第2話 菊花石(きっかせき)

文字数 3,765文字

 夕日がきらめく中、慎平をおぶって歩いた。慎平がいつまでたっても目を覚まさないので、仕方なく俺の家まで連れて帰ることにした。
 家まで続く農道を歩いていると、揺れで慎平が目を覚ました。

「うっ」
「気分はどうだ」
「気持ち悪い…」
「ここで吐くなよ」
「お前が助けてくれたの?」
「まあな」

 慎平はひどい頭痛に襲われているようだが、特に怪我などはないようだ。

「助けてくれたのが女の子だったらな~」
「…歩いてもらってもいい?」
「さっき魔王とか聞こえたけど」
「え、ゲームのし過ぎじゃないのか」
「絶対聞こえた、さっきの化け物なんだよ」

  俺は悩んでいた。魔術師には守秘義務というものがある。いくら事件に巻き込まれたとはいえ、どこまで話していいのか判断できなかった。

「爺さんに聞いてみてからな」

 今はそれしか言えなかった。

 家は山の近くにある。周りは田畑に囲まれており、ポツンと一軒家というやつだ。慎平も何度か遊びにきていた。
 少しすると、慎平は気分が良くなったようだ。俺の心配をよそに、大きな葉っぱを振り回しながら舗装されていない道を歩いている。

「あれ、爺さんじゃない?」

 視線の先に、玄関前で仁王立ちで待つ、この家の主人がいた。背は低めだが、貫禄のある着物姿の老人が、こちらを真っ直ぐ見ていた。通称『爺さん』。俺の祖父の弟にあたる人だ。

「相変わらず迫力あるな」
「通常運転だよ」

 家の前までつくと、爺さんは無言で玄関のドアを開けた。

「ただいま」
「お久しぶりです」

 爺さんは「おう」とだけ言って、先に廊下を歩いていった。そのあとを黙ってついていく。玄関から一番近い茶の間に通され、用意されていた座布団の上に並んで座った。

「なんで俺たち、となりに座るの?」
「爺さんから話があるときは、いつもこの流れなんだ」
「二人とも、準備はいいか」

 爺さんは二人の前に、胡坐をかいて座り、両腕を組んで話し始めた。何やら重要な内容のようだ。

「お前たちは遠縁の親戚だ」
「え、うそ!」
「そうらしいな」
「お前知ってたのかよ」

 実は俺と慎平は血のつながりがあった。といっても、とても薄い繋がりだった。このことは1週間前に爺さんから聞かされた。俺は2回目なので特に驚きはなかったが、慎平は混乱していた。

「優貴がお兄ちゃんってこと?」
「やめろよ、それは違うぞ」

 誕生日が先にくるのは俺だ。しかし、お兄ちゃんということではない。爺さんは巻物のような家系図を畳の上に広げた。俺に説明した時と同じように、1000年前の祖先の話から長々と語り始める。
 爺さんが説明をすればするほど、慎平は頭がいっぱいになり、理解が難しくなったようだ。

「俺の祖先と祖先が、優貴と同じ祖先なんだな」
「祖先は祖先だろ」
「祖先の祖先は祖先?」
「お前ら、わしの話をまじめに聞く気はないのか?」

 すっかり迷宮に入り込んだ慎平。爺さんは淡々と説明を続ける。

 俺たちには魔術師の血が流れている。黒塚家は代々強い魔力を持っており、俺も生まれた時から魔術が自然と使えた。しかし、道風家からはしばらくの間、魔術師になるほど魔力が強いものは現れていない。慎平は今回の事件まで魔術師という存在を知らされていなかった。

 今日、慎平がさらわれたのは偶然ではない。慎平は急激に魔力が上がり、その魔力には魔物を引きつける能力があるという。

「いままで誘拐されて身代金要求とかはあったけど、魔物を見たのは初めてですよ。」
「年齢ごとに魔力が強くなる者がいる、お前もその類じゃろ」
「俺、魔法使えるようになるってこと?」
「その才能はない」
「えー残念、でも、また魔物にさらわれたりしませんか?」
「それは優貴に守ってもらえ」

 魔力があるからといって、魔術師になれるということではない。道風家の人間には、魔物をひきつける体質のものが生まれることが稀にあるという。前の代は100年ほど前になるらしいが。その体質の持ち主の胸には、菊のような模様が入った、光る鉱物がみえる。
 その体質のものを『菊花石(きっかせき)』といい、魔物をみつけるには有効な存在だという。菊花石がみえるの訓練された魔術師と魔物だけ。
 まだ、強い光ではないが、俺には慎平の胸に光る石がみえている。

 慎平がシャツを脱いで確かめようとしたが、急いで手を止めた。

「ここで脱ぐのはやめてくれ、というか脱がなくてもみえる人にはみえる」
「自分で確かめることできないのかよ」
「訓練すればみえるようになる、はず」
「わしの話ちゃんと聞いていたか?」

 爺さんが今日話したかったことは、慎平に近づいてくる魔物を倒し、効率よく魔物退治を進めてほしい、ということだった。

「俺、囮ってことですか?」
「大丈夫じゃ、優貴は最強の魔術師。優貴が死ぬときは世界が滅ぶときだと思え」
「スケールがでかいなぁ」

 爺さんはここまで話すと、自分の仕事は終わったのでもう寝る、と言って奥の部屋に入っていった。

「俺、まったく理解できてない」
「だろうな、いきなり言われたら誰でも混乱するよ」
「とりあえず守ってね、お兄ちゃん」
「寒気がするからやめろ」

 結局、言葉が少ない爺さんのせいで、優貴が補足説明することになった。

「結局、魔物ってなんなの」
「魔物は人間の負の感情を食いものにしてるんだ。でも最近その数が急激に増えてる」
「なんで?」
「それが今日まで謎だったんだが、魔王が死んだらしい」
「魔王が死んだら、魔物は弱くなるんじゃないのか」
「5年前、魔王と人間の間で、互いの世界を干渉しすぎないという契約をしたんだ。でも魔王がいなくなったとしたら、最近の魔物の数の多さは納得できる」

 ここ5年間、人間界に現れる魔物の数は、アルバイトの魔術師で抑えられるくらい少ないものだった。しかし今年に入ってから、毎月数が倍ずつ増えている。ここ最近の寝不足の原因だ。

 とりあえず、爺さんのいうとおり、魔物が活発に動く夜間に二人で行動することにした。明日の夜から早速、魔物退治に出かける予定を立てた。
 慎平は親にそのことを報告するため、今日は家に帰ることにした。気がついたら家の前に道風家の送迎車が止まっていた。
 運転手は事情を知っており、もし魔物が慎平を狙って襲ってきても、撃退するくらいの能力があるという。
 それを聞いて、優貴は安心して見送った。
 
 家の中に戻ると、寝たはずの爺さんが柱に寄っかかっていた。喉が乾いたからといっている。わかりやすい言い訳だが、指摘はしなかった。

「今日会った魔物について、聞かせとくれ」
「魔王が死んだって」
「そんなはずはない、あいつに死という概念はないはずじゃ」
「最近の流れを見ていれば、納得できる理由だと思うけど」
「魔王が動けない状態にある、という推測は正しいのかもしれんな」

 魔王は異世界において究極の存在。生命体ではなく、すべての闇を統括する概念のようなもの。その魔王がなんらかの理由で消え、魔物がコントロールできなくなっている。というのが、ここ最近の現状から考えられることだった。

「魔王と対等に話せる人間は、この世にお前しかいない、なんとか魔王の居所を探して、被害を食い止めねばならん」
「結局、自力で探すしかないんだな」
「上位魔物ならば、何か手がかりを知っているかもしれんな」
「倒し続けるしかないのか」

  優貴は初めて魔王と会ったときのことを、鮮明におぼえていた。
 魔王に立ち向かい、あっさりと跳ね返される仲間達。混じりあった、たくさんの人間の血のにおい。そもそも生命体ではない奴をに立ち向かおう、などと思った人間の愚かさに気がついた日。
 その日が俺にとって、人間にとって、記念すべき日になろうとは、あの惨状をみた後に誰も思わないだろう。
 辛い過去の記憶は、今でも心を苦しめていた。

 ◆

 その頃の道風家は、祝いのパーティーが開かれていた。慎平が家に入った瞬間、一斉にクラッカーが鳴らされ、いちごのホールケーキを母親が持ってくる。父親は涙を堪えながら「自慢の息子だ」と何回も言っている。

「なんでケーキとクラッカー?」
「菊花石が宿ったんでしょう、100年ぶりの快挙よ。こんなに誇らしいことはないわ」
「こんなに立派になって、父さんは喜びを抑えられないよ」

 少し大袈裟なところがある両親は、爺さんから電話をもらい、喜びで小躍りしていたようだ。
 慎平の両親は表現方法がユニークだ。いつもオーバーリアクション。しかし、息子が危険な目にあうかもしれないのに、クラッカーはおかしいだろ、とさすがの慎平も苦笑いした。

「運転手の伊藤は魔術の訓練をうけているから、いざというときは守ってくれるわ」
「こういう日が来ると思って、雇っておいて正解だったよ」
「黒塚君もいるし、安心ね」

 慎平はもう少し家系や魔術について、両親から詳しく話を聞きたかったのだが、パーティーが盛り上がって聞く暇はない。いつのまにかビンゴ大会が始まってしまった。

 二時間ほどのパーティーが終了し、慎平は自室のベッドの上に寝転がった。天井に貼っているゆゆまるのポスターと目があう。ツインテールで微笑む白いワンピース姿のゆゆまるに、今日あったことを打ち明ける。

「俺、どうなっちゃうんだろうな。まあ、なんとかなるか」

 ポジティブ王の称号をもつ慎平は、明日の夜の予定のためにも早めに寝ることにした。
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