文字数 1,024文字

    
 街中、薄暗い路地。
 三階建ての大きな建物の裏。
 男の子と女の子の二人連れ。

「中央病院はこの建物。そこは裏口で、回り込んだ大通り側が正面口。この時間ならあっちも開いてると思うんだけど」

 ヤコブが振り向くと、リッカは中から漏れる蛍光灯の光に目をシバシバさせている。

「なあ、お前、明るいのが苦手なら、俺が受け付けに聞きに行ってやろうか?」

「大丈夫……帽子をしっかり被って行くから」 

「そう?」

 正直言うと、ヤコブはあまり中へ入りたくなかった。
 薬の匂いが嫌いだし、浮浪児が入り込んだと追い立てられた経験があるからだ。

「ありがとう、じゃあね、ヤコブ」

「あ、うん、じゃあな」

 歩きかけて、女の子は裏口の手前で地面を見つめて止まっている。
 どうしたのか、とヤコブは後ろから覗いてみた。
 地面に白い細かいゴミが散らばっている。

「穢れだ」
 リッカが呟いて後ずさった。

「えぇ――ただの吸い殻じゃん、どこにでもある。ああでも、この量は確かに酷いね、中に灰皿あるのに。ここに長い時間立ってた人がいるってコト? 誰かを待ってたとか」

 ヤコブの呟きを後ろに、女の子は踵を返して、建物沿いに表玄関に向かった。彼も後から着いて行く。
 表通りへの角を曲がらないで、陰からそっと覗く。

 玄関前の街灯の下に、男性が二人立っていた。虫が飛び交う光の下、煙がゆらゆら揺れている。
 上等な生地の帽子にジャケットのボタンをきっちり留め、この街の他の通行人からは浮いた雰囲気だ。

 と、片方から煙草の箱を受け取ったもう片方が、不意にこちらへ歩いて来た。 

 多分、裏口に立っていた者が煙草をきらして表の相棒に貰いに来た…… 
(病院の表と裏を監視して、何が目的?)
 ヤコブの勘が、咄嗟に危ない匂いを嗅ぎ取った。リッカも同時に後ずさる。

 しかし一瞬遅かった。
 歩いて来た男性が、帽子の女の子を見てビクンと揺れた。
「来た、あの娘の言った通りだった!」
 鋭い声でもう一人に合図し、二人して足早にこちらへ迫って来る。

 リッカは野生動物のように身をひるがえして駆け戻る。ヤコブも慌てて後に続いた。

 男二人が裏道に入って来る。

「怖くないよ、おじさん達はお兄さんの友逹なんだ」
「お兄さんに会わせてあげるよ、ここではなく、警察署の方にいるんだ」

 しかしリッカは止まらない。

「おいそこの浮浪児、その子を捕まえろ、銀貨をやるぞ!」

 言われた瞬間ヤコブはUターンして、狭い路地で走って来る大人二人に体当たりした。



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