第1話

文字数 1,204文字

 堀口姉妹が揃って青い海を目指したのは、これで二度目の事だった。晩夏の昼下がり、二人は高校の制服を着て街を歩いた。手ぶらで制服という奇妙な姿が人々の視線を集めるも、姉妹はさも当然のように鷹揚と歩き続けた。

 太陽はまだビルよりも高い。反射した光が銀色に輝く街には一大企業のビルが群生し、昼食に群がるサラリーマン達が去来する。駅前の交差点がダムのように人の往来を押し留め、姉妹も同時に塞き止められる。
 隣に立つサラリーマンが煙草臭い。後ろに立つ臙脂色のスーツを着た女性の視線を感じる。スマートフォンを見ているフリしてチラチラと出歯亀のようにこちらを覗く若い男もいるし、一瞥してさっと前に向き直る人もいる。
 姉妹が注意を引きやすいのは、何も時間帯と格好だけが原因ではない。端的に、二人が容色に恵まれ、端麗だからだ。姉の紗希は女性にしては背が高いが美人という言葉に相応しく、背の低い妹は可愛らしいに相応しい。特に妹はその長い髪が艶やかさを演出し、華奢で小さな顔が男性の目線を集めやすい。美人の姉と可愛らしい妹。平日の昼間に制服で手ぶら。否応にも注目を集めてしまう。

 信号が青に変化する一瞬手前、フライングした中年の男が交差点に飛び出すと、追随するように人々が流れ込む。漏れなく姉妹も流され、何とか隙間を縫って抜け出そうとするが上手くいかない。連綿と続く人の流れは四方を囲い、同じ方向に進むことしか許されない。レストラン街での昼食を求める群集に対して、90度曲がった先を目指している姉妹は絶望的だ。流れに逆らわず、ゆっくりと海を目指す。  
 二十分ほどで流れを抜け出し、途端に人の姿が消える。背後には変わらず人々が流れているのが見えるが、眼前には誰もいない。目前に迫るショッピングモールを抜ければ、対岸に横浜を構える東京湾が一望できるはずだ。
 姉の紗希は、これから行う事が稚拙な事だと自覚している。いくら思案を重ねても他に最適解は見当たらなかった。妹が隣にいる事を本来なら忸怩としなければならないが、紗希はすでに賽を投げている。散々と懊悩し、すでに諦念している。これしかない。これ以外にないのだと、紗希は自身に内包する迷いに訴えかけ続けている。自分が無知蒙昧であることなどわかっているが、彼の残滓である青い海を目指さずにはいられない。それだけが紗希の、姉妹の願いだ。

 三年前私と彼が出会い、一週間前に妹と彼が出会った。三人が揃ったことは一度しかない。彼は私たち姉妹という奔流に動かされ、意図せず引いてしまった青い海までの道を真っ直ぐに進んだのだ。彼の行為は狂的であるが、彼の根底にある深い情はしっかりと私たちに届いている。彼の情は私たちの中に滔々と流れ、その淀みない流れは私たちをゆっくりと海へ向かわせる。導かれるように、私たちは青い海へ辿りつく。

 これから行うことは、彼と同じくらい稚拙で青い。そんなことわかってる。
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