第5話 魔王との契約
文字数 3,062文字
―7年前
俺は異世界にいた。
俺の父親は魔術師。異世界の調査チームに属していた。母親は早くに亡くし、親戚の家にあずけられることになった。しかし、俺は生まれたときから並外れた魔力をもっていたことと、どうしても父親と離れたくないというので、異世界で暮らすことにした。
この時、魔王の影響で異世界は混乱状態にあり、魔物がいたるところで事件を引き起こしていた。それは日本でも同じだった。魔術師協会は魔王討伐チームを何組かつくると、日本から異世界に送り、状況の改善をはかっていた。
俺の父親が属するチームは、大した期待はされていなかった。主に状況を魔術師協会に報告することが仕事で、異世界の片隅の村で暮らしていた。
異世界は日本からみると、江戸時代くらいの文明の発達の仕方をしていた。着ている服や食べ物も日本のものに似ており、特に不自由することはなかった。
街並みは日本の住宅街みたいだし、洋服やきものみたいな服を着ている生き物が歩いている。
なによりすべての生き物が魔法を使えるため、火、水、電気等は、その魔法を扱えるものが生み出す。小さい時から異世界で生活しているので、日本での生活より快適だと思っていた。
チームのメンバーも子どもの俺に気をつかってくれるし、異世界の住民も、チームのことを勇者のように頼っていた。魔王城から離れた地では平和な生活が送れた。
俺の魔力は相手の心を読むことに優れていた。目から見た相手の状態や、声のトーンから、現在考えていることを予測することができた。しかしまだ修行中の身。魔力がなくてもわかるような心の動きしか読めなかった。
異世界での生活が2年を過ぎたころ、事件は起こった。
精鋭部隊の3チームが魔王城付近に到着した。到着して5日目には魔王城の中に入り、魔王にあう寸前までたどり着いた。その時点でチームは半数になっていたが、まだ戦える状況だと、携帯電話で連絡をうけていた。
魔王討伐チームが2回目の討ち入り計画に失敗したころ、状況は急転した。突然、俺が属しているチーム以外のすべての人間と連絡がとれなくなった。何が起こっているのか把握できず、俺の住む村にも緊張がはしる。チームは拠点としている家に集まり、今後の対策を練っていた時、村の入り口の方から大勢の叫び声が聞こえてきた。
チームの一人が状況を確認するために外に出ようとした。扉をあけた瞬間、そのメンバーは魔力の塊に頭を貫かれて奥の壁まで吹っ飛んで行った。一番奥の席で話を聞いていた俺の顔に、仲間の血が飛び散った。
一斉に武器を構えるメンバーたち。扉の向こう側にいたのは間違いなく魔王だった。幼い俺でもわかった。異次元の魔力と屈強な体。全身に血をあびて、眼光は鋭く、突き刺さるようだった。背中にはオスの孔雀のような美しい羽がはえていたが、目の前に立っているものは魔王だと誰もがわかった。
一番扉の近くにいたメンバーが魔王にとびかかり、大剣を大きく横に振る。しかし、魔王は素手で大剣をつかむと、粉々に砕いた。
「優貴、逃げて!」
主に俺の世話をしている沙織さんが、裏口の方を指さしていう。逃げたくても足が動かなかった。隣で倒れているメンバーに息がなく、一瞬で殺されたことがわかったからだ。恐ろしさのあまり、その場にへたり込む。
メンバーは次々と魔王にとびかかるが、強い魔力の前に魔王に触れることすらできなかった。メンバーを倒しながら、少しずつ部屋の中に入ってくる魔王。沙織さんは俺を強く抱きしめ、ハンドガンを魔王に向けた。
しかし、そんな武器で立ち向かえるはずもなく、沙織さんは腕に攻撃を受けて倒れた。
「沙織さん!」
俺は沙織さんの体をさすったが、返事はなかった。
魔王がゆっくりとこちらに近づいてきた。
「子どもを殺す趣味はないが、人間を排除することに決めたからな」
そういったとき、俺と魔王の視線が初めてまじわった。
俺の魔力が、魔王がいま考えていることから、その正体を暴こうと作動した。しかし魔王は生命体ではない。みえたのは心ではなく、深く濃い闇だけだった。
「おまえ、私と同じ能力がつかえるのか。もったいない、こんな村にいなければ未来を予測できる人間になれるというのに」
魔王の動きが止まった。俺は殺されることを覚悟し、魔王にいいたいことを口から絞り出した。
「どうして、人間を殺すんですか」
「滅びる未来しかないからね、それに私の周りをうろつかれて迷惑なんだ」
納得できない答えに、俺は仲間の遺体をみて、立ち上がって怒鳴った。
「殺すなんて間違っている!」
目の前にいるのは敵わない相手だが、どうしてもこう言ってやりたかった。
魔王はゆっくりと近づいてこう言った。
「じゃあ少年、私と契約しよう」
魔王は大きな人差し指を、俺の顔の目の前に突き立て、静かな声で話す。
「おまえが死ぬまで、人間を排除することを待ってやる。そのかわり、人間がそのときまでに未来を変えることができなければ全員殺す」
「僕が死ぬとき…?」
「そうだ、いつ死ぬかは私にもわからない。おまえの未来は私にも見えないからな。それから、未来視の能力ができるようになるまで、私のもとで修業してもらう」
俺の判断にすべて人間の命がかかっている。体の震えが止まらなかった。
「やります。契約します」
その返事を聞くと、魔王は優しく笑った。そして、その場から俺と一緒に消えた。
◆◇◆
床に敷いた布団に横になっている慎平が、ベッドに寝ている俺に話しかけた。
「優貴、その時11才だろ。えらいな」
「その後のことなんてわからなかったからな、考えずに契約したんだ」
「魔王と修行ってなにしたの」
俺は考え込んで黙った。魔王との修業は過酷すぎて、人にいえるような内容ではなかったからだ。
「ごめん、悪かった。今の質問は答えなくてもいい」
「別に答えてもいいけど、結構スプラッタな内容だからやめとくな」
魔王は治癒能力もあったので、いつも死ぬギリギリまで魔力の修行をさせられた。大量の魔物に襲われたり、いい思い出は一つもなかった。
慎平が気を使って、別の話題をふってくる。
「村に帰った時、英雄扱いだったろ」
「まあ、そうではあるんだけど、死んだことになってたから墓とか銅像とか立っててさ。生きて帰ったら、ええ!生きてたの!?って反応だった」
「ああ、気まずいやつ…」
「1年も経ってたからな、俺の死は美談にされて、魔術師協会の聖人になってたわけ」
「でも今はアルバイトなんだろ?」
「聖人になったら自動的に除籍なんだ。しかも今は悪魔扱いだからな」
「厳しい世の中だな」
修行して最強の魔術師になったはいいが、人間の未来をかえるということは、いまだにわからない。魔物が激減したはいいが、協会の内部は腐りかけで、立て直すのはほぼ不可能だった。そもそも協会の人間ではないので、アルバイトだけが今できることだ。
「でもお父さんの仇をうったんだろ」
「それが、魔王に襲撃される1週間前に、食中毒で死んだんだ」
「食中毒!?」
「異世界の実にあたった」
「おお、それは…」
さすがの慎平も返す言葉がなかったようだ。俺は「笑ってもいいぞ」といったが、そんなことはできない、といった。俺自身はあまりこのことを気にしていない。周りにはなぜか親父は、魔王と戦って死んだことになっていた。
「未来視って俺が今、何考えているのかわかる?」
「眠たいだろ」
「せいかい…」
そういって、慎平は大きな寝息を立てて眠りはじめた。俺も明日の引っ越しに備えてゆっくり横になった。
俺は異世界にいた。
俺の父親は魔術師。異世界の調査チームに属していた。母親は早くに亡くし、親戚の家にあずけられることになった。しかし、俺は生まれたときから並外れた魔力をもっていたことと、どうしても父親と離れたくないというので、異世界で暮らすことにした。
この時、魔王の影響で異世界は混乱状態にあり、魔物がいたるところで事件を引き起こしていた。それは日本でも同じだった。魔術師協会は魔王討伐チームを何組かつくると、日本から異世界に送り、状況の改善をはかっていた。
俺の父親が属するチームは、大した期待はされていなかった。主に状況を魔術師協会に報告することが仕事で、異世界の片隅の村で暮らしていた。
異世界は日本からみると、江戸時代くらいの文明の発達の仕方をしていた。着ている服や食べ物も日本のものに似ており、特に不自由することはなかった。
街並みは日本の住宅街みたいだし、洋服やきものみたいな服を着ている生き物が歩いている。
なによりすべての生き物が魔法を使えるため、火、水、電気等は、その魔法を扱えるものが生み出す。小さい時から異世界で生活しているので、日本での生活より快適だと思っていた。
チームのメンバーも子どもの俺に気をつかってくれるし、異世界の住民も、チームのことを勇者のように頼っていた。魔王城から離れた地では平和な生活が送れた。
俺の魔力は相手の心を読むことに優れていた。目から見た相手の状態や、声のトーンから、現在考えていることを予測することができた。しかしまだ修行中の身。魔力がなくてもわかるような心の動きしか読めなかった。
異世界での生活が2年を過ぎたころ、事件は起こった。
精鋭部隊の3チームが魔王城付近に到着した。到着して5日目には魔王城の中に入り、魔王にあう寸前までたどり着いた。その時点でチームは半数になっていたが、まだ戦える状況だと、携帯電話で連絡をうけていた。
魔王討伐チームが2回目の討ち入り計画に失敗したころ、状況は急転した。突然、俺が属しているチーム以外のすべての人間と連絡がとれなくなった。何が起こっているのか把握できず、俺の住む村にも緊張がはしる。チームは拠点としている家に集まり、今後の対策を練っていた時、村の入り口の方から大勢の叫び声が聞こえてきた。
チームの一人が状況を確認するために外に出ようとした。扉をあけた瞬間、そのメンバーは魔力の塊に頭を貫かれて奥の壁まで吹っ飛んで行った。一番奥の席で話を聞いていた俺の顔に、仲間の血が飛び散った。
一斉に武器を構えるメンバーたち。扉の向こう側にいたのは間違いなく魔王だった。幼い俺でもわかった。異次元の魔力と屈強な体。全身に血をあびて、眼光は鋭く、突き刺さるようだった。背中にはオスの孔雀のような美しい羽がはえていたが、目の前に立っているものは魔王だと誰もがわかった。
一番扉の近くにいたメンバーが魔王にとびかかり、大剣を大きく横に振る。しかし、魔王は素手で大剣をつかむと、粉々に砕いた。
「優貴、逃げて!」
主に俺の世話をしている沙織さんが、裏口の方を指さしていう。逃げたくても足が動かなかった。隣で倒れているメンバーに息がなく、一瞬で殺されたことがわかったからだ。恐ろしさのあまり、その場にへたり込む。
メンバーは次々と魔王にとびかかるが、強い魔力の前に魔王に触れることすらできなかった。メンバーを倒しながら、少しずつ部屋の中に入ってくる魔王。沙織さんは俺を強く抱きしめ、ハンドガンを魔王に向けた。
しかし、そんな武器で立ち向かえるはずもなく、沙織さんは腕に攻撃を受けて倒れた。
「沙織さん!」
俺は沙織さんの体をさすったが、返事はなかった。
魔王がゆっくりとこちらに近づいてきた。
「子どもを殺す趣味はないが、人間を排除することに決めたからな」
そういったとき、俺と魔王の視線が初めてまじわった。
俺の魔力が、魔王がいま考えていることから、その正体を暴こうと作動した。しかし魔王は生命体ではない。みえたのは心ではなく、深く濃い闇だけだった。
「おまえ、私と同じ能力がつかえるのか。もったいない、こんな村にいなければ未来を予測できる人間になれるというのに」
魔王の動きが止まった。俺は殺されることを覚悟し、魔王にいいたいことを口から絞り出した。
「どうして、人間を殺すんですか」
「滅びる未来しかないからね、それに私の周りをうろつかれて迷惑なんだ」
納得できない答えに、俺は仲間の遺体をみて、立ち上がって怒鳴った。
「殺すなんて間違っている!」
目の前にいるのは敵わない相手だが、どうしてもこう言ってやりたかった。
魔王はゆっくりと近づいてこう言った。
「じゃあ少年、私と契約しよう」
魔王は大きな人差し指を、俺の顔の目の前に突き立て、静かな声で話す。
「おまえが死ぬまで、人間を排除することを待ってやる。そのかわり、人間がそのときまでに未来を変えることができなければ全員殺す」
「僕が死ぬとき…?」
「そうだ、いつ死ぬかは私にもわからない。おまえの未来は私にも見えないからな。それから、未来視の能力ができるようになるまで、私のもとで修業してもらう」
俺の判断にすべて人間の命がかかっている。体の震えが止まらなかった。
「やります。契約します」
その返事を聞くと、魔王は優しく笑った。そして、その場から俺と一緒に消えた。
◆◇◆
床に敷いた布団に横になっている慎平が、ベッドに寝ている俺に話しかけた。
「優貴、その時11才だろ。えらいな」
「その後のことなんてわからなかったからな、考えずに契約したんだ」
「魔王と修行ってなにしたの」
俺は考え込んで黙った。魔王との修業は過酷すぎて、人にいえるような内容ではなかったからだ。
「ごめん、悪かった。今の質問は答えなくてもいい」
「別に答えてもいいけど、結構スプラッタな内容だからやめとくな」
魔王は治癒能力もあったので、いつも死ぬギリギリまで魔力の修行をさせられた。大量の魔物に襲われたり、いい思い出は一つもなかった。
慎平が気を使って、別の話題をふってくる。
「村に帰った時、英雄扱いだったろ」
「まあ、そうではあるんだけど、死んだことになってたから墓とか銅像とか立っててさ。生きて帰ったら、ええ!生きてたの!?って反応だった」
「ああ、気まずいやつ…」
「1年も経ってたからな、俺の死は美談にされて、魔術師協会の聖人になってたわけ」
「でも今はアルバイトなんだろ?」
「聖人になったら自動的に除籍なんだ。しかも今は悪魔扱いだからな」
「厳しい世の中だな」
修行して最強の魔術師になったはいいが、人間の未来をかえるということは、いまだにわからない。魔物が激減したはいいが、協会の内部は腐りかけで、立て直すのはほぼ不可能だった。そもそも協会の人間ではないので、アルバイトだけが今できることだ。
「でもお父さんの仇をうったんだろ」
「それが、魔王に襲撃される1週間前に、食中毒で死んだんだ」
「食中毒!?」
「異世界の実にあたった」
「おお、それは…」
さすがの慎平も返す言葉がなかったようだ。俺は「笑ってもいいぞ」といったが、そんなことはできない、といった。俺自身はあまりこのことを気にしていない。周りにはなぜか親父は、魔王と戦って死んだことになっていた。
「未来視って俺が今、何考えているのかわかる?」
「眠たいだろ」
「せいかい…」
そういって、慎平は大きな寝息を立てて眠りはじめた。俺も明日の引っ越しに備えてゆっくり横になった。