狂乱のルペルカリア’s Day♥

文字数 1,999文字

 今日は2月14日。明日はルペルカリアの祭り。女性とって大切な結婚と豊穣の女神ユノー様のお祭り。
  ローマの町は賑わい、歓声が家の中まで響いてくる。でもなんだかちょっと憂鬱で不安。
 お昼前に回ってきた桶に、私の名前を書いた陶片を入れた。ものすごくドキドキした。何か私の人生が決まってしまうような気がして。私にとって初めてのお祭り。お母さんはいい旦那さんに会えるといいねっていうけど、正直怖い。乱暴な人じゃなければいいけど。
 ローマでは子供の時期をすぎると、未婚の女性は家の中にこもって暮らしている。親兄弟以外の男性とは会うことがない。だから家族以外の男性と会うのは年に1回、この祭りで巡り合う男性だけ。
 今日くじ引きで私の名前の陶片を引いた男性と、私は明日1日を共にする。どんな人が私を選ぶんだろう。怖い人じゃなければいいな。
 まだ小さい頃に一緒に遊んだルフス。ルフスみたいな人がいい。神話のロムルス様のように元気で優しかった男の子。
 明日の朝、私を迎えに来る人はどんな人なのかな。

◇◇◇

 俺は大変名誉な役目に選ばれた。
 明日のルペルカリアの祭り。男にとっては主神ユピテル様に生贄を捧げる祭り。その祭りでロムルス役に選ばれた。
 ローマを建国したロムルスとレムスの双子は狼に育てられ、羊飼いに拾われた。だから祭りで羊を生贄に捧げる時、ロムルスとレムスに扮した2人の全裸の男がその恵みを受取る。生贄の血を額に垂らし、その後、生贄の羊の皮から作られた皮鞭を手にして笑いながら広場を全裸で走り回るんだ。これはロムルスとレムスが牛泥棒を捕まえたときの伝説が元になっていると言われている。
 羊の皮鞭はなめしていないから結構血まみれになって生臭い。けれども豊穣を祈る大切な役目だ。
 走る時はローマの発展と繁栄を願って、なるべく高らかに祝わなければならない。

 ハハハハハハ、ハハハハハハハハハハ

 それから道に出てきた女性をその皮鞭で打つ。生贄の皮紐は汚れを浄化するという意味でフェブルアと呼ばれる。この2月の語源になっている。この皮鞭で打たれた女性は浄化されて子宝に恵まれる。だからなるべくたくさんの女性を打つんだ。

 ピシッ ピシッ ハハハハハ ピシッ ハハハハ

 結構疲れる。ローマは7つの丘で出来ていて、この丘だけでも広くて女性は多い。このお役目が終われば俺は陶片を引きに行く。
 俺が引きに行く頃は多分もう殆どの男が引いた後だろう。
 小さい頃一緒に遊んだユリアの陶片はまだ残ってるかな。とても可憐でかわいらしい女の子だった。あんな女の子と1日一緒にいたいな。

 ハハハハハ ピシッ ハハハハ

 2月の全裸はちょっと寒い。ヘクシ。

◇◇◇

 朝。私はドアの前で男性の訪れを待っていた。
 私を迎えに来るのはどんな方? 心臓が高鳴る。素敵な人だといいな。でも、不安。来てしまったら、嫌な人でも断れない。それがルペルカリア祭の決まり。

 コンコン

 母さんが私の背を押す。恐る恐るドアの取手を持つ。でも開ける勇気が持てない。変な人だったら、怖い人だったらどうしよう。思わず目を瞑る。怖い。

「ユリア? 開けて?」

 ドア1つ隔てた向こうから優しい声がする。昔聞いた声?

「ひょっとして、ルフス? 本当に?」

 急いでドアを開けるとそこには大柄な男性が立っていた。随分久しぶりに見た家族以外の男の人の姿にビクッとする。でも、その顔にはどこか面影があった。

「本当にルフス? 本当に?」
「覚えていてくれたんだ、嬉しい」

 恐る恐る伸ばされた手を恐る恐る取ってドアの外に出る。姿はすっかりかわって、とてもたくましくなっていた。子供のころと違った感情が沸いてくる。なんだかドキドキする。
 今日1日ずっとルフスと一緒。嬉しい。でも今日が終わったらお別れしないといけない。そう思うと、会ったばかりなのに怖かった。

「ユリア。お願いがある。俺と結婚してくれないか」
「えっ」
「まだ会ったばかりだけど、離れるなんて耐えられない。ずっとユリアが好きだった。結婚してほしい」
「わ、私もルフスのことがずっと好きだった、嬉しい」

 ルペルカリアの祭りで出会った男女は1日一緒にいて、夜があけた次の朝に別れる決まり。
 結婚の挨拶は明日の朝。それまでは一緒にいましょう?
 繋いだ手が温かい。

「ユリア。俺は今年ロムルスに選ばれたんだよ」
「え、凄い。じゃあ来年は私を皮鞭で打ってくれるかしら?」
「来年も選ばれたらね」

 新しい恋人は手を取り合って祭りに浮かれる町に消えた。

◇◇◇

 そんな賑やかなルペルカリアの祭は風紀を乱すとしてローマ教皇ゲラシウス1世によって廃止された。
 その後ゲラシウス2世は兵士が結婚していると郷愁がわいてまじめに戦わないという理由で兵士の結婚を禁止し、見かねた聖バレンタインが処刑された日が2月14日であり、以降その日はバレンタインデーと呼ばれるようになった。
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