第1話

文字数 1,706文字

冬の夜道をポタポタ歩く。
今日が誕生日だったことを思い出す。
27歳では死ななかったな、とぼんやり考える。
ワンルーム、ユニットバスの安アパート。
部屋の片隅にギターが立てかけてある。
弦は錆び付いている。
きっと自分の人生と同じぐらい錆び付いているだろう。
かじかんだ指に息を吹きかけてから、弾く。
メリークリスマス、ミスターロレンス。
音楽は素晴らしい。
カップラーメン、缶コーヒー。
将来という文字は辞書にない。

翌日、集合時間の5分前に駅に到着。
7時半ちょうどにリーダーらしき人物がやって来て、点呼をとる。
何の説明もなく黙って歩きだしたので、その後について行く。
愛想のない、偉そうな奴。
バス停で30分待つ。
バスに乗り、現場に到着したのが8時半。
それからさらに30分待ち、仕事が始まるのが9時。
交通費は出ないし、1時間半の拘束時間にも時給は支払われない。
生活はギリギリ。
つねづね、趣味は何かと聞かれたら銭勘定だと答えようと思っている。
そんな質問をしてくれる他人なんかいないけど。

年末年始は、ろくな仕事がない。
ひたすら眠り、時間の感覚がなくなる。
布団の中でウトウトしていると、携帯電話が鳴ったので起きる。
「…はい、もしもし」
「もしもし」
実家の父からだ。
「元気か?」
「うん、まあ…」
「仕事は?」
「ぼちぼち」
「正月は?帰ってこんのか」
「…やめとく」
「いつでも帰ってきたらええから」
「わかった」
電話を切って、長いため息をつく。
生きていることを知らせるために、月に一度電話をかける。
話すのはいつも父になる。
母からかかってくることはないし、かけることもない。
実家はアパートから自転車で20分の距離。
ひとり暮らしをはじめてから、一度も帰っていない。

年が明け、今日は3日。
そろそろバイトがあるので、リハビリがてら外出。
行き先は楽器店に決めた。
iPodで音楽を聴きながら電車に揺られていると、駅に着いた。
少し歩いて、目当ての店に入る。
セール中なのか、結構人が多い。
何を買うでもなく、飾られているギターを見る。
見ているだけで、楽しい。
zo-3ギターを見つけて、苦笑い。
はじめて買ったのが、このギターだった。
zo-3ギターはミニギター。
ネックが短く、チューニングが狂いやすい。
初心者向けではない。
10年弾いて、最後は壊れた。
今でも音感が悪いのは、このギターのせいだと思っている。
気が変わり、消耗品の弦を買うことにする。
3つセットになった、ダダリオのレギュラーライト。
レジに並ぶと、隣の客がギブソンのレスポールを購入していた。
「22万5千円になります」
親らしき人物がクレジットカードで支払う。
ネック折れろ!どっかにぶつけてボディに傷つけ!
そんな呪いの言葉を心の中で呟いていると「1600円です」
支払いは現金。
親にギターを買ってもらったことなんかない。
しかもあんなに高いギター!
憮然とした態度で支払いを済ませ、出口に向かうと、壁にメンバー募集の貼り紙が貼ってある。
ビッシリと文字が書いてあるものがあって、ビジュアル系の募集のようだ。
そんななか、ひときわ目立つ貼り紙があった。
"ギター急募!!ほんとに急いでます"
それだけが大きな文字で書かれてある。
バカなんじゃないだろうか…
下にある連絡先の部分を破り、階段をあがった。

地上に出て破り取った紙を見ると、携帯電話の番号が書いてある。
こういうのは勢いが大事なので、すぐにかけることにする。
呼び出し音2回で、相手が出た。
頭の中で言葉を探している途中だったので「お忙しいところ失礼します」と言ってしまった。
すると「お電話ありがとうございます」と若い女性の声。
「メンバー募集の貼り紙を見て、電話してくれたんですよね?」
「え?ええ、はい」
「早速なんですけど、いつなら会えます?」
「えーと…」
「今日、時間あります?」
「ええ、まあ…」
「どっちですか?」笑い声まじりで、そう返ってきた。
「大丈夫です。空いてます」
「今、どこですか?」
場所を告げると「そうですね…4時にスタバで待ち合わせしましょうか」
「はい、わかりました」
「じゃあ、よろしくお願いします」
電話が切れた。
急転直下。
4時まで、まだ1時間以上ある。
さて、どうしたもんか…
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