姫百合と[リカバー] その一

文字数 2,048文字

「おい、あれ見ろよ? なかなかかわいいじゃないか」
「でも制服が違うな。他校だろう? どうしてここに?」

  榎高校の校門に、その少女は立っていた。まるで誰かを待っているようで、あらゆる生徒に話しかけられても丁寧に全て断った。
 もちろん霧生も話しかける気である。真菰と負けず劣らずのアップスタイルの少女を、見て見ぬ振りはできない性だ。

 だが、何て話しかけようかと思っていると、少女の方から切り出してきた。

「お待ちしておりましたわ、霧生さん」
「待たせてしまったか。申し訳ないね、まず謝ろう。で、どこに行こうか? 俺はまず楠館に行かなければいけないのだが…」

 霧生はこの少女に初めて会う。だから約束など、もちろんしてない。

「なら、ご一緒しますわ。それにワタクシも芽衣さんにご用がございますの」

 どんな用、と霧生が聞くと、

「話すのはお恥ずかしい限りでございます、身内の恥は…」

 オホン、と一呼吸置いて、

加密列(かみつれ)(ともえ)麻倉(あさくら)(やいと)が、芽衣さんを誘拐しましたの。本日の登校時間のことでございますわ。そのようなご命令は下されてはいないのですが、二人は勝手に行動に出ましたの。これからワタクシが制裁に赴くのですが、一人ではどうも心細くて、ですが仲間は手を貸してくれないのです…」
「ちょっと待て! 誘拐だって!」

 霧生は、どうりで今日芽衣が学校に来なかったわけだと知った。プリントや課題を届ける羽目になったのも、芽衣がサボったせいだと思っていた。芽衣の家に届けたら、温泉にタダで入らせてもらおうと思っていたが、誘拐ときたら話は別だ。

「自己紹介が遅れましたわ。ワタクシ、清藤(きよふじ)姫百合(ひめゆり)といいます」
「清『藤』、ね……」

 霧生は身構えた。藤の名を持つ者には、警戒しなければいけない。海百合で痛い目をみただけに、この姫百合にも何をされるかわからない。
 しかし警戒心とは裏腹に、姫百合の態度は柔らかい。

「ワタクシ、貴方を相手にするつもりはございません。争いは何も生み出しませんから。協力、していただけます?」

 本当は拒否したいが、女性の頼みは断らない主義。

「いいよ、今すぐ行こう。場所はわかってる?」
「ええ。では出発しましょう。荷物、お持ちいたしますね」
「いいよ。俺が持ってる。君に重いものを持たせるのは、俺の遺伝子が全力で拒否るね」


 二人で歩いている途中で、姫百合と話した。

「名前…海百合さんと似ていますので、同じクラスであることも相成って、ユリユリシスターズと呼ばれていますの。誕生日的に、ワタクシが妹ですわよ」
「なるほど。そんな日常もあるのか。どうりで海百合は俺に冷たいわけだ」
「でもワタクシは、将来的には立派な男性と添い遂げようと思ってますのよ? 霧生さん、立候補してはどうです?」

 悪くはない話だが、霧生は断った。自分が立派だと思えないからではない。姫百合とくっつくのもありではあるが…少し気が進まないのだ。

「まあ…。考えてはおくよ。でも今は、芽衣の救出に専念したい。巴と灸はどんな奴らなんだ? 一緒に行動しているということは、コンビなのかい?」
「そうです。ワタクシたちとは住んでいる市が違いますが、彼らも召喚師ですわ。でも、彼らのことを真菰さんから聞いてはいなのでして?」

 聞いていない。

「真菰とどういう関係?」
「真菰さんを襲ったのが、巴と灸なのです。二人は結構な実力者ですので、苦戦はしなかったようです。しかし、どうやら思い上がったようですわ。ですのでこのような蛮行に及んだのでしょう」
「となると、真菰の[ドレイン]が使っていたチカラの、元々の所有者ってことか」
「察しがいいですわね。[ブリリアント]はプラズマを、[ディフューズ]は氷を操る式神。ワタクシ一人で勝てないわけではないのですが、厄介極まりないことですの。それに貴方の式神も、十分に頼もしいとお聞きしましたわ」
「まあ、実戦なら任せてくれ。藤の名を持つ人が敵じゃないなら、自信がある」

 式神のチカラは前もってわかっている。だから霧生は胸を張って答えた。プラズマだけ注意していれば、負けるわけがない。

 霧生は[リバース]を召喚した。そのたくましい姿を、姫百合に見せてやりたくて仕方がなかったのだ。

「この方が、[リバース]…。とても強い鼓動を感じますわ。敵に回せば、ワタクシの敗北は火を見るよりも明らか。ですが逆に味方にしてしまえば、これほど心強い式神は存在いたしません」

 姫百合は何か、一歩引く姿勢である。それが逆に霧生に、あることを疑わせてしまう。

(もしかして姫百合は、三対一の状況を作り上げて、俺を潰すつもりなのか?  しそうなら、取って置きを用意していないと危ない。何か隙を作れる、ものを…)

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