第1話 寝不足とオタ友

文字数 3,691文字

 桜舞う校庭を、ピカピカのブレザーの制服を着て歩いている新入生たち。俺も去年はあんな感じだったのか。いや、それはないか。大あくびをしながら寝ぐせだらけの黒髪で校舎に入った。
 俺こと『黒塚優貴(くろづかゆうき)』は、ここのところ寝不足だ。周囲には徹夜でゲームをしていたことになっているが、実際はそんな平和な理由ではなかった。

 俺はわけあって親戚に借金をしている。その親戚の爺さんに、夜間のアルバイトを紹介してもらっている。そのため目の下のクマはとれないままだ。
 朝日が酷使した眼球に直撃し、うっすらと涙が出てきた。

 俺が通っているのは全日制の私立高、『道風(とうふう)学園』。校則でアルバイトが禁止されているため、このことはバレてはいけない。

 (そろそろ過労死するかも)

 ちなみに夜間のアルバイトといっても、いかがわしいものではない。魔術師のバイトだ。
 本当に怪しいものではない。いまは亡き両親が魔術師だったので、その血をひいている俺も魔術がつかえる。親戚の爺さんはそれを知っていて、主に悪魔退治のアルバイトを持ってくる。
 悪魔退治には体力が必要で、連日の依頼の多さに疲れが溜まっていた。

 (バイト数減らすか、でも金がなあ)

 そんな悩みを持ちながらも、二階の教室に向かった。
 教室前の廊下には、友人の『道風慎平(とうふうしんぺい)』がいるのが見えた。慎平は名前からわかる通り、この学校の理事長の孫だ。
 いわゆる、金持ちお坊ちゃんなのだが、なにやらCDを配り歩いているようだ。慎平と出会って二年目だが、こんな光景は初めてみた。

「何してんの?」
「おー、おはよーっす!」

 慎平に肩をバァーンと叩かれてよろけた。

「おはよう、で、それ何?」
「優貴も一枚もらってくれ」

 そういって慎平は、アイドルグループのCDを手渡してきた。どうやら、このCDに『チェキ券』とやらが付いていて、大量に購入したらしい。
 そのため余ったCDを、推しのアイドルの布教活動として配っているのだ。慎平の後ろには段ボールの山があった。

「これ、何枚配った?」
「ん~、100枚は配ったかな」
「100!?アホだろお前」
「これは俺の愛の大きさなんだよ」

 慎平はCDのジャケットを指さし、推しへの愛を語る。

「ほら、この黒髪の子が一番だろ」
「ゆゆまる、だっけ」
「そう、正解!」
「毎日クイズ出すからだろ、はいはい、かわいい、かわいい」

 聞きたかった答えが聞けたのか、慎平はCDを抱いてクルクル回った。

「一緒に『チェリっしゅ!』の同好会つくろうぜ、どうせ今年も帰宅部だろ」
「俺は意外と忙しいんだよ」
「お前も推しをつくれ、推しはいいぞ」

 教室の中に入ると、慎平は推しのツイッターをチェックする。毎朝のルーティンだ。
 隣の席に座り、興味本位でスマートフォンの画面を覗いた。

「よく飽きないよな」
「推しは無限の宇宙、でも推せるときに推せ」

 もはやどこからツッコミをいれればいいか、わからなかった。
 というか、慎平が何をいっているのか半分くらいわからなかった。

 そんな会話をしているうちに、始業時間になった。

 ―起立

 日直の号令で、クラスメイトが全員立ち上がる。
 そして席に着いた後、俺のおやすみタイムが始まる。

 ◆◇◆

「お~い、起きろよ」
「う~ん、朝?」
「バカ、もう放課後だぞ」

 むくりと頭を上げると、クラスメイトは鞄を持って、教室から移動していた。

「無事終わったか」
「優貴、いつ勉強してるんだよ」
「俺は一度見たものは忘れない、天才タイプなんだ」
「毎回ブービー賞だろ」

 ブービー賞というのは事実だ。アルバイトのせいで勉強する時間はない。
 しかし、ここは一番頭の良い1組。どんなに悪い成績でも、追試や居残りはすべて免除されるのだ。
 ちなみにビリは目の前のお坊ちゃんだ。

「マック行こうぜ、マック~」
「今日は予定ないから、いいぞ」
「よっしゃあ、混む前に行こうぜ」

 慎平はその場で飛び上がると、スキップしながら下駄箱に向かった。
 1組で帰宅部は俺たち二人だけ。みんな内申点を気にして、どこかしらの部活に所属する。このクラスで俺たちは、進学を気にしない『お気楽コンビ』と思われている。

 外靴に履き替えて、校庭に出た。まだ冷たい春の風が吹きつけてきた。
 少し遠くから、テニス部のかけ声が聞こえてくる。きっと新入部員が、張り切って練習しているのだろう。
 そんな青春の映像を、慎平はかき消していく。

「ぶいぃ~ん」

 慎平は飛行機の真似をしているのか、両手を広げて前を歩き始めた。

「これ、ゆゆまるの持ちネタな」

 慎平がキリっとした表情で振り返った。どこが面白いのかわからないため、返答に困った。

「優貴もやってみろよ」
「それだけは断る」

 最下位コンビの俺たちは暇を持て余していた。ゆっくりと、アスファルトに散る桜の上を歩いて行った。

 ◆◇◆

 ファーストフード店に着くと、期間限定のドリンクを頼む。季節ごとに味が変わるため、新作が出ると必ずチェックする。

「今回はまあまあだな」
「チェリープリン味って、よくわからんな」

 窓側の席に座り、スマートフォンを充電しながら、新作の品評会をする。慎平は相変わらず、ゆゆまるのツイートを見ている。

「俺が金払うからさ、ファンクラブに登録しない?」
「なんで?」
「ライブチケットの抽選は、一人一回なんだよ」
「魂売ったみたいで、なんか嫌だな」

 帰宅部の放課後はいつも穏やかだ。山なし谷なし。どうでもいい話をしていると、店内が混みあってきた。ゆゆまるのインスタライブもあるため、帰宅することにした。
 店を出ると反対方向に帰ることになる。俺は徒歩通学だが、慎平は車で送迎してもらっている。自家用車を商店街の外に呼んであるから、それで帰ると言う。

「じゃな」
「推し活もほどほどにしろよ」

 慎平が手を振った後、商店街の出口に向かって歩き出した。それを確認したあと、家の方向に向かおうとした。

 直感的に空気の違和感を感じた。何か恐ろしいことが起こるような、嫌な予感がした。とっさに慎平のいる方に振り向くと、商店街の人ごみの中に異形のものが立っていた。
 視線の先には人型の黒い影。大きさは2.5mほどあり、全身が黒い何かに覆われてシルエットしかとらえられない。しかし、鋭い眼光が怪しく光っていた。
 俺はこいつの正体を知っている。『魔物』だ。

 一瞬、視線が交わった気がした。しかし魔物は慎平の後姿を見るなり、その場から消えた。
 何も起きなければ良かったのだが、慎平もその場から一緒に姿を消していた。どうやら俺の勘は当たり、今現れた魔物に慎平は連れ去られたようだ。

 -デーンデーンデーンデデ

 ジャケットの胸ポケットに入れているスマートフォンが、大音量で鳴り響いた。画面に表示された相手は『爺さん』だ。この着信音に設定しているのは、この人しかしない。

「もしもし」
『仕事じゃ』
「今、目の前に現れた」
『誰か死ぬ前によろしくな』
「もう少し、早くわからないのか」

 ―ツー、ツー、ツー
 ―ピロンッ

 通話が乱暴に切られた後、地図の画像が送られてきた。地図には、魔物がいると思われる場所にピンが打ってあり、そこに向かえと言うことみたいだ。この説明不足なやり取りも、いつものことで気にすることはない。
 地図の場所は近くの廃ビル。走って2分くらいの場所だ。スマートフォンを握りしめたまま、指定された場所に向かって走り出した。

 こうもあっさりと慎平を連れ去らわれるとは思っていなかった。本人は気がついていないが、慎平は強い魔力を持っている。最近になって突然、力を発揮し始めたのだ。
 まだ力に目覚めたばかりで、魔物に狙われるような量ではないというのに。たまたまなのか。いや、あの魔物はあきらかに俺を意識していた。

 廃ビルの前に着くと、漏れ出る魔物のにおいをたどり、裏手にある入口の前に導かれた。扉は開け放たれたままで、早く中に入れ、と誘われているようだ。
 建物の中に入ると、全身に不快な感触がまとわりついてきた。ビルの中にある階段を一段上がるごとに、何かドロドロとした腐臭のようなものが強くなる。

 ビルの二階部分にたどり着くと、排気ガスのような、汚れた空気が漏れ出ている扉があった。ドアノブに手をかけた後、勢いよく奥に押した。
 その瞬間、部屋の中からガスと突風があふれ出て襲ってくる。無意識に腕の内側で口と鼻を覆った。数秒経って、視界がひらけてきた。

 扉のすぐそばで、慎平が横向きに倒れているのが見えた。急いで駆け寄り安否を確かめる。気を失ってはいるが息はあった。安堵していると、部屋の奥に先ほどの魔物がたたずんでいることに気がついた。黒く長い影がゆらゆらと揺れている。

「何故こんなことをした」
『こうでもしないと話を聞いてくれないだろう』
「なんのことだ」
『魔王が死んだ』
「そんな…」

 言葉を失っていると、魔物は裂けた口で不気味に笑った。眼光よりも大きな歯がギラギラと光った。

『ばいばい』
「ちょっと待て!」

 魔物を止めようしたが、影はその場で急激に小さくなり、跡形もなく消えてしまった。
 廃ビルの一室で、慎平の肩を抱いたまま動けなかった。
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