第2話

文字数 1,879文字

適当に時間をつぶして、店に入ることにした。
コーヒーとサンドイッチを注文。
高い…
だいたい外で飲み食いする、というのが信じられない。
たかがコーヒーが何百円もするのだ。
自動販売機で買えば120円だし、ドラッグストアでメーカーを問わなければ40円ほどで買える。
違いがわからない人間には無意味である。

食べ終わり、トイレに行く。
手を洗った後、髪を整えたことに我ながら驚いた。
人目を気にしている、ということだ。
まだこんな感覚が残っていたのかと思う。
メンバー募集の相手と会うのは、今回で2度目だ。
前の時は男性2人で、完全プロ志向だった。
彼らは、自分たちの作るオリジナル曲に絶大な自信を持っていて、インディーズでやってきた自負もあるし、周りのバンドがどうやってデビューしていったのかも知っているらしかった。
それによれば、まず路上のフリーライブで固定ファンを獲得し、その客を今度はライブハウスに呼び込み、動員数を上げるといったものだった。
練習のためには睡眠時間を削れだの、機材やライブのために借金する覚悟を持ってほしいだの、求めるポテンシャルが凄まじく高かったので、途中からどう断ろうかそればかり考えていた記憶がある。
彼らは今、どうしているのだろう…
バンド名は聞かなかった。
ひょっとすると、どこかでメジャーデビューしているのかもしれない。

その時、携帯電話が鳴った。
「もしもし」
「あ、もしもし。今、どこですか?」
「店の中です」
「もう少しで着きます。今お店に入りました。うーんと、どのへんですか?」
すると入り口からキョロキョロしながら携帯で話している人物が入って来たので、こちらを向いた時に手をあげて合図を送った。
「あ、いたいた。わかりました」
電話が切れる。
腕時計を見ながら「すみません、お待たせし…てはないですね。私も注文してきます」
しばらくすると、戻ってきて席につく。
「はじめまして」
「はじめまして」
沈黙。
…おかしい。
普通、メンバー募集したほうから色々聞いてくるものだが、さっきからコーヒーを飲んだまま黙っている。
このまま黙っていてもラチがあかないので、こちらから質問する。
「…あの、メンバー募集の貼り紙を見たんですけど」
まだ黙っている。
「詳しいことがわからなくて…ギター急募、としか書いてなかったし」
「ほんとに急いでます、っていうのも書いてありましたよ」
「…はあ」
「どんな音楽を聴くんですか?」
「色々です」
「例えば?」
名前を挙げるのが面倒なので、伝家の宝刀。
「ビートルズ、とか…」
「私も聴きます」
ビートルズとくれば次に聞かれるのが、どのアルバムが好き?というやつだ。
先手必勝だと思い「どのアルバムが好き?」と聞いてみる。
「ホワイトアルバム、かな…そういえば、まだお名前聞いてませんでしたね。私はスズキです」
「霧島です」
「下の名前は?」
あまり言いたくないが、仕方ない。
「永無」
「エイム?カッコいいですね」
どういう意味だろう。
「どんな字を書くんですか?」
「永遠の永に何も無いの無」
「ふーん、なんか、お経みたいですね」
お経?ああ、南無阿弥陀仏とかいうやつか。
霧島永無、いつまで経っても好きになれない名前。
「キリシマさん、バンド経験は?」
「ありません」
「ギター歴は?」
「高校の時からなんで、10年ぐらいですね」
この計算でいくと、26歳だと思われるだろう。
28でバンド経験なし、というのは印象が良くない。
鈴木は何歳なんだろう?
失礼にあたらない質問を考える。
「メンバー構成と平均年齢は?」
「私以外にベースとドラムがいます。みんな女で大学生です」
大学生か…家が金持ちなんだろう。
「1度セッションしませんか?」
「え?はあ…」
「そうですね、ビートルズならみんな聴くし…なるべく早いほうかいいですよね」
勝手に話を進めている。
どうやら一次審査は通過したらしい。

お互いのメールアドレスを交換することになった。
疑問に思っていたことを聞いてみる。
「さっき、メンバー募集の電話だってどうしてわかったんですか?」
「2in1してるんです。あの番号を貼り紙に書いてたんです」
電話番号も教えてもらい、こちらは霧島という漢字を教える。
スズキは予想通りの鈴木だった。
「鈴木さんは東京の人なんですか?」
「出身は東京です。霧島さんは地元の方ですよね」
「そうです」
「でもなんか、大阪って感じじゃないですね。イントネーションだけで関西弁でもないし」
「相手に左右されるんです。性格も暗いですね…」
「でも、話しやすいですよ」
「南のほうなんかは、訛りがキツかったりしますけど」
「ああ、いますよね。アニマル柄のシャツ着たおばさんとか」
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