第5話

文字数 1,741文字

土曜日を迎え、いつものごとく昼過ぎに起きる。
落ち着いて、ライターも忘れずに持って行く。
スタジオの前まで行くと、3人が待っていた。
「こんにちは」自分から話しかけてみる。
考えてみれば、こちらのほうが年上なのだから、これぐらいは当たり前だろう。
「こんにちは」鈴木が答える。
2人は黙ったままだ。
鈴木が肘でドラム担当をつつくと「ドーモ、コンニチハ」と挨拶する。
挨拶した後、これでいいのか?といった顔で鈴木を見る。
鈴木はベース担当も肘でつつく。
すると、渋々といった感じで会釈をする。
こちらから、歩み寄ったほうがいいんじゃないかと思い「霧島です」と言ってみる。
「知ってる」
「聞いてる」
2人そろって返事をした。
鈴木が小さくため息をつき「ハットリさんとハセガワさんです」と紹介してくれた。
ドラム担当がハットリ。
ベース担当がハセガワ。
しばし沈黙。
沈黙を破ったのは、ハットリだった。
「じゃあ、行きますか?はい、入った入った」そう言って、建物の中に入る。

今日使うのは、5スタ。
それぞれ、楽器のスタンバイをする。
鈴木はムスタングを持ってきていた。
こちらは赤盤のスコアを取り出し、渡す。
「何やります?」
「今日は自分がボーカルとるんやろ?」ハットリに言われる。
「ちょっと、霧島さんに失礼なこと言わないでよ。すいません」
マイクもセッティングする。
アイコンタクトで演奏が始まった。
遠慮がちに歌う。
何度か同じ曲を演奏する。
あっという間に2時間が過ぎた。
スタジオを後にして帰ろうとすると、鈴木が「霧島さん、この後時間あります?」と聞いてきた。
「いいですよ」と答える。
「ちょっと、4人でお茶でもどうかと思って」

ファストフード店に入り、注文。
少し積極的に質問してみることにする。
「3人はどれぐらい前から一緒にやってるんですか?」
「私とハットリさんが中学の時からで、ハセガワさんとは大学に入ってからです」
「ずっと3人だけだったんですか?」
「ほぼ3人」ハットリがポテトを食べながら続ける「ノアが事あるごとに誰か連れてきては長続きしない、の繰り返し」
「ノア?」
「私の名前です」
「だから今回もどうせ長続きせぇへんやろうって思ってんねんけど」
「今回は別。別格です」
「別格って…オーバーやなぁ」
「あの、プロ志向って聞いたんですけど」
「また、そーいう大風呂敷広げるやろ?」
「あたしは現実主義者です」
「オリジナルが4曲しかなくてどうすんの?なりたかったら、もっと曲書き〜や」
「完璧主義者なの!曲の断片だったら、もっとあるもん」
「結局、就活からの逃避やろ?」ハセガワが口を開く。
「違うって…2人はどうするの?」
「ウチは休みがあって、ボーナスがあったらどこでもいい」
「何それ〜ミナミは?」
ハセガワの名前なんだろう。
「バイト先の店長が雇ってくれるって言ってる」
「バンドは?」
「アマチュアでやれればいいし…」
「夢がない〜」
「夢だけではメシは食われへんの。だいたいこのバンド、ほとんど活動してへんやん。ウチらだって別のバンドのヘルプ入ってライブやったりしてるし、ノアがライブ嫌いっていうのが問題あるんやろ?」
「だって人前で歌いたくないんだもん。でも霧島さんが入ってくれたから、もう大丈夫!」
どうやら正式にメンバーに迎えられたらしい。
ボーカルにもされてる…
「あのクセ直せんの?」ハットリがコーラを飲みながら言う。
「クセ?」
「ま〜ちょっと聞いてくださいよ。この鈴木ノア、とんでもないクセの持ち主なんですよ」
「その話はいいじゃん、別に…」
「この子、彼氏が出来たらバンドそっちのけになるんですよ。要するに今は彼氏がいないから、バンドに熱あげてるだけってこと」
「そうなんですか?」
「誤解です」
「だから、いつまたそっちのけになるかわからんから、相手するだけ無駄なんですよ」
「そうなんですか?」
「違います」
「…本当にプロになる気はあるんですか?」
「あります」鈴木が恭しく言う。
「どうやって?」
「デモテープ、とか」
「ライブで動員増やさなあかんやろ?」
「ライブする気は?」
「霧島さんがボーカルをとってくれるなら」
「どうなん?」
「えーと、まあ、保留で…」
「霧島さんも本気になってもらわないと」
3人の視線がこちらに向けられる。
でも、それに応えることは今はまだ出来なかった。
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