その二

文字数 2,280文字

「嘘吐くなよ?」
「本当だ。何なら嘘発見器にでもかけてみるか?」
「採用しよう」

 堤は、何言っているんだ、と言いたげな表情であった。だが霧生は[リバース]に命じ、堤の持っていた財布を動物に変えた。

「……犬になったか。ということは、嘘じゃない…?」

 すぐに財布を元に戻す。

「だが、さっきから[リバース]が見えているよな? さっきの口ぶりから察するに、お前は海百合たちよりも雨宮に近い立場ってことだ。それに変わりはない!」
「まあ、親友だしな」

 堤は財布から、札を取り出した。

「霧生、悪いことは言わない。俺たちと一緒に来いよ。お前は優れた召喚師だ。それなりに高い地位にしてやるよ」
「………」

 霧生は無言であった。

「どうだ? さあ、お前の望みを一緒に叶えようじゃないか」
「いいだろう」

 この返事に、堤は少し構えた。

「だがお前が俺に勝てたら考えてやろう!」

 霧生は持っていた蛇を堤に投げつけた。しかしこれはバレバレであったために、余裕でかわされた。

「仕方がないな。[マインド]!」

 その式神は、非常に毒々しい色をしたクモだった。見ているだけで心が不安になりそうだ。堤の手のひらで、牙を出して威嚇している。

「これが、お前の式神か。だがそんなに小さいんじゃ、破壊力の高いチカラを持ってなきゃ[リバース]には勝てない!」
「ふんふふふふんふん、霧生? 暴力だけが全てじゃない。それに戦いはもう始まっているんだ」
「ああ、そうだろうよ」

 考えてみれば、長崎に引っ越し、榎高校に転校して来た時から戦いは始まった。興介が自分に挑んできたのが、もう随分と昔のように感じる。確かその直前に、[ディグ]を芽衣が拾った。そして伝説の式神も仲間にした。
 霧生は、長崎に来るまでの自分は、召喚師としては偽りであったと思っている。自分と同じような人と会うことができなかったからだ。だが今は、召喚師として真実の道を歩んでいる。

「さあ、[マインド]…。霧生の心はどうかな? 平常心を保っていられるのかな?」

[マインド]は返事をする。

「ムリだぜ。すぐにコウサンするだろう。だってオレのジュッチュウにハマっちまってるんだから」

(ハマる…だと? しかももう手遅れみたいな言い方だ。あの式神のチカラは何だ? クソ、気になって心が穏やかじゃなくなる。もし一撃で人を死に至らしめるチカラだったら、俺は………。その場合は、仲間はどうなる? [リバース]や[クエイク]は、自由になれないのか……。待てよ、俺の未来は…)

 霧生はいらない心配ばかりし始めた。それもそのはずで、[マインド]のチカラは人を極限の不安状態にすることだ。しかも相手に触れる必要もない。見た瞬間から、このチカラは始まるのである。

「さあ、お次はこれだ。[フィアー]!」

 コウモリ型の式神が召喚されると同時に、霧生に飛びついた。

「ひえっ!」

 ビビってしまい、対応に遅れた。指先を噛まれ、少し出血した。

「血を出したな? それが、命取り!」

 この[フィアー]は、相手の血が必要という点で使い勝手が悪い。血を流さない式神にはチカラが使えず、必然的に相手は動物に限定されるのだ。しかも[フィアー]自身の力とスピードは、大したことがない。だから戦闘向きでもなく、不意をついて相手の血を得なければいけないのだ。今回は霧生精神状態を[マインド]で大きく崩していたから上手くいったのであり、毎回こうはいかない。
 だが、血を得られたのなら相手に負けることはまずなくなる。[フィアー]は幻覚を作り出すことができるのだが、その幻覚は、相手が最も苦手とし、対面すれば必ず恐怖する物になる。これに例外はない。

(霧生の一番怖い物って、何だろうなぁ?)

 作り出された幻覚は、般若だった。

「ほほうほうほう、般若か。これは怖い恐い。こっちまでチビっちまいそうだ」
「な、何だと! はあ、はあ、はあ、こ、これは……!」

 霧生の頭の中はこんがらがってしまい、パニックになった。ただでさえ不安に押しつぶされそうであるのに、それに加えてトラウマレベルで嫌っている般若の登場…。おかしくならない方が変なくらいだ。

「く、クッソーッ! はあ、はあ…。[リバース]、逃げ……」

 逃げよう、と言いたかったのだが、何と後ろにも般若はいた。[フィアー]のチカラで作り出せる幻覚は、相手に依存こそするものの、数に制限はない。相手がそれに恐怖するとわかった以上、徹底的に絶望の谷底に落とす。

(そして霧生! お前はさっきから息遣いが荒いが、それがどうしてなのか、気づいてすらいない! もう一体、式神がいるんだぜ〜。まあ、精々目の前の般若に怯えていろよ)

 地面をゆっくりと這う、頭が三角形のヘビ。これは[ブリーズ]という式神で、周りの人の呼吸を乱す。

(ここまで完全に決まれば、もうお前は逃げられない! 俺たちに従うしかないのさ、霧生!)


 興介や真菰たちを脅していた人物こそ、この堤である。その手法はとても簡単で、[マインド]で心の底まで不安にし、[ブリーズ]で呼吸も乱して思い通りに息を吸えなくする。トドメに[フィアー]が幻覚を見せる。これに打ち勝つことのできた召喚師はいない。だから今まで、召喚師を見つけては自分は身を隠して、式神に任せて脅し従えてきた。もっとも大学で心理学を専攻した堤からすれば、式神がいなくても多少、言うことを聞かせる自信はある。
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