第6話 がんばれ新生活①

文字数 3,360文字

 朝目覚めると、爺さんが用意した朝食を食べた。爺さんが目覚める時間は早すぎて、準備を手伝うことはできない。それは毎回同じことだ。

 爺さんが散歩に出かけている間に、焼き鮭の骨を黙ってとりながら完食した。二人とも低血圧気味なのだ。朝一で会話はほぼない。

 今日は1日快晴。テレビの天気予報がつたえる。慎平の家の車で移動する予定なので、晴れなくてもいいのにと思った。そもそも転校に乗り気になれない。

 俺たちが洗い物をおえる頃、爺さんが散歩から帰ってきた。見送る気はあるらしい。荷物をまとめて車を待っていると、急に話しかけてきた。

「気をつけてな」
「おう」
「爺さんも元気で、夏休みには帰ってくるよ、たぶん」

 別れの言葉をかけあうと、車が家の前に到着した。畑の葉が日を浴びてキラキラ光るなか、この家を出発した。

 車の運転手はいつもと同じ伊藤さんが担当した。高速道路にのり、途中のパーキングエリアで何度か休憩した。合計3時間ほど移動すると、高速道路をおりて下道に入った。

 俺の家のまわりも田舎だったが、いま車が走っている道はさらに人気がない。田舎というより、舗装されていない危険な山道。だんだんと不安になってきた。
 パーキングエリアでソフトクリームを食べて、さっきまでは楽しんでいた俺たちだが、ガタゴト揺れる車内で不安と沈黙が続く。顔はめパネルで、はしゃいでいる場合ではなかったようだ。
 慎平が車内の雰囲気にたえきれず、運転手に状況を聞く。

「伊藤さん、この道であってますか」
「もちろん、あと十分くらいでつきますよ」

 少しすると生い茂っていた木々の数が減り、空が広がってきた。さきほどまで暗かった車内が、照りつける太陽であかるくなる。
 車はきれいに舗装された道にはいり、山の上から魔術高校の敷地がみえた。高い建物はないが、広い敷地にはたくさんの施設があるのがわかる。

「うおお!広いぞ」
「テーマパーク並みの広さだな」

 俺たちの心は新生活への期待でいっぱいになった。校舎をみた伊藤さんが学校について話し始めた。

「私の母校でもあるんです。甥っ子が今通っているので、仲良くしてもらえると幸いです」
「みつけたら声かけますよ」

 敷地の中に入ると、大きなグラウンドや芝生のラグビー場があった。慎平は興味津々で、伊藤さんに質問する。

「魔術が使える人は、みんなこの高校に通うんですか?」
「ほぼそうですね、他に魔術をつかえる場所はそうありませんから」

 中に進んでいくと、歩いている生徒がみえる。部活動の最中のようでみんなジャージ姿。テニスコートは10面もある。

「ちえっ、セーラー服じゃないのかよ」
「日曜日だからな」
「明日からさっそく登校するんですよね?」
「はい、今日は寮の案内をしてもらって、明日からは通常授業です」

 少し話をしているうちに男子寮の前に車が到着した。トランクから自分たちの荷物をとりだして、玄関の前で伊藤さんからこれからの予定を聞いた。

「学校生活で必要な荷物は、すでに部屋に用意してあるそうです。部屋は二人部屋で同じ部屋にしてくれているそうですから、安心してください」
「え、二人部屋なんだ」
「男子寮は全員二人部屋です」
「まあ、優貴と一緒ならいいか」
「全員そうなら仕方ないですね」

 寮の受付のなかから、黒いTシャツ姿の大柄の男性が出てきて、3人を出迎えてくれた。

「二人とも遠いところからようこそ、僕は寮父の富山(とみやま)です」

 二人があいさつすると、男性が伊藤さんにはなしかけた。

「久しぶりだな、伊藤」
「富山こそ、元気そうだな」

 二人は魔術高校の同級生で、同じ部屋だったそうだ。伊藤さんが「富山はいいひとだから」と、二人に紹介した。少し照れた富山さんが、伊藤さんの背中をバンバンと叩いた。
 伊藤さんとは玄関前で別れた。彼がいうには悪魔祓いの依頼があれば、また会えるらしい。慎平はその言葉で安心した様子。

 富山さんが二人を靴箱の前まで案内した。一人一人にロッカーのようなスペースがあたえられており、すでに名前がかかれたシールがはられた専用靴箱を案内された。
 可愛らしいキャラクターのお名前シールについて、富山が謝った。

「それしかシールがなくてごめんね、また後ではりかえるから」
「これでいいですよ、このキャラクター好きだし」
「俺もかまいません」

 その言葉に富山さんは笑顔で喜んだ。性格のいい子たちが入ってきて嬉しいとまで言った。このくらいの対応は普通だと思っていたので、魔術高校の生徒がそんなに乱暴なのかと不安になった。

 3人で寮の建物内をまわり、富山さんからの説明をうけた。
 建物は7階建てで、1階は玄関と食堂と風呂場。2~7階は居室となっている。屋上に洗濯場と物干しスペースがある。設備に問題はなさそうだが、パンフレットでみたような新しいものではなかった。

「男子寮はボロくてごめんね」
「確かにパンフレットと違う気が…」
「あれは女子寮の写真なんだ、あっちは建て直したばかりだから」

 女子寮はここと反対方向の場所に建っているらしい。男子寮は二人の想像とはちがい、ボロいコンクリートの20年ものの建物だった。

「ごめんね、耐震基準はクリアしてるから、安心して」
「富山さんが謝ることじゃないですよ」
「本当にごめんね」

 「ごめんね」が富山の口癖なんだろうと思った。案内が終わるまでに30回は聞いていたからだ。
 最後に俺たちの部屋がある7階に案内された。それぞれカギを渡され、1時間後にまた、受付前に集まって欲しいと富山さんに言われてわかれた。
 部屋の中に入ると、左右対称に家具が配置されていた。奥から順番に、勉強机、ベッドがあった。洗面台は一つ、その反対側には大きな棚が設置されていた。
 勉強机の上には小さな棚があり、すでに教科書や筆記用具が並べられていた。ベッドの上には新しい制服がおいてある。

「せまいけど、悪くないな」
「荷物はベッドの下の収納にいれればいいな」

 そういって持ち込んだ私物を、空いている収納スペースに入れることにした。
 意外と早く荷解きが終わってしまい、時間を持て余した。窓の外をみると、他に高い建物がないため、敷地を一望できた。

「悪くないじゃん、魔術高校」
「そうだな、俺の個人的な好き嫌いだったのかも」
「これから頑張ろうぜ」
「まだ1日目だからな」

 二人で前向きに新生活を送ろうと話した。1時間が経ち、受付前にいくため階段をおりていった。

 受付前には富山さんと生徒がいた。生徒は二人おり、一人は2年の学年代表。もう一人は潤だった。潤と2回目の再会の慎平が、おもわず声をあげた。

「まえにいきなり殴ってきた人だ」

 その言葉を聞いた富山さんがオロオロしはじめた。

「華原君、他校の生徒ともケンカしてるの」
「別に」

 潤はそれだけ言うと黙った。悲しそうな表情の富山さんにみんな同情した。
 受付前に集まった本題に入ると、ここからさきの生活については同級生が教えてくれるらしい。ご飯や風呂の時間。洗濯場の使い方など。
 学年代表という生徒は「作間宗太郎(さくまそうたろう)」といい、彼はまじめそうな見た目だった。黒ぶち眼鏡で背の高いスラっとしたタイプ。潤とは違い、案内することにノリ気だ。

「二人ともようこそ、何かわからなかったら遠慮なく聞いてくれ」
「これからよろしく、作間君」
「宗太郎でいいぞ」

 やっとここの生徒と会話できて安心した。まともな生徒がいてよかった。潤は宗太郎の後ろの方でつまらなそうにしていた。早く部屋に帰りたいようだ。
 宗太郎は潤のことは気にせず、俺たちに提案する。

「夕食までは時間があるし、娯楽室でテレビでもみよう」
「テレビは持ち込み禁止って聞いたから、助かるぜ」
「今の時間ならチェリっしゅ!の特番に間に合う」
「え、宗太郎もチェリ()か!」

 チェリ男とは、アイドルグループ「チェリっしゅ!」を推している男性ファンのことだ。ちなみに女性ファンはチェリ(じょ)

「慎平はゆゆまる推しなんだ」
「おまえ勝手に言うなよ、同担拒否かもしれないだろ」
「え、なんかごめん」
「大丈夫、おれはクルミン推しだ」
「おお、友よ!」

 そういって慎平と宗太郎は抱き合った。何がなんだかわからなかったが、とりあえず仲良くなった二人を、あたたかい視線で見守った。あいかわらず潤はつまらなそうに窓の外をみていた。
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