第14話

文字数 1,891文字

連絡がきていたのは、サカタレコードの本多という人物からだった。
{CD聴きました。よかったら会いたいのですが、都合のいい日にちを教えてください}とだけあった。
{返事が遅れてしまい、すみません。土日ならいつでも空いています}とメールする。
{次の土曜日、午後4時ごろはどうでしょう?大阪まで行きます}
{大丈夫です。お待ちしております}
土曜日、ホテルのロビーで会うことになった。
時間より早めに集まっておく。
すると、こちらに歩いてくる人物がいた。
小太りでポロシャツにチノパン。
サングラスをかけた人物も一緒だ。
あの2人だろうか?
向こうからこちらに近づいてきて、確認する。
「はい、そうです」ノアが歯切れの良い声で答える。
全員、頭を下げる。
「いや〜暑いですね。みなさん何か注文してくださいね」と言うので、それぞれ注文する。
「え〜と、まずは、はじめまして本多です」そう言って名刺を配る。
隣に座っていたノアに肘で小突かれる。
なんだろう?
短くため息をつき「はじめまして、鈴木です」
そうか、自己紹介か。
「ドラムの服部です」いつもと発声が違う。
「ベースの長谷川です」
「霧島です」
「はい、よろしく。こちらはプロデューサーの南条君」本多がサングラスをかけた人物を紹介する。
「CD、聴かせてもらいました。えーと、曲を書いてるのは鈴木さんでいいんですよね?」
「はい、私です」
「1番最後の曲は?」突然、南条が聞く。
「どういう意味ですか?」
「あれだけ毛色が違う。どういう経緯で書いた曲?」
「あれは…」
「答えたくないならいいけど」
「いえ、父が死んだ時に書いた曲です」
「なるほど」
「もともと入れる予定じゃなかったんですよ」服部が助け舟を出す。
「と、いうと?」
「霧島さんが勝手に入れたんです」と長谷川。
「なるほど、君はなかなかいい選球眼をしているね」
やっぱり、わかる人にはわかるのだ。
怒られたけど、あの曲を入れてよかった。
「他に曲は何曲ぐらいある?」
「あの、とりあえず完成している曲はCDに入ってるもので全部です」服部が申し訳なさそうに言う。
「曲の断片なら10曲近くあります」ノアが強気に答える。
「今度、聴かせてくれる?」
南条とノアはアドレスを交換している。
「ライブ活動は?」本多が質問してくる。
「これから活動しようと思っています」
すごい、こんなにスラスラ嘘がつけるとは…恐るべし、鈴木ノア。
「ライブなんか別にどうだっていいですよ」南条がめんどくさそうに言う。
「南条君、バンドなんだからライブは大事だよ」
「ライブなんか慣れればなんとでもなりますよ。嫌ならやらなきゃいいだけだし。作詞、作曲、アレンジのインスピレーションのほうがよっぽど大事ですよ」
「また君はそういう極端なことを言う…」

その後は雑談になり、30分ほど話して別れた。
帰り道「なんかいい人そうやったやん」服部が口を開く。
「プロデューサーって、かなり話進んでるんちゃうん?」長谷川が言う。
「エイムさんはどうでした?なんかあんまりしゃべってなかったですけど」
「…スタジオ、入りたい」
「そうやな〜ウチも久しぶりに音出したい気分」
「ライブはどうすんの?これから活動します、とか言ったけど」長谷川が突っ込む。
「うーん、とりあえずスタジオ!」
「予約、とれる?」
「ねじこむ」
「今から電話してみるね」
夜遅い時間しか空いてないらしい。
それでもいいと予約を入れた。
久しぶりのスタジオ。
大きな音。
体に伝わる振動。
やっぱりいい。
またこの4人で演奏できた喜びをかみしめる。

その後、何の連絡もこなくなった。
結局、こんなもんかと思いバイトの日々を過ごす。
連絡がきたからって、デビュー出来るわけではないのだ。
何を夢見ていたのだろう。
バイトをして、日銭を稼いでそのうち歳をとって働けなくなる。
それから、どうなるのだろう。
考えたくない。
そうなる前にポックリ死ねたらいい。
服部は大丈夫だろうか?
内定を蹴ってなければいいけど…
ライブの予定はないけど、スタジオに入ることになった。
休憩の時「結局、このまま何もなしってことなのかな?」と聞くと、3人とも何故か黙っている。
「エイムさん、実は…」ノアが遠慮がちに言う。
「ノア、ええやん別に」服部がさえぎる。
「そうそう、こっちの意向は伝えたんやし」長谷川が言う。
何のことだろう?
「なんかあった?」
「いえ…」ノアが口ごもる。
「なんでもな〜い、のだ」服部がごまかす。
なんだろう、気になる。
けど、話したくないのだろう。
少し気分が悪かったけど、仕方がない。
「ライブ、どうする?」
「…別にいいんちゃう?」
今日は、みんな歯切れが悪い。
こんな日もあるかと、それ以上追及しなかった。
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