第3話 俺は認めない

文字数 3,539文字

 午後7時。
 春も終わりごろ、少し暖かい夜。
 男子高校生、二人組、ともに彼女なし。

 これからボーイズラブ的な展開が始まるわけではない。悪魔退治のために約束していたのだ。
 俺たちは商店街の近くの古本屋の前に集合した。古本屋といっても1年前に営業は終了している。

「悪魔を(はら)うって聞いているけど、いまいちピンとこないんだよな」
「まずは魔物をみることができないと、身を守ることもできないからな」
「昨日みたやつは、バッチリみえたぞ」
「あれは上位種、魔力が強いからみえたんだろ」

 暗い歩道を少し歩くと、住宅街の中にある道路標識の前に着いた。爺さんから事前に聞いていた案件だ。

「この矢印に何かあるのか」
「この場所で交通事故が急に増えているらしい、魔力の痕跡もある」

 慎平は目を凝らしてみたが、何も変わったところはない。

「なにもみえない」
「慣れればみえるようになる、小さい魔力はまだ難しいんだろ」
「うーん、急にできるようにはならんのか」

 慎平がはっ、とか、せいっ、とかいいながら目を見開くが、特に何も起こらない。
 完全に不審な少年達になっているので、静かにするようにいった。

 そんなことをしているうちに、突然後ろから声をかけられた。

「おい」

 とうとう通報されるのかと思ったが、後ろに立っていたのは顔見知りだった。
 いきなり現れたのは、俺の幼なじみ。同じ魔術師として育った『華原潤(かはらじゅん)』だった。
 学ラン姿の潤は、ゆっくりと俺たちに近づいてきた。

「潤も来てたのか」
「優貴の知り合いか、はじめまして」
「なんでお前はアルバイトなんてやっている」

 久しぶりの再開だったが、潤の声には怒りがまじっていた。俺が知っている潤という人物は、もともと怒りっぽい性格なので、気にせずに会話を続ける。

「潤がいてくれるなら安心だ」
「お前のそういうところ、大嫌いだ」

 暗くてわからなかったが、よくみると潤の右手からは血がしたたっている。

「おい、血が…」
「あんなザコはどうでもいい」

 潤の手からしたたる血のあとを目で追うと、遠くに血まみれの魔物らしいものが倒れているのが視界に入る。もはや原型をとどめてはいない。凄惨な殺人現場にしかみえなかった。

「うわぁ!」

 慎平がそれに気がつき、目をおおった。人間ではなく魔物だと指摘すると、落ち着きを取り戻した。
 潤ははじめてみる慎平の方にチラッと視線を向けた。

「その弱そうなやつが菊花石か」
「あ、それ俺です」
「仕事は終わったんだろ、早く帰ろう」

 潤のただならぬ雰囲気を感じて、慎平の安全を確保するために、早くその場を離れたかった。しかし、潤は近づいてきて、なぜ自分がこの場にきたのか話はじめた。

「菊花石には興味ない、俺はお前に会って確かめたいことがある」
「なんだ」
「お前が魔術高校に入らなかったわけだよ」

 そういうと潤は突然殴りかかってきた。ギリギリのところで拳をよける。連続して繰り出される殴りに、後ろにさがりながら、かわし続けた。いくらケンカっぱやい性格とはいえ、意味がわからない。

「腕が鈍ってやめたわけじゃなさそうだな」
「俺は好きでバイト魔術師をやっているんだ」
「だから気に入らねえんだよ」
「何で怒ってるのかしらないが、住宅街では静かにしてくれ」

 そういったあと、暴れている潤の腹をおもいきり殴った。ぐえっという声とともに潤はその場に倒れこんだ。
 潤とケンカをするのは、昔はよくあることだった。静かになる程度に殴ったつもりだったが、気絶して立ち上がらない潤。心配して慎平がかけよってきた。

「こいつ、大丈夫か」
「ちょっと力の加減、間違えたかも」
「友達なんだろ、どうする?」

 気を失っている潤をそのままにしてはおけず、先日と同じようにおぶって家まで帰ることにした。なぜ2日連続で男をおんぶしないといけないのか。
 今日は慎平が俺の家に泊まることになっていた。そのため、送迎車は今日はもう来ない。

「そいつ俺より重そうじゃん」
「まあ、自分でやったことだし」
「その潤ってやつと、なんかケンカしているのか」
「それが、こころあたりがないんだよな」

 いきなり殴りかかられた理由を、必死に探したが見つからなかった。久しぶりの再会なのに怒るわけがわからない。

「そいつのことイジメてたとか」
「それはないな、どちらかというと俺がイジメられてた」
「なんかわかるわ」
「そういわれるとムカつくな」
「ごめんって、でもいきなり殴るなんて普通じゃないだろ」
「こいつ、なにか勘違いしてると思うんだよな」

 暗い夜道では、誰ともすれ違わなかった。いくら田舎道とはいえ、過疎化が進みすぎていると思う。
 家の周りでは、鳥と虫の声しか聞こえてこない。走っている車すらみることはなかった。

 玄関の扉の前にはまた、爺さんが仁王立ちしているのがみえた。今日も何か話があるらしい。

「今日は遅くまで起きているんだな」
「説教は不定期で発生するイベントだから、いつでも起きられるように準備しているんだ」

 適当な発言だったが、慎平は納得した様子。玄関の前までつくと、爺さんが黙って扉を開ける。
 茶の間に並べられた座布団は、6個あった。

「え、多くない?」
「たぶん4つは潤の分だ」

 くっつけて並べられた4つの座布団に、潤を寝かせておいた。そのとなりに二人で正座をすると、爺さんが話はじめた。

「準備はいいか」
「一人、寝たままなんですが」
「かまわん、そいつはオマケじゃ」

 爺さんは腕を組み直し、咳払いをしたあと静かに話はじめた。

「お前たち二人には転校してもらう」
「はあ?」
「なんでですか」

 予想もしていなかった爺さんの発言に、さすがに俺も驚く。理由がまったくわからず、二人で爺さんにつめよった。

「なにそれ」
「どういうことですか」
「お前ら二人は魔術高校に入って、魔物から身を隠しながら暮らせ」
「いきなりどういう…」
「優貴がいれば大丈夫っていってたじゃないですか」
「事情が変わった。菊花石をブラブラさせたくないというのが、魔術師協会の判断だ。魔物が入れない結界を張ってある校舎内にいれば、菊花石の安全が守られる。ちなみに魔術高校は全寮制だから、明日引っ越しじゃ。」

 俺たちが「え~!?」と声をあげるのと同時に、潤がガバッと起きて上がって、茶の間の机を両手で叩いた。爺さんを真正面から睨みつけ、大声で怒鳴る。

「こんなこと認めない。いままで協会の仕事を無視してきたのに、高校にはいるだと。そんなの許されるわけねーだろ!」
「年上に対する態度がなっとらん」

 爺さんは珍しく大きな声を出したかと思うと、湯飲みの下にひいていたコースターを二本指で音もなく投げた。そのコースターは潤の額のまん中にクリーンヒットし、潤はまた座布団の上に倒れた。
 慎平は速すぎる爺さんの動きについていけず、なにが起こったのかわからなかった。ただ、畳の上に転がったコースターと倒れた潤をみて、ことの流れを想像した。

「とにかく、二人には寮に入ってもらう。慎平の荷物はさっき、ご両親が届けてくれたからな」
「息子が家を出ることについて、何か言ってませんでしたか」
「がんばれしんちゃん、と言っておったぞ」
「ああ、想像できる…」

 両親が軽いノリで荷物を届けるところを慎平は容易に想像できた。きっと今日もパーティーが開催されているのだろう。ため息をつく慎平。
 転校について優貴も初耳だった。爺さんにつめよって質問する。

「菊花石の慎平はともかく、俺が入学する理由はなんだ」
「もちろん、菊花石の護衛じゃ」
「協会の連中が俺をすんなり受け入れるとは思えないんだけど」
「優貴、協会の人と仲悪いのか」
「こやつは協会にとって悪魔じゃ。こやつが魔王と契約したせいで仕事が急激に減って、金回りが相当悪くなったそうじゃ」

 魔術協会はすべての魔術師がはいる団体だ。優貴が魔王と契約するまでは、魔物を祓う依頼が多くあり、そこから得られる収入は莫大だった。しかし、魔物の数が減ってからは右肩下がり。

「でも優貴のアルバイトの件は?」
「俺は協会に属していない、だから協会に金は入らない。利権絡みの不毛な争い、ってやつだ」
「魔術師協会とやらも、政治家みたいなことしているんだな」
「優貴も荷物をまとめなさい、潤はわしがみておくから」

 俺は少しも納得できなかった。だが爺さんが言い出したことが、ひっくり返ったことは今まで一度もない。反論すればさきほどの潤のようになるだけだ。
 抵抗することは諦め、2階の自分の部屋に荷物をまとめにいった。慎平も茶の間にいても仕方がないので、一緒に部屋に移動した。


 二人が2階にあがった後、潤が起き上がった。茶の間に爺さんしかいないのを確認すると、一言だけ言い残して家を出ていった。

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