第7話 がんばれ新生活②

文字数 3,537文字

 2階の娯楽室に移動し、慎平と宗太郎は食い入るようにテレビをみはじめた。その後ろで俺と潤は静かにスマートフォンをいじる。

 娯楽室は堀りごたつになっているが、チェリ男の二人はテレビの前に正座をしてみていた。テレビの前だというのに、きちんとしないと失礼にあたるらしい。その様子を遠くから座って観察した。
 番組の内容はバラエティで、ワニだらけの池の橋を歩くらしい。チェリ男の二人は奇声の様な声でアイドルを応援していた。

 スマートフォンで爺さんに「着いた」とメッセージを送る。すると「わかった」とだけ返信があった。やることがなくなってしまったので、隣に座る潤にはなしかけた。

「潤、何であのとき殴ってきたんだ」
「別にいいだろ、おまえが勝ったんだから」

 潤はそっけない態度だった。昔からこの雰囲気なので、そんなに気にならなかった。怒っているわけではない。こういう言い方しかできないやつなんだ。

「1年のときからこの高校に通っているんだよな、どんな感じのクラスなんだ?」
「俺は別のクラスだし、知らねーよ」
「え、クラス違うのか」
「靴箱にも書いてあったろ、おまえらはB組。かわいそうにな」

 かわいそうの意味がわからなかったが、それだけ話すと潤は立ち上がって部屋を出ようとした。それに気がついた宗太郎が声をかける。

「今日一日、案内する約束だろ」
「トイレ」
「おお、そうか」

 潤はゆっくりと歩いて部屋を出ていった。
 チェリ男コンビは特番の視聴がおわり、堀りごたつに入ってきた。

「今日も最高だったな」
「ああ、おまえのクルミンもがんばってた」
「ゆゆまるのファンサもなかなかだったぞ」

 お互いの推しを誉めあう。二人は完全に打ち解けていた。さきほどまで態度の悪かった潤について、宗太郎がはなしはじめた。

「潤はことばが少ないだけで、根はいいやつだから仲良くしてやってくれ。優貴は幼馴染だからよく知っていると思うけど」
「おれは気にしないよ、優貴の幼なじみなら大丈夫だろ」
「なんだよ、その根拠のない自信は」

 そんなことを話しているうちに、夕食の時間をしらせるチャイムが寮内放送で流れた。潤が帰ってきたタイミングで、1階の食堂に向かうことになった。
 食堂は広く、寮生の全員が集まることができるようだ。しかし、チャイムと共にあつまった人はまばらで、15人くらいだった。新しく入った俺たちに少し視線があつまったが、はなしかけてくる人間はいなかった。
 宗太郎が丁寧にここのルールを教えてくれる。食事は各自のタイミングで食べる方式。夕食の時間は7時~10時の間。調理のおばちゃんたちが用意したおかずを、トレーの上にのせて空いている席に座る。
 全員が席にそろったことを確認すると、宗太郎が手をそろえていった。

「じゃあ、いただきます」

 あとに続いて、「いただきます」といってから食事をはじめた。席に座るまで無言の潤だったが、食事への感謝はきちんとしていた。
 今日のメニューはトンカツ。なかなか豪華だ。新入生の二人は、食事はパンフレットの写真どおりでホッとした。味も悪くない。
 潤がさきほど言っていたことが気になって、宗太郎にたずねた。

「俺たちB組らしいけど、どんなクラス?」
「B組はなあ…明日いけばわかる」

 これまで丁寧な説明の宗太郎がはじめて視線をあわせなかった。その様子をみて慎平と顔をみあわせて不安がる。この話はこれ以上進まなかった。
 話題をかえるため、慎平が潤に話題をふる。

「なあ、小さい頃の優貴ってどんなだった?」
「へたれだった」
「え~意外、いまはクールキャラなのに」
「別にクールキャラではない」
「何かいまはスカしてるよな、気にいらねえ」
「面とむかってディスるなよ」

 全員が食事を終えると、返却口にトレーを置きにいく。このあとは風呂場につれていってくれるということで、一旦部屋に着替えを取りに行くことになった。
 潤と宗太郎は3階の相部屋。階段の途中でいったん別れた。
 7階まで階段で移動してる途中で、慎平は息が切れて立ち止まった。ゼエゼエいいながら俺を呼び止める。

「ちょっと、待ってくれ、苦しい」
「がんばれ後少しだ、若いのに体力ないな」
「優貴が、けっこう、きたえてるから、だろ」
「べつに鍛えてないぞ」
「そんなこといって、おんぶされたとき、ムキムキだった、ぞ」
「しゃべるなら歩け」

 なんとか7階の奥の710号室までたどり着いた。着替えとバスタオルを適当な袋にいれる。俺がコンビニの袋に入れようとしているのをみて、慎平がそれを止めた。

「さすがにコンビニのはダメだろ、これ貸してやる」

 そういって渡してきたのはナイロン製の小さいトートバッグ。表面にかかれた文字をみるに、チェリっしゅ!のオフィシャルグッズだ。ゆゆまるの手書きと思われるカラフルな絵がかかれている。

「これは嫌だなあ」
「わがままだな、じゃあこれやるよ」

 そういって渡されたのはビニール製の服屋の袋だった。ファッションに疎いのでブランドはよくわからなかったが、紺色でおちついた袋を喜んで受け取った。

「運動したあとの風呂は格別だよな」
「運動?」
「7階まで階段で上がったんだぞ。立派な運動だ」

 慎平は良い感じに汗をかいていたが、正直俺は運動とは思えなかった。息一つ切れていないし、汗も出ていない。まあ、本人が満足そうだからいいか。

 1階の風呂場の前には、潤と宗太郎が待っていた。宗太郎は嬉しそうに話してくる。

「今なら空いてるぞ、混んでるとシャワーの取り合いになるんだ」
「裸の男同士で奪い合い!?地獄絵図じゃん」
「今日はゆっくり入れるからラッキーだな」

 風呂の利用できる時間は7時~11時。朝もシャワーだけなら使えるらしい。早い時間帯は比較的空いていて、11時ギリギリになるとシャワーヘッド争奪戦が行われるらしい。

 風呂場も広く、小綺麗な銭湯のようだった。入ってすぐ脱衣所があり、棚にカゴが置いてある。奥の扉の向こうに、湯船とシャワーが壁につけられている。意外と大きな湯船だ。これは毎日銭湯気分でくつろげそうだ。
 脱衣所で服を脱ぎ、4人で風呂場に向かった。椅子と湯桶の場所を教わり、4人横並びで座った。
 慎平がさきほどの話を思いだしたのか、俺の体をみるなり指摘する。

「やっぱりムキムキやんけ!」
「なんで関西弁…」
「ほんまや、鍛えてますなぁ」

 宗太郎もノリノリで入ってくる。今日会ったとは思えないコンビネーションだ。

「いや、そうでもないよ…」
「なに隠しとんねん」
「照れんなよ」

 なぜ男二人に挟まれて、筋肉を触られなければならないのか。どうにもならないので、端っこで静かに体を洗う潤を巻き込むことにした。

「潤もムキムキだぞ!」
「ほんまに?」
「ほんまや」

 二人の標的が変わった隙に体を洗った。潤はとんでもなく迷惑そうな顔をしていた。

「なんだよ、気持ち悪い」
「潤君ひどーい」
「ジュンジュンつめたーい」
「ジュンジュンってなんだよ」

 慎平がノリで潤のことをジュンジュンと呼び始めた。宗太郎もそれにのって連呼する。

「ジュンジュン~」
「ジュンジュンの筋肉もみせて~」
「変な呼び方するな!」

 そういって潤は『妖怪筋肉さわり』をシャワーの水圧で撃退した。
 妖怪たちは改心したのか、自分たちの体を洗うことにしたようだ。

 洗い終わると湯船に入った。他に湯船に入っているものはおらず、4人で足をのばすことができた。やっぱり疲れをとるにはお風呂だよな。
 唐突に慎平が足の指先をみせて、なにやら最近覚えた知識を披露しはじめた。

「知ってる?足の指でルーツがわかるんだって」
「どういうこと?」
「俺は親指が一番長いから、エジプト型なんだって」

 どうやらゆゆまるの受け売りらしい。宗太郎もそれを知っていて、自分もエジプト型だと、指先を見せてきた。

「じゃあ、俺は?」

俺が指先を見せると、チェリ男たちはなぜか喜んだ。

「人差し指が長いから、ギリシャ型だ!」
「ゆゆまると同じだ、いいなぁ」
「クルミンもギリシャ型なんだぜ」

 足の指を羨ましがられるとは、初めてのことでどうしたらいいかわからない。ゆゆまると一緒だからって、そんなに凄いのか?
 この流れだと、先ほどと同じように潤に視線が集まる。潤もそれに気がついたのか、自分の足の指を手で隠した。

「ジュンジュンのもみせてよ~」
「やめろ、気色悪いんだよ!」

 湯船の中でバタバタと暴れている3人を、俺は菩薩の様な顔で見守った。

 にぎやかな感じで今日の寮の案内は終了した。後は部屋で寝るだけだ。
 潤との仲も一時はどうなるかと思ったが、昔とそんなに変わらないようで安心した。

 また3階で二人とわかれ、7階へ階段で向かう。慎平はせっかく風呂にはいったのに、また汗だくになっていた。

 
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