警察官のシカルは、続きはまだかと急いた目で見ているが、リッカの兄のジョシュは、相変わらず表情少なに黙っている。

「えっとね、信じてくれなくてもいいけど…… あっと思った次にはもう、足の下に何も無かったんだ」

「は? ま、まさか屋上から飛び降りたのか!?」

「一瞬そう思ったけど違った。上がってるんだ。屋上の四角い形が、足の下でどんどん小さくなって行って」

 シカルは眉間にシワを寄せた。
「おい、真面目に話せ。妹を案じているジョシュの身になってやれ」

「真面目だよ。とにかく自分がどうなってるのか全然分かんなくてさ。そしたら後ろから腕を掴んでるリッカが、『信じて信じて、イグネーを信じて。信じてくれないと落ちちゃう』って」

「…………」

「だからもう、下を見るのをやめて、とにかく頭を空っぽにしようと上だけを見た。街の明かりから離れて真っ暗になったら、星が凄いの。思わず、うわ――すげぇって声に出したら、リッカも後ろで、キレイだねって」
 
 子供はついさっきの現実を語っているのだろうが、聞いている方は寝起きの夢を教えられているような気分だった。シカルは困惑して隣を見るが、ジョシュは変わらず落ち着いている。

「けどその後、『イグネーが、兄はここには居ないって。さっきの人が言ってたケイサツショって所なのかな。ね、どこだか分かる?』って聞いて来るから、俺、うっかり下を向いちゃったんだ。見ると凄く高く上がってるのが分かって、家や街灯が豆粒みたいで、急に怖さが来てさ、頭がパニクッた」  

「…………」

「その瞬間、ヘソの下がキュウッてなって、身体が投げ出されて、慌ててリッカの方に手を伸ばしたんだけれど…… 
 次に気が付いたら、最初にあいつに会った、サマリア婆さんちの路地裏に、俺一人で突っ立ってた」 

 ヤコブは手に持っていたツバ広帽を、ジョシュに差し出した。

「全部夢かと思ってしばらくボォッとしてたけど、怪我は痛いし手の中に帽子があるし。とりま、これを届けに来ようと思って。もうビスケットの百倍くらい働いたよ、クタクタ」






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