第2話

文字数 956文字

 唐突に、波と砂が擦れ合う強烈な破裂音が涼平を支配した。気づけば、ショッピングモールの隙間を抜け、街の終わりまで来ている。目の前に広がる防風林を抜ければ、人工の浜辺越しに東京湾が見えるはずだ。
 海沿いに続く道路は果てしなく続き、世界を隔てる境界線になっている。こちら側と、あちら側。涼平はその界線に立っている。自分はどちらなのだろうか。不自然にあちら側に行くのを躊躇ってしまう。
 再び破裂音が響き、涼平は自然の恐怖に凍り付いた。波の轟音が身体を支配して、涼平は凍ったように固まった。耳を塞いで蹲るように、木々が風に煽られた。
 恐怖に凍り付き、びくびくしながら煽られた木々を見渡していると、ふっと目の端に人影が映った気がした。オレンジの街灯に反射して良く見えないが、髪の長い女性が何事もなく防風林の中に消えていくのが見えた。
 その後ろ姿に目を奪われ、不自然に恐怖を忘れた。しばらくの間、その少女の残した影を見つめていた。目が離せなかった。風の轟音と、暗闇が消えた気がした。迷わず境界線を跨ぎ、自然と前へ進んだ。
 アーチ状のトンネルをくぐっている気分だった。撓る木々が頭上を覆い、漆黒の雲が姿を消した。木々の擦れ合う音だけが響いた。街灯もない、月明りもない。目の前の地面だけがわずかに見えている。枝にぶつからないように目に力を込め、足元を見ながら歩く。地面には足跡の模様が交互に続き、涼平は意味もなくその足跡を避けて歩いた。


  *


 東京湾に突き出る防波堤の上に、彼女は立っていた。コンクリートで出来た防波堤には繰り返し大きな波がぶつかり、周囲に散らばるテトラポットをゆっくりと破壊しているように見える。その女性は動じることなくそこに佇んでいた。

 涼平も同じように防波堤に登り、彼女に近づいた。そばまで近づいても、彼女は気にすることなく荒れた海を眺めていた。勝手に近づいてきた手前色々と言葉を考えていたが、結局なにも思いつかなかった。何と言っていいかわからず、涼平もただ海を眺めていた。数分間のこの不思議な瞬間は思ったよりも心地よかった。初対面で言葉が出ないのは緊張の証と言われるが、僕たちはそんなことなかった。何故だか、気持ちの良い時間だった。

二十分ほどして、彼女は口を開いた。
「この海には私にはない美しさがあるの」

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