第5話

文字数 1,235文字

「姉は、貴方には居場所を伝えたのね」
「そうだね」
美桜は少しだけ頭を傾け、何かを思案したように見えた。だがそれも束の間、スっと涼平の目を見つめる。その目は何故だか耐え難く、涼平は逃れるように尋ねた。
「君は僕の事を知っていたの?」
「そりゃそうよ。あのお姉ちゃんが唯一心を開いた人よ」
美桜はさも当然のように答えた。涼平はこれまで美桜と面識はない。姉の紗希から話には聞いていたが、美桜が自分のことを知っているとは思わなかった。

「私は。姉の居場所を知りたいの」
 改めて、美桜は宣言する。美緒の瞳には意思の強さを感じる。だが涼平には、その問いに答えるつもりはなかった。それが、紗希との約束だから。
「今日私は姉との約束を破ろうとした。でもそこに、貴方が現れた。姉の居場所を知っている貴方が。これなら姉との約束を果たせるわ」
 だから、と付け加え、美緒は続ける。
「姉の居場所を教えて」
「姉の事を知っているならわかるでしょう?私は自由に身動きが取れないの。だから協力して」
 背中の傷が姉と同じ理由で負ったものだとしたら、父親の虐待が原因だ。となると、姉の紗希と同じくらい生活を縛られているのだろう。
 紗希は学校と家の往復以外、基本的に自由がなかった。父親は暴力で、母親は心で虐待する。居場所は常にGPS で見張られ、加えて一時間に一回連絡を入れなければならない。母親は紗希の全てをコントロールしようとしていた。
「私の願いは、姉を見つけて、青い海を見ることなの。一年前に姉と見た青い海を。もう一度」
 美緒は震えている。何が美緒をそんなに苦しめているのか。何であれその元凶に怒りを感じる。
「でも僕は、紗希と約束したんだ。君に紗希の居場所は教えないって」
「貴方は何も知らない。だからそんなふざけた事を言えるのよ」
「知ってるよ」
「昨日までは。でも今日の事は知らない」

おそらく、数秒の空白は、数秒の躊躇いと同義だと思う。そんは数秒があった。
「父が、死んだのよ」

 美緒の突然の告白の次の瞬間、小さな波が互いに重なり合い、うねり、一つの大きな壁となってコンクリートの壁に激突した。強烈な破裂音と共にしぶきが散る。涼平は驚き、咄嗟にコンクリートを飛び降りた。落ちた衝撃で砂が口に入る。塩の味が口に広がり、昨日紙で切った指の傷が染みた。
 はっと振り返った時、美緒の姿はコンクリートの上から消えていた。まるで波に飲まれたように、しかしその姿をただ消したように、その姿は無くなっていた。慌てて振り返ると、波を気にすることなくコンクリートを歩く美緒の後ろ姿が見える。いつの間にそんなに移動したのか、もう随分遠くにいて追いつけそうにない。波に飲まれたのかと不安だった涼平はほっとしたが、街の灯りにうっすらと照らされる少女に違和感を覚えた。
「まったく」
 涼平は砂浜に寝そべりぼそっと呟き、改めて姉妹について考える。あの家の残酷な家庭環境を想えば、消えた姉のほうが健全だろう。不自然な彼女は、不自然だからこそ自然なのだ。
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