文字数 1,170文字

 

 警察署、狭い階段。

 壮年の警察官が、青年の先に立って歩いている。
 署の奥の留置場所へ連行するふりをしながら、裏口へ抜ける予定だ。

「あんた、クビになったりするんじゃないのか」

「はは、心配してくれるのか、ありがとよ。せいぜい始末書だから気にするな」

「親切だな」

「いや、まぁ、……姪が、すまなかった」

「あんたは俺の言う事を真に受けてくれるんだ?」

「長年警察官をやっていると、色んな事件に出くわす。だが今は、君の取り越し苦労であってくれと願っているよ」

「母は両目を抜かれていた」

「えっ」

「父の遺骸はもっと残酷だった。俺が第一発見者だったから誤魔化しようも無い。だがあんた達警察は、まるで何も見えていないかのように、事故だと言い切った」

「……そ、それは……」

「あんたは違うんだろうけれど、その場にいたとしても多分何も言えないだろ」

「……すまない……」

「謝らなくていい。あんたにこんな事を言うつもりじゃ無かったんだ」

「何故それをさっき言わなかった」

「言い負かす事には何の意味もない。父は学者で知識があり弁も立ったが、結局母を守れなかった」

 青年の口調は淡々としていて、本当はかなりの学問を父に仕込まれていたのだろうと、警察官はその時思った。

「あんたの姪のような人物も世の中に必要だ。リッカ以外の子供に」

「そうだな…… だがやはり、すまなかった」
 噂としては聞いていた。
 珍しい容姿を持つ民族の身体の一部を収集して喜ぶ、理解出来ない嗜好を持つ金持ちや権力者が存在する事を。何処かの部族の奇跡と呼ばれる眼球に馬鹿みたいな値段が付く事も、都市伝説レベルで聞いた事はある。
 だが自分にも姪にも、関係のない遠い異世界の話だと思っていた。
 ふっと、
 青年の勾留期間を引き伸ばしていた『上からのお達し』が、姪が北へ行った日の夕方いきなり強くなったのを、今、急に思い出した。
(関係のない話では、なかった……!)

 退勤時間は過ぎていたが署にはすれ違う者も多く、二人はその度に言葉を止めて連行のふりをしながら足を急がせ、ようよう裏口に辿り着いた。

 外はもうとっぷり暮れている。
 外灯を避けた暗がりで、警察官は縄を解いてから、素早くメモを書いて青年に渡した。

「出来る事しか出来んが、嫌じゃなきゃ頼ってくれ。俺は警務課……ぁぁ……シカルだ、ただのシカル」

「……ありがとう」
 青年はメモを受け取った。

「妹さんの無事を祈るよ」

「住み処から出ていなければ大丈夫なのだが」


 と、裏路地の暗がりからヒタヒタと足音がする。
 ジョシュは急いで去ろうとしたが、外灯に照らされた男の子が見覚えのあるツバ広帽を持っているのを見て、足を止めた。

「ヤコブ、どうした?」
 シカルには顔見知りだった。
 街角を住み処とするこの浮浪児は、事故や犯罪の目撃者になる事が多々ある。

「リッカのお兄さん、いる?」



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