第11話

文字数 2,084文字

バイトをしながら、メールでノアを説得する日々。
木曜日、バイト終わりにデニーズで会うことになった。
ノアは先に来ていた。
ついでたから、夕食も済ませることにする。
「どう?気持ち、変わった?」
「うーん…」
「別に世の中に流通するわけじゃないよ。レコード会社に送ったりするだけ」
「…何枚ぐらい作るつもりなんですか?」
そこで、パソコンで調べたCDプレスの料金表を見せる。
プリンターなんか持ってないから、ネットカフェでプリントアウトしてきたのだ。
説得材料である。
「みんな友達とかに配りたいだろうから、1人10枚渡すとして…」
「あ、あたし友達少ないから、5枚でいいです。エイムさんは?」
「そうですね…別に1枚でもいいけど、記念に5枚もらっときます」
「じゃあ、30枚ですね」
「あと、片っ端からレコード会社に送ろうと思うので100枚ぐらいで充分なんじゃないかな」
「歌詞カードとかはどうするんですか?」
「この4Pっていうのは?」
「結構、安く作れるんですね。ジャケット写真は?どうします?」
いいぞ、乗り気になってきた。
「これとか…」
そう言って1枚の紙を渡す。
「なんですか?これ」
「玉ねぎ」
そこには拙いイラストが描かれている。
「エイムさんが描いたんですか?」
「うん、まあ…」
「アルバムタイトル、考えてます?」
渾身のイラストはなかったことにされてしまった…
創作とは得てしてそんなものかもしれない。
「ひとつ考えてるのが「ABC sessions」っていうやつで…」
「パクリですね」
「う、まあ」
「でもいいじゃないですか。うん、それでいきましょう」
ボーカルのことは完全に忘れているようだ。
OKがもらえた、ということだろうか。
「バンド名がないんですよ」
このカードも用意しておいた。
「アルデバラン」
「ふーん、どういう意味なんですか?」
「星の名前です」
「ロマンチストですね」
「いや、まあ…」
まさかゲーム中に出てきた名前だとは言えない。
パソコンで意味を調べてみたら、良かったので選んだのだ。
「大学、忙しいんじゃないですか?プレスの注文はこっちでしときますよ」
「そうですね。じゃあ、お願いしようかな…」
そんなこんなでボーカルの件はクリアできた。
問題はあとアレだけだ。
アレに関しては、黙ってやろうと思う。

アパートに戻り、先程スルーされた玉ねぎをながめる。
携帯で写真を撮り、それをパソコンに送信。
無料のドローソフトをダウンロード。
さっきの写真を取り込み、修正して色もつけてみる。
タイトルを書き足し、完成。
気がつくと深夜を回っていた。
シャワーを浴び、心地よい自己満足に浸りながら眠りについた。

数日後、電話でのやり取りをノアの部屋で録音する。
あとはプレスしてもらうだけである。
秘密の作業をアパートで行い、プレスを頼む。

3週間後、CDが届いた。
ノアにメールを送ると、土曜日に居酒屋で集まることになった。
「こんばんわ」
「見して!」服部はハイテンションだ。
「お店に入ってからでいいでしょ」ノアがたしなめる。
店に入り、プレス料金を回収。
ひとしきり食べて飲んだ後、いよいよ開封。
「おお〜」服部が感嘆する。
1枚ずつ手渡す。
ビニールを開け、中身を確認する。
思っていたより、いい出来映えだ。
「いい感じやん」服部は喜んでいる。
「音、聴いてみなわからんやろ…ところで、これは?」長谷川が聞く。
やっぱり気付かれた。
ノアの顔色をうかがってみる。
黙って歌詞カードを見つめている。
問題は、裏面だ。
裏に目を通したとたん「ちょっと待って、何これ?」
沈黙。
実は、7曲目に曲を追加したのだ。
それはノアにもらったCD-Rに入っていた曲。
カウントされなかった曲。
ピアノの弾き語り。
その曲は、死を連想させる曲だった。
他のラブソングとは違い、ノアの本質が隠されていた。
だから、入れた。
入れる価値があると思った。
「帰る」そう言ってノアはお札を置いて、出て行ってしまった。
「あーあ、あれは相当怒ってんで」服部が言う。
「黙ってやったん?」長谷川が聞く。
「まあ…」
やっぱり、黙っていたのはマズかったか…
「何やってんの?」服部が聞く。
どういう意味だろう。
「はよ、追いかけーや」長谷川が怒って言う。
お札を数枚置き、急いで店を出る。
雨が降っている。
ノアの姿は、もうない。
とりあえず、駅のほうに向かう。
いない。
電話をかけてみる。
出ない。
マンションまで行こうにも、道がわからない。
仕方がないので、アパートに帰ることにした。

数日後、服部から連絡がありデニーズで会うことになった。
服部は余ったCDを持って来ていた。
「どーすんの?ノア、相当怒ってんで」
「なんて言ってた?」
「なんも。あの子が無口になる時は本気で怒ってる時やから…とりあえず、これはアンタが持っときーや」
「長谷川さんは?」
「別に。ノアに振り回されんのは、いつものことやし…あ、ちなみにウチ、就職決まっててん。みんなやる気やったし、悪いかな〜と思って黙っててんけど」
「現実的やな…」
「悪い?」声が少し怒っている。
「いや、いいと思う」
「まあ、記念にCD1枚作れて良かったんちゃう?それでええやん」
こうして、4人はバラバラになった。
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